02
「は?」
ブルータル地区西出入口のすぐ側にある倉庫内に響く低い声。
「あの……すみません……どうしても用意が出来なくてその……。」
椅子に座る颯の足元で正座をするスーツ姿の男。
「どうするつもりなの?このまま払わずに逃げ切れるとでも思っているの?」
「逃げるだなんてそんな……。ただ、どうしても入り用で……まとまったお金が用意出来なくて……。」
スーツの男の声は震えており、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
椅子に座る颯の後ろには懍が立っており、ジトリとした冷たい目で男を見下ろす。
「入り用って?」
「はい……あの実は……母が体調を崩してしまい入院をしなければならなくなり……それでその……。」
「入院費で消えたんだ?」
「そうです……。」
「ふーん。……どこの病院?病名は何?それと入院はどれ位しなきゃいけないの?手術は?」
捲し立てるように颯が質問をすると男は額から汗をたらりと垂らし目を泳がせた。
「あっ……えっとその……妻に任せていて詳しくは分からなくて……。」
「へぇ。アンタの母親の話?それとも嫁側の母親の話?」
「あ、え、えっと、つ、妻側の……です。」
「ふーん……なるほどね。分かったよ。」
颯が立ち上がると男は身体をビクリとさせた。
颯が懍に合図をすると、懍は頷き近くの棚を漁り始める。
汗を垂らし下を向く男の前に颯はしゃがみ込んだ。
「おい」
颯が声を掛けると、男はまた身体をビクリと跳ねさせ顔を上げる。
「嫁側の母親も自分の母親だもんなぁ。そりゃ大切にしてやらないといけないよなぁ。」
「は、はい。その……今日は本当にすみません。次は───」
「何このまま終わろうとしているの?」
「……え?」
ニタリと笑う颯を見て男はまた一つ汗を垂らした。
「嘘はいけないよ。」
颯の後ろの方から聞こえた声に対し男は目をぱちぱちとさせる。
「嫁側の母親、ピンピンしているでしょ?病気で入院?それいつの話なの?今日?教えてよ。」
「えっと、あの……。」
「アンタの所の嫁側の母親、颯さんと俺の客なんだけど。
昨日の朝会ったけど、旅行に行くって張り切っていたよ。」
「お義母さんが……ここに……?」
「そう。この人でしょ?」
懍が一枚の写真を見せる。
「あ……」
それは写真付きの顧客情報書類だった。
「ウチの客多いから。アンタも最初に撮っただろ?
……で、本当は何に使ったんだよ?」
颯から笑顔が消える。
「あ、あ、あ、あの!す、すみません!本当に、本当にちゃんと返そうと思ったんです!ただ、その……。」
「女か?」
「は……はい……。」
颯は大きくため息をついた。
「それ、どんな女なの?」
「え、えっと……。」
「あー、そうそう。もう嘘はつかないでね。俺達は信用が第一でしょ。」
「は、はい……。」
男がまた下を向くと、颯の隣を懍が通り過ぎる。
「下を向いてちゃ嘘か本当か判断しにくいんだよね。
首、固定してあげようか?」
男の髪を掴み顔を上げさせ、真っ直ぐと目を見る懍。
「す、すみません。もう下は向きません。すみません。」
男は声を上ずらせ何度も謝ると、懍は男から手を離し再び颯の後ろに立ち男の事をジッと睨みつけるようにして見つめた。
「……で、どんな女相手に使ったんだよ?」
颯が質問をすると、男は真っ直ぐ颯を見て答えた。
「あ、アプリで知り合った人です……。」
「アプリ?出会い系か?」
「いえ、あの……Linkというアプリがありまして……。」
「あぁー、Linkね。最近多いよね、Linkで仲良くなった人と直接会って遊んだりとか。
で、相手の女は何歳なの?」
「……二十歳……です。」
男の言葉を聞いた颯は顔を引き攣らせ、懍は吐き真似をした。
「二十歳ってアンタの娘でも通るんじゃないか?」
「お恥ずかしいお話ですが……仰る通りです……。」
男は耳まで赤くさせ、強く拳を握っている。
「ふーん。……その女可愛いの?」
「も、もちろん可愛いですよ!」
「顔見せてよ。Linkに写真載せたりしていない?」
「さ、さすがにそれは……彼女は関係無いですから……。」
颯が眉間に皺を寄せ男に言葉を掛けようとした時、その場の空気が一瞬にして凍りついた。
「何をチンタラしてんのかと思ったらこんなオッサン一人に何をしとんねん?」
颯はすぐに立ち上がり、懍と姿勢を正した。
男は後ろから聞こえる声に驚き体を動かすことが出来なかった。
「さっさと回収して次いかな朝になってまうで。
……懍、お前は明日大事な約束があるやろ。
遅刻したら俺がキョウに、レイが働かせすぎたせいで予定が遅れた。とか言って怒られんねん。」
「は、はい。すみません。すぐに終わらせます。」
懍が頭を下げると、颯も慌てて頭を下げた。
「……ちょーっとだけ話聞こえたんやけど、女が関係無いってのはどういう事や?」
レイは颯と懍の前に立つと上体だけをゆっくりと下げ男の顔を覗き込む。
「あ、え、えっと、その……」
「その女、見せてみ?」
レイがそう言うと男は急いでスマートフォンを取り出し女の写真を見せた。
「……またかい。」
レイは大きくため息をつくと体を起こす。
「この女、コイツで何人目や?
そろそろ大人しくしてくれへんかなほんま。」
レイの表情からは苛つきが感じ取れる。
「レイさん、この女の事を知っているんですか?」
煙草を取り出し火を点けようとしていたレイは黙って頷く。
「もしかして噂の?」
懍がそう言うと、レイはモワッと白い煙を吐き出した。
「最近流行りのパパ活女子とかいうやつや。
別にそんなもん好きにしてくれたらええんやけど、やたらとウチの客との関わりが多い。
……お前らなんか企んでんのとちゃうやろな?」
レイが男へと視線を戻すと、男は首を大きく横に振った。
「まぁええわ。とりあえず返すもんはちゃんと返そか?」
ニコリと笑うレイ。
「あ、え、えっと、頑張って用意をします……。」
「用意?今払えって言ってんねんけど。」
「今は手持ちが無くて……。」
「そんなん分かってんねん。……オイ」
レイが出入口の方に声を掛けると、ガタイの良い男が二人入ってくる。
「連れて行け。」
二人の男は震える男の腕を掴み、そのまま泣き叫び謝る男と共に姿を消した。
「さて、さてさて。
懍はもう帰ってええ。颯はちょっと話そか。」
懍はレイに頭を下げると小走りでその場を後にする。
残された颯は叱られる覚悟をし、黙ってその時を待った。
「この後何件入ってる?」
「えっと……あと一人だけです。」
「ふーん。……じゃあそれが終わってからにしよか。」
「約束の時間が一時間後なので今でも大丈夫です。」
「あ、そう?
ほんなら話すけど、颯ってLinkで集客してるやろ?」
「はい。」
「さっきのオッサンが引っ掛かってた女、お前が引っ掛けてこい。」
レイが作った煙の輪がふよふよと形を変えて消えていく。
「え?引っ掛ける……ですか?」
「そそそ。別に客にせんでもええ。
オッサン達から金巻き上げて好き勝手してますってだけやったら別にええねん。
……ただなぁ、ウチから金借りさせて巻き上げてるってんなら話は変わってくる。ちょっと調べてくれへん?」
ニコリと笑みを見せるレイであったが、そこに優しさは感じ取れない。
「了解です。
……なら、俺がパパ活をしている男に成りすまして近付いた方がいいですよね?」
「その方が女もそこまで警戒せえへんかもな。
そうなったら実際に会うってなった時に使う”駒”も用意した方がええな。」
「OKです、用意します。すぐアカウント作りますね。」
颯がスマートフォンを取り出そうとした時、レイの手が腕を掴んだ。
「待て、新規アカウントでいきなりってのは怪しまれるんちゃうか?」
「……ですかね?」
「最近はパパ活やってる客多いやろ?誰かしらのアカウント貰おか。」
「すんなり渡してくれたらいいんですけど。」
「金に困ってる奴ばっかやぞ?アカウント代払ったらすぐ渡しよるわ。」
「あー、アカウント代ですね、了解です。」
「で、もしウチに借りさせてるってなったら俺の所連れて来てや。ちゃんと話さななぁ。」
変わらず優しさの欠片も感じぬ瞳のまま笑顔を見せるレイを見て、颯は無意識に背筋を伸ばしていた。
「はい。」
レイは「ほなよろしくー!」と手を振りその場を後にする。
先程の男の所へと向かったのだろう。
「レイさんはアカウント代って言っていたけど……無料で貰えるなら無料の方がいいよなぁ。」
颯はパパ活をしている客に連絡を入れながらもう一つのスマートフォンでLinkを開いた。




