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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
蝕まれた心
36/74

05

「月雲、大丈夫か?」

僕はハッとした。一点を見つめ考え込んでしまっていたのだ。

心配そうに僕の顔を覗き込むレイさんと、特に表情に変化は無いキョウさん。

「すみません。考え事しちゃって。」

「なんや、悩み事でもあんのか?」

「悩み事……は、無いです……。」

歯切りの悪い僕の言葉にレイさんの表情がしょんぼりとする。

「なんでやろうな、なんか放っとかれへんわ。なぁ?」

「どうして俺に話を振るんだよ。」

二人が話している間も、僕はまた一人考え込んでしまっていた。

別に考えたくないのに。家にいる時のような落ち着きがある。

「友達とか彼女とでも約束があるとかじゃないのかい?」

やや苛立ったような声でキョウさんが言った言葉。

レイさんに対しての返事だったみたいだが、僕に言われたのかと思い心臓が縮こまってしまった。

「そうなん?でもそれやったらついてこーへんやろ。なぁ?」

「は、はい。」

レイさんはグルンッと僕の方を向き食い気味で問いかけた。

僕はビクッと体を跳ねさせてしまった。

僕に友達はいないし、彼女も今はいない。

約束なんてあってないようなものだし、仮に約束をしていたとしても僕はこの人達に隠していただろう。

「……月雲ォ。」

僕は声を発せなかった。

キョウさんに名を呼ばれ、まず思ったのは全てを見透かされているという事だ。

実際どうなのかは分からないが、僕の勘がそう言っている。

「なんでしょう……?」

恐る恐る尋ねると、キョウさんはジィッと僕の目を覗き込んだ。

目を通して心を読もうとしているかのような、鋭く冷たい冷酷な瞳で。

「お前は一体何に脅えているんだい?俺達か?それとも、この場所かい?」

「え?」

正直に言えば、僕はこの場所やここの人達に対して震えるほどの恐怖心は抱いていない。

むしろ興味がある方だ。

それよりも恐ろしいのは……。

「僕はこの場所も、レイさんやキョウさんに対しても負の感情は持ち合わせていないです。」

気を悪くしない言葉を選び話す。

きっと、大丈夫。

「ふゥん?じゃァ……何がそんなに怖いんだい?」

「特に無いですよ。」

へへへ、と笑ってみせてみたが、それは逆効果だったのかもしれない。

僕が偽りの笑みを浮かべると同時にキョウさんの瞳の闇が増したように感じ、少し怖気付いてしまった。

「なるほどねェ。……レイ、そろそろ準備が出来たんじゃないかい?」

「え?もうそんな時間経ってる?」

レイさんは壁にかけてある時計を見ると、「そろそろ行こか」と立ち上がった。

それに続き僕も立ち上がり、キョウさんと赤城さんに軽く頭を下げレイさんと店を後にした。

赤城さんはずっと無表情に近い顔で、キョウさんはヘラリと笑って手を振ってくれた。

少しでも怖いと思ったのは事実だ。

だけど、一瞬にして表情所か空気までも変化させたキョウさんに、何故だか少し親近感が湧いた。

──────────────

「赤城ィ。」

「はい。」

店に残されたキョウと赤城は、レイと月雲の姿が見えなくなるとゆっくりと話し始めた。

「あの男、月雲って奴は本当に向こう側の人間かい?」

「俺も初めてあった人間ですので断言は出来ません。

ですが、染まっているようにも思えませんでしたね。」

「そうだなァ。でもほぼ黒に近い。このままここにいりゃァ、アイツはそれなりに動けそうだ。」

「ここに置くつもりですか?」

少し不満気な顔をする赤城を見たキョウは、クククと喉を鳴らした。

「いやァ?レイが連れてきた奴を俺の傍に置くとなりゃァそれなりの金額は要求されるだろうし、そもそも月雲がどういう人間なのかまだ分かっちゃいない。

今はまだ考えてねェよ。」

「今はまだ……。」

「だァい丈夫。お前以上の奴はいねェ。せいぜい輝血と同じか……下手すりゃそれ以上になるかもしれねェが、赤城と同等にはなれねェよ。」

キョウは赤城の背をバンッと音を立て叩くとポケットから1万円札を取り出し真奈に渡した。

「釣りは小遣いなァ。」

そう言って外に向かうキョウの後を慌てて追いかける赤城。

真奈はキョウに頭を下げるとニコニコとしてレジを操作する。

「さァて、暇だし俺らも覗きに行くかい?」

「はい。ついでに奴のことを少し調べます。」

「くっくく、そう構えるなよ。でもまァ好きにしなァ。」

キョウと赤城はブルータル地区西にある倉庫のうちの一つを目指して歩き出した。

賑わう人々はキョウと赤城の姿を見ると道を開け、口を閉ざす。

二人が通り過ぎると何事も無かったかのようにまた騒ぎ始め、その声はあらゆる音を掻き消した。

──────────────

「ほんっ……とうに、俺、頑張りますから!!」

ブルータル地区西 倉庫内にて一人の男が上裸の姿で吊り下げられていた。

縄で縛り上げられた手首からは血が滲み、爪先が床に微かに触れる。

「頑張るって前も言ってなかったか?」

男の前の椅子に腰を掛け呆れたように話す颯と、少し後ろに立つ懍。

「ほんとに、本当に次こそ頑張ります!だから、だから殺さないで……ください……。」

「殺しはしないよ。面倒くさいし。ただ、ちょっと俺らを舐めすぎてるからお仕置してるだけだよ。まだ理解してなかったんだ?」

颯が指をクイッと動かすと、男の両脇に立つ二人の男が木材を振り上げた。

「ひっ!も、もう、すみませ、ごめんなさい!やめてください!死にます、俺、死んじゃうから!!」

鼻水を垂らし声を張り上げ必死に叫ぶ男の腹部と脛に木材の角が直撃すると、男は唾と涙を飛び散らせ声にならない声で唸った。

「なんや、もう始めてんのか。連絡しろや。」

ケタケタと笑っていた颯と懍は耳をピクリと動かすと、颯は慌てて立ち上がり懍の隣に並ぶと頭を下げた。

「あーあ、こんなんもうほぼ終わりやんけ。折角見学客が来てんのに。」

「お疲れ様ですレイさん。……あの、見学客ってこの人ですか?」

顔を上げた颯と懍は月雲を見ると腕に鳥肌を立てた。

「おう、こいつの友達……ではないんやっけ?」

「はい。顔見知りです。」

「ははっ、顔見知りか。そうか。で、こいつがどうなんのか知りたそうやったから連れてきてん。」

吊り下げられた男は月雲がいることに気付くと「桂樹ぃ!!」と怒鳴り睨み付けた。

「……はい。」

こんな状況であるにもかかわらず、月雲からは一切の恐怖心を感じない。

それに加えて特に驚いた様子もなく、少し面倒くさそうな顔をして返事をする姿を見た颯と懍は唾を飲み、レイはケラケラと笑った。

「お、お前っ……助けろよ!」

「どうして?」

「は!?普通友達がこんな目に遭ってたら助けるだろ!!」

月雲は男をじっと見つめ少ししてから口を開いた。

「もしこの立場が逆だったら、お前は僕を助けたのか?」

「は?そ、そりゃ助け───」

「いいよ、その場凌ぎの下手くそな嘘なんて。」

「な、に言ってんだよ……嘘なんかじゃ……」

「仮にそれが本心だとしても、それはお前の考えだろ。僕はどちらにせよ助ける気は無い。」

月雲の声は氷のように冷たかった。

静まり返る中、レイが手を叩き笑い始めると、颯と懍が目を合わせた。

「やっぱりな、はっははは、最高やお前。思った通りや。」

「え?な、何がですか?」

月雲は人が変わったようにオドオドとした様子でレイに問いかけた。

「お前あれやな、無自覚やな。なるほどな、こりゃ色々掘り出さなアカン。……おい、そいつちょっと地下に入れといてくれ。外に出すかは後で考える。」

レイがそう言うと、吊り下げられた男の両脇に立つ仲間二人は頷き、颯と懍は首を傾げる。

「ほんで盗み見してるんやろ?一緒に話でもしようや。」

レイが入口付近へと声を掛けると、物陰から姿を現すキョウと赤城。

「お疲れ様です!」

キョウと赤城の姿を見た颯と懍が頭を下げると、「下で見張っといてや。」とレイに肩を叩かれた。

「ほんならもう一回向こう行って話そか?」

「話すって……僕に話せる事は……」

「あかんあかん、さっき自分で言っとったやろ。俺も下手くそな嘘はいらんねん。」

「……。」

月雲の顔が引き攣るのをキョウは見逃さなかった。

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