06
前にはキョウさん。
後ろには赤城さん。
そして、隣はレイさんが並んでいる。
話す事なんて特に無いのになと思いつつも、僕は彼らに従いどこかへと向かうしか無かった。
”お前頭おかしいよ。”
”変わってるな。”
いつ誰に言われたのかは思い出せない脳にこびりついた言葉達が、今か今かと出番を待っている。
また僕はこの言葉を言われてしまうのではないだろうか。
そんなことを思い憂鬱な気分でいると、「段差気ぃつけや。」と、隣からの声にハッとした。
あと二歩ほど進んだ所には不揃いな段差があった。
ぼおっとする僕を気遣い声を掛けてくれたのだろう。
「すみません、有難うございます。」
そう返事をするとレイさんは、何も言わずに微笑んで見せた。
月夜に照らされたその微笑みは、僕の手を優しく取って導いてくれる女神のようで。
デコボコとした道を少し進んだ先に倉庫や店とはまた少し違った建物がぽつりと佇んでいた。
ギィッと鈍い音を立て開く扉の先は何も見えない闇の世界。
変な人が住み着いているんじゃないか?
虫が出るんじゃないか?幽霊がいるかもしれない。
湧き出る不安はジジジと音を立て灯る薄暗い明かりに照らされ薄まった。
入ってすぐ目の前には三人掛けソファが対面で二つ並んでおり、その間にはひび割れたガラステーブルが一つ。
その奥には扉が一つあるだけで、他の扉や窓は見当たらなかった。
「暫く使ってへんかったからちょっと汚いけどここ座りや。」
キョウさんが座る後ろに赤城さんが立っていて、その対面に座るレイさんがソファをバンバンと叩きながら僕を呼ぶ。
僕がまた浅く腰をかけると、キョウさんはあぐらをかいて僕の目をジィッと見つめてきた。
外の風の音が聞こえるほどに静かな空間で、言葉無く見つめられ続けた僕は唾を飲み込んだ。
「……はっは、目ェ逸らさないのかい?偉いなァ。なぁ、赤城ィ。」
「はい。」
首を後ろに倒し見上げるようにして話し掛けるキョウさんと、ノートパソコンを片手に返事をする赤城さん。
「ほんなら早速本題にいこか。」
ちらりと横を見ると、レイさんはまるで玩具を目の前にした子供のように目を輝かせていた。
「特に話すことは無いんですけど……。」
何に対する期待なのかは分からないが、それに応えられない事を申し訳なさそうに言う僕に、最初に声をかけてきたのはキョウさんだった。
「俺達の勘が鈍ってなけりゃァ、お前からは面白い話が聞けるはずなんだけどなァ。……赤城ィ、調べはついたかい?」
僕に面白い話なんて出来ない。
そんな無茶振りに上手く答えられるのは、一部のお笑い芸人位じゃ無いだろうか。
「桂樹月雲 18歳。中学卒業後は進学せず工場で働き始めたみたいですね。
両親は桂樹が小学生の時に離婚し、母親は水商売をしていましたが、2年ほど前に体調を崩しそのまま仕事を辞めたようです。
複数の男からの支援と桂樹の収入で暮らしているようですね。」
ノートパソコンを眺めながら淡々と話す赤城さんの言葉を聞いた僕は思わず目を見開いてしまった。
どうして僕の事を……?
そもそも、どこからそんな情報を得ているんだ?
自分の事が調べられ知られた事に対する嫌悪や恐怖なんかよりも、どうやって得ているのか?という疑問、好奇心の方が大きく膨れ上がった。
「へェ。まァ、良い環境とは言えねェかもなァ。」
キョウさんは上を向いたまま首をゆっくりと左右に動かし骨を鳴らす。
僕の耳にも届くほどに大きく鈍い音を立てると、キョウさんはスッキリした顔をして僕に妖しく笑いかけたんだ。
「気持ち悪いかい?」
「へ?」
「知り合って間もない人間に、自分の個人情報をベラベラと話されて気分は良くねェだろ。」
「あ……それは……まぁ。」
間抜けな声を出してしまった僕の耳をギュッと掴んだのはレイさんだった。
「耳赤くなってんで。何を恥ずかしがってんねん。」
相変わらずケラケラと笑うレイさんは、どこか僕の心を落ち着かせる。
家……といっても、自分の部屋にいる時に限られるけれど、そこにいる時のような安心感に近い何かを感じるんだ。どうしてだろう。
「なぁ、月雲。」
ケラケラと笑っていたレイさんは真面目な顔を僕に向けた。
「はい。」
僕が返事をすると、レイさんはそっと僕の頭に触れて「しんどいんやろ、お前。」と、たったあれだけのありきたりな情報から全てを読み取ったかのように、僕の触れられたくない部分を優しく撫でたんだ。
「何がですか?母子家庭……だからですか?」
平然を装い話すのは得意だ。
誰も僕の心の中を知らなくていい。
知ったところで、どうせ理解もされ無ければ、自分の方がなんて謎にマウントを取ってくるのは分かっているんだ。
偽りの共感ほど反吐が出るものはない。
共感すると言うのならば、お前も僕と同じようにあんなことを繰り返したというのか?違うだろう。
「母子家庭が関係するかどうかは話聞かな分からんけど。
ただ、俺はお前の目が気になんねん。その、この世の全てが敵とでも言いたげな目が。」
「僕の目はそんな風に見えるんですか?」
初めて言われた。
正直驚いた。だって、僕は……レイさんの言った通りの思考をしているから。
だけど、そんな事を思っているなんて、誰にも知られちゃいけないんだろ?
「おぉ、最初から今もそう。ずっとお前の目の奥には敵意が揺らめいとる。だから気に入ってんけど。なぁ、キョウ。」
「あァ。こんな事を言われても嬉しくは無いだろうし、なんなら不快に思うかもしれねェが、お前はどちらかと言うと俺達側の人間の目をしているよ。」
キョウさんの言う”俺達側の目”という言葉を聞いて僕は納得してしまった。
だから、あいつも、こいつも、僕をおかしいと言ったのか。
だから、価値観が合わない人間が多かったのか。
僕は無意識に小さく声を漏らし笑っていた。
肩を震わせ下を向き笑う僕の目から生温かい雫が零れ落ち床を濡らしたんだ。




