09
「敵とか、そんな風には思っていません。」
「へェ?全ての人間が敵ってわけじゃ無いって言うのかい?」
「それは……その……キョウさんやレイさん、赤城さんは僕に優しくしてくれますし……。」
「それでもそう簡単に心は開かねェ。なにか裏があるんじゃねェかとか、利用されるんじゃねェかとか、そんな風に思っちゃいないかい?」
ソファにゴロンと横になりテーブルの上の灰皿に灰を落としながらそう言うキョウさんに全てを見透かされているような気持ちになった。
僕も、あの煙草の灰のように落ちてしまいたい。
「それは……その……。」
僕は言葉を詰まらせた。
いつもなら、それとなくそれっぽい言葉で上っ面の返事が出来るのに。
「……お前を初めて見た時、俺は思ったんだよ。」
「何を……ですか?」
「とんでもない闇に飲み込まれた人間が来たなァって。」
「え、ど、どうして……そんな風に?」
「お前みたいな奴に数え切れねェ位会ってきたから。直感だよ、直感。」
キョウさんが咥えた煙草はジジと音を立て赤みを増した。
「闇に飲み込まれたというより、僕が飲み込んできた……というか。」
何を話してるんだ。
「飲み込んできた?」
これ以上話しちゃいけない。やめろ。止まれ。
「僕は性格が悪いから、光を闇で飲み込んでしまうんです。」
いやだ。話したくない。誰にも知られたくない。嫌だ嫌だ。
「へェ……それはどうやって?」
もういいだろ。話さなくていい。誤魔化せ。いつものように、上手くやり過ごせ。
「嘘を……ついてしまうんです。」
どうして言うんだ。もういい、本当に、やめてくれ。
「嘘ォ?はっはは、そんなもん誰でもつくだろォよ。」
考えろ、考えろ、考えろ。ここから上手く軌道修正するんだ。
「普通の嘘じゃないから。僕は、自分のためだけの嘘をつくから。」
もう、終わった。駄目だ。
どうして話してしまったんだ。思いとは裏腹に勝手に動く口を止められなかった。
キョウさんは表情を変えるでもなく、煙を吐き出し輪を作っている。
きっと、これ以上話す気を失ったんだ。
こんな僕と話しても時間の無駄でしかないもんな。
「……で、それの何が悪いんだい?」
「へ?」
僕はまた間の抜けた返事をしてしまった。
想定外の返答に困惑したんだ。
だって、いつも……これを知ってしまった人達は僕を蔑むように見てきたから。
「何がって……人を傷付ける嘘をつくってことですよ?」
「あァ、まァそうなる事もあるだろうねェ。」
「そうとしかならなかったから今僕の周りには誰もいないんです。」
「あァ……お前がつく自分の為の嘘ってのは、例えばどんな嘘だい?」
僕は悩んだ。話すかどうかを。
話したところで僕を嫌う人を増やすだけ。
それは別に構わない。けど、僕をそう認識する人が増えるのはあまり良くは思わない。
「そうやって黙ってる時は嘘を考えている時間かい?それとも、言葉を選んでいるだけかい?」
「え、あ……どうなんでしょう。どちらでも無い……いや、嘘を考えている……なんなんでしょう、この時間。」
頭の中がゴチャゴチャとしている。
まるでゴミ屋敷のように、足の踏み場も無いほどに言葉が散らばっている。
「……月雲ォ、お前もしかして俺にも嘘をつこうだとか舐めた考えしてるんじゃないだろうなァ?」
「してません!してないです、嘘をつこうとか……思わないです。はい。」
「本当かァ?はっはは、いやァ別についてくれても構わねェけど。それなりに見破れると思ってるし、そもそも俺はお前の言葉を全て信用する程信頼はしてねェ。」
「そ、うですよね。まだ会って少ししか経ってないし。」
「だからつけねェんだろ、嘘。」
「え?それは……どういう意味ですか?」
バクン バクン と大きな音が邪魔をする。
「お前も俺を信頼してねェ。だから、試す必要が無い。違うかい?」
「試すって……すみません、よく分からなくて。」
本当に理解が出来なかった。
僕は人を試そうとして嘘をついたつもりは無い。
……多分、無いんだ。
「一種の愛情確認というか、まァそんな所だな。親からの愛で満たされなかった人間にみられるもので、その確認方法は人によって異なる。
暴力を受ける事、暴力を受け入れてもらう事、従わせる事とか、まァ色々あるんだけど、お前は嘘をついて試し確認してんじゃねェかな。」
何を言っているんだ?
愛情を確認って、僕が嘘をついてきた人は───
「それは恋人に限らず、友人にも当てはまる。」
僕の思考が一時停止した。
友人に……愛情確認?なんだ?それは。
僕は友人に対してそんな感情を抱いている?いや、無い。
無いはずだ。同性だっていたんだ。僕は同性愛者では無い。
だから、そんな感情を抱くわけがない。
キョウさんは何かを勘違いしているんだ。
きっとそうだ。
「……今、何を考えているんだい?」
灰皿に煙草を押し付け体を起こしたキョウさんは、あぐらをかいて頬杖をつきまた僕の目を見た。
「月雲、何も考えずお前が思ったことを口にしてみろ。」
「何も考えず……。」
「そうだ。あれこれ考えて自分で答えを探ろうとするな。俺がいることを忘れんじゃねェ。」
「キョウさんが……いる……。」
「お前は、俺の目を見て口を動かしてりゃァいいんだよ。分かったなァ?」
優しくも冷たい声に僕は従った。
逆らってはいけない。
そう思ったのもあるが、この人なら僕を早く答えへと導いてくれる、そう思えたんだ。
「僕は同性に恋愛感情は抱きません。」
「あ?……あァ、はっはは、いやいや、愛情確認って別に恋愛とは限らねェよ。」
「え、そうなんですか?」
「友情もある種の愛。それの確認。家族愛とかって言葉もあんだろォ?愛は恋愛に限られねェ。」
「……なるほど。」
勘違いしていたのは僕だったのか。
そう思うと耳が熱くなった。




