08
「何を壊したんや?」
「えっ!」
口に出てしまったのか、それとも心を読んだのか?
いや、僕の不注意で口に出してしまったのだろう。
「え、えっと……。」
上手くいかないな。
いつも通りにできない。頭が働かない。
その理由はわかっている。
まだこの人達を大切に思えていないからだ。
良い人だなと思ってはいるんだ。気遣ってくれたし。
僕以外の人に対して残酷なことをしていようと、それが僕に向けられた刃で無いのであれば僕はどうでもいいと思っているから。
もし、この人達が今僕に残酷な刃を向けたとすれば、その瞬間僕の中でこの人達の存在はゴミ以下のクズになるだろう。
これは、この人達に限ったことではない。
全ての人間に当てはまるんだ。
……これをこの人達に話したら、この人達はどんなリアクションをするのだろう。
「おい、大丈夫か?しんどいんやったら休んでええで。ここまで連れてきたりしたけど、そんな無理に話してもらわんでもええし。なぁ、キョウ。」
心配そうな顔をするレイさんと、僕の目を見たままニタリと口角を上げるキョウさん。
「……いやァ?俺は聞きたいけどねェ。月雲がどういった人間なのか興味がある。はっはは、今考えている事を全部口に出してくれりゃァそれでいいんだけどなァ?」
「月雲が考えてる事って、眠たいなぁとかそんなんちゃうん?」
「なんでもいいよ。こいつらうぜェなァでも、便所に行きてェでも、腹が減ったとか、帰りてェとか。何かしら考えてんだろォ?なァ、月雲。」
そんな事でいいのか?
僕はてっきり、もっと僕の芯の部分に近い話をしろと言われているのかと思っていたが早とちりだったという訳か。
それならやり過ごせる。
ただ、僕は自ら少しだけ話してしまった。
自分の性格が悪い、と。
彼らはきっとその言葉を忘れてはいないだろうし、言ってこないだけでその続きが気になっている……かもしれない。
ここで全く別の事を言って逃げるのは簡単だが、気になるのは赤城さんが持つノートパソコンだ。
僕から与えたほんの僅かなヒントを頼りに調べられるかもしれない。
調べたその内容がデタラメの可能性もある。
事実では無い事を知り、それが僕にとって良くないものだとしたらその偽りの内容を信じ僕を見る目を変えられるのは気分が良くない。
どうすればいいんだろうか。
「だから、その考えてることを話せって言ってんだよ。」
呆れたような声は僕の目を泳がせた。
「まぁまぁ、そんな追い込むように言わんでもええやん。
月雲ごめんな。俺は……なんていうんやろ……もっとなんか気楽な感じで話してもらえるかなと思って呼んだだけやねん。お前がなんで人を敵として見てんのか気になった、それだけや。話したくないんやったらもうええ。あいつの所に戻ろか?」
レイさんの言葉を聞いたキョウさんは不服そうな顔をしたが、それ以上僕になにかを言っては来なかった。
僕はただ頷くことしか出来ず、レイさんと外に出ようとした時。
「レイさん、客が来ました。」
扉が開き一人の男がそう告げた。
「は?今?急ぎなん?それ。」
「出来ればすぐに来て欲しいですね。」
「颯が対応しといてや。」
「俺は俺で客待たせてるんで……無理そうなら他に人探しますけど。」
「……あー、もう。ええわ、すぐ行く。
ごめん、月雲。すぐ終わらせて戻ってくるからここで待っててや。」
レイさんは僕からの返事を聞く前に、颯と呼ばれた男と外へと行ってしまった。
残された僕は呆然と立ち尽くし、気まずい空気に顔を歪めた。
「座って待ってなァ。」
後ろから聞こえる声は不機嫌でも呆れでもなく普通の声色。
「はい。」
僕はほんのりと温もりを残したソファに浅く腰をかけ下を向いた。
またキョウさんと目が合うのを恐れたからだ。
庇ってくれるレイさんがいない今、僕が僕を守らなければならない。
そう思い拳を強く握った時だった。
「話したくなけりゃァ別にいいけど、俺はまだお前の性格が悪いとは思っちゃいねェ。
どうしてそう思うのか気になって仕方がねェ。」
やはりそこに食いつくか。
僕は分かっていたんだ。
レイさんはきっと、本当になんとなくで僕と話そうとしていたこと。
僕が触れられたくない場所に触れそうになれば、その手は優しいだろうということも、僕が否定的であれば無理強いはしないだろうということ。
出来れば優しさとかはいいから、触れないでほしいんだけど。
そして、キョウさんはきっと僕の触れられたくない場所に優しくではなく掴むようにして触ってくるだろうということ。
「あ……えっと、どう言えばいいんだろう。
意地悪しちゃったり……そんな感じです。」
どうしてもいつも通りに話せない。
それは何故か?もう分かっている。
この人に嘘は通用しないと、僕の脳から危険信号が止まないからだ。
「意地悪、ねェ。」
下を向いたまま話す僕からキョウさんの表情は読み取れない。
その方がまだ自分の表情管理をしなくて済むから安心なんだけど、キョウさんの表情が分からないことに対する不安も募る。
不安要素を取り除きたくて恐る恐る顔を上げてみたら、キョウさんはやっぱり僕の方をジィっと見つめていた。
キョウさんが口から吐き出した煙が顔を隠すようにしてもわもわと宙を漂う。
「赤城ィ、真奈の所に行って何か持ってこい。」
「何でもいいですか?」
「あァ、大皿で頼むよ。小皿と箸も忘れずになァ。」
「……二人で大丈夫ですか?」
「何も心配はいらねェよ。」
赤城さんは一度僕の方を見ると、「なるべく早めに戻ります。」とキョウさんに頭を下げて部屋を出て行った。
二人きりになった僕はまた下を向きたくなったが、それよりも先にキョウさんが僕の動きを止めた。
「俺はお前の敵じゃねェ。」
キョウさんの髪が揺れ、その隙間から見えた瞳は僕の心を揺るがす程に優しかった。




