07
「月雲が良かったら俺らに話してみぃや。」
溢れ出る涙が止まらない。笑いも止まらない。どうしたらいいのか分からない。このままじゃダメなのに。
そんなことを思えば思うほどに止め方がわからなくなり混乱する僕の背に手を当て摩るレイさんの優しい声に、僕はまた大きく床を濡らしたんだ。
「話すって……何から話せばいいのか……何を、何を話せばいいのか……僕……ごめんなさい。」
自分でも何を言っているのか、今自分が話したのかさえ分からなかった。
「赤城ィ、温かいお茶でも用意してやりなァ。」
「はい。」
キョウさんと赤城さんの声が聞こえたかと思えば、キィッと音を立て扉が開く音がした。
カチャカチャと食器がぶつかる音がする。
ザァッと水が流れる音に、カチッと着火する音。
レイさんとキョウさんは黙ったままだ。
こんな空気にしてしまったのは僕。
上手く立ち回らなければならないのに、過去に無いほどのヘマをした。
人前で泣くなんて、死んでもこの恥は地獄に行こうと僕に付き纏うだろう。
ポタポタと垂れ落ちるのが涙なのか鼻水なのかの違いも分からない。
頭の中にかかった靄が色濃く僕の視界までもを奪っていく。
このまま全て吐き出した所で、楽になるわけではないだろう。
むしろ、自分を見つめ直すことになり余計に苦しむんだ。
ずっと目を逸らし続けていた悪事と立ち向かう勇気はない。
それに、この人達からあの目で見られるのは嫌だと思う僕がいる。
人を大切に思う気持ちは捨てなきゃいけないのに。
また誰かと共に過ごしたいと思う淡い期待は持っちゃいけないのに。
だから僕はもう誰とも深く関わりたくないのに。
誰にも僕のことを知ってほしくないのに。
そう思うはずなのに、どうして僕の口は薄らと開き声を発そうとしているのだろう。
本当は、この人達に嫌われてもいいと思っているから?
それとも、この人達なら理解してくれる……だなんて、夢を見てしまっているのだろうか。
そんな夢からは今すぐにでも覚めなければならない。
僕が理解出来ずに逸らし続けたことを、出会って間もないこの人達が理解出来るはずなどないし、してほしいだなんて思っていないだろう。
しっかりしろ。
真っ直ぐ前を向いて、自分だけの世界を眺め続けるんだ。
そうやって生きてきたんだろ。今までも、これからも。
「月雲!!」
色薄まる世界の中で自分に言い聞かせるように一人ぶつぶつと呟く僕の鼓膜を大きく揺らしたのはレイさんだった。
驚いた僕は思わず顔を上げてしまった。
「何回名前呼んでも返事せんから死んだんかと思ったわ。」
「お茶が入ったから飲みなァ。」
涙と鼻水でグシャグシャになった顔を見ても、笑う事なく普通に接する二人。
僕が服の袖で顔を拭こうとすると、スっと目の前に現れたハンカチ。
「よければ。」
そう言って差し出してくれたのは赤城さんだった。
「すみません。新しく買って返します。」
おずおずとハンカチを受け取り涙を拭いていると、赤城さんは「元々要らないものだったので捨ててください。新品も不要です。」と言いキョウさんの後ろへと戻って行った。
裕福では無いと知ったからそう言ったのか、それとも本当に不用品だったのか。
それにしては、綺麗で良い匂いがする。
きっと、僕の財布の心配を……いや、僕が使ったから不要になった?
……また、僕のいけない癖が出た。
一つの出来事に対して何通りもの考えが思い浮かび答えを探し出そうとしてしまう。
だからなのか、人との会話が上手くいかないことがある。
駄目だと分かっていても、無意識的に考えてしまう。
僕は涙を拭き終わり、心の中で謝りながら残る鼻水を拭き取った。
テーブルの上に置かれたカップからは湯気が立ち上がり、良い匂いがする。
音を立てないよう静かに口に流し込むと、想像以上の熱さに眉がピクリと動いたのが自分でも分かった。
頬杖をつき僕を見ていたキョウさんにも、その後ろに立つ赤城さんにも見られただろう。恥ずかしい。
「慌てなくても誰も取らねェよ。」
キョウさんがそう言うと、レイさんはまたケラケラと笑った。
温かいお茶を飲み落ち着いた僕は、一度大きく深呼吸をして勇気を出して口を開いた。
「あの……僕、性格がとても悪くて。」
レイさんとキョウさんは目を合わせ、プッと吹き出した。
「はっは、なんだい急に?」
「なんや、今から性格の悪い話でもしてくれるんか?」
いざ話すとなるとやはり何から話せば良いのか分からず、とりあえずで話したこの言葉は間違っていたのだろう。
二人がケタケタと笑う中、赤城さんだけは表情を変えず黙ってキョウさんの後ろに立ったままだった。
「あ、えっと……それを前提に……聞いて欲しいんですけど。」
二人は笑うのを辞め、うんうんと頷いてくれた。
”病気” ”頭がおかしい” ”関わりたくない” ”死んだ方がいい” ”気持ち悪い”
僕の頭の中を埋め尽くす言葉に頭痛がする。
「あの……僕、友達がいなくて。僕の性格のせいなんですけど。
で、でも別に困ることとかは無いし、元々外で遊ぶとか、ご飯を食べに行くとか、そういう事も好きではないし……えっと……。」
別にこんなことを話すつもりでここにやってきたわけではない。
顔見知りのこの後の事が気になって、なんとなくついてきただけ。
それ以外の理由はない。
だけど、突然話してみろと言われ、逃げ場のない空間に連れてこられた。
僕から何かを話したいだとか、悩み事を聞いて欲しいと頼んだけ訳では無いし、自分の事を話すなんて気は無かったんだ。
……僕は今、この人達に何を話そうとしている?
どうして話さなくちゃいけない?その理由は?僕にとってのメリットは?
話さなければ殺されるとして、一体何を話せって言うんだ?
そもそも、どうして僕に何かを話させようとするんだ?
これには何か裏があるのだろうか?
あるのだとしたら、その目的はなんだ?
「……月雲ォ。」
「は、はい、」
ジトリとした目は、僕の心まで見透かすかのように僕の目を凝視し、そして細めた。
「お前、今何を考えているんだい?」
ドクンと心臓が跳ねた。
いや、話している途中で急に黙ったら、他の何かを考えていると思うのは普通か。
バクバクと音を立て不規則に波打つ脈は焦りから来るものだろう。
僕は、自分の考えを人に知られたくないから。
どうやって誤魔化すのが最善なのか。
僕の脳は最善策を得る為にフル稼働する。
そうして導き出した答えを口にして、その場を凌ぐ。
僕はこうして生きてきた。
本音を話さず、自分を偽る事で全てを壊してきた。
そう……「壊してきたんだ。」




