04
暫くして到着したのは薄気味悪い場所だった。
木々に囲まれた場所に足を付けた僕は、辺りを見渡した。
割れた瓶や血痕が付着したガラス片が散らばっている。
「こっちおいで。」
レイさんにまた手招きをされ、僕はそれに素直に従った。
普通の場所ではないんだろうな。とぼんやりと思いながら歩みを進めると、明かりが灯りガヤガヤと賑わう場所へと出た。
ボロボロの建物が建ち並び、その中や外には人がいて、一人で何かを叫んでいたり、歌っていたり、頭を抱えていたり。
どこか不気味な空気が漂うこの場所は、初めてのアトラクションを体験しているような気持ちにさせた。
レイさんの後を着いていくと、他より少し小綺麗な建物へと辿り着く。
「腹減ってへん?」
パフェを食べたばかりの僕は首を横に振ったが、「俺は減ってんねん。」とまたケラケラと笑い中へと入っていくレイさん。
僕に聞いた意味はなんだったんだ?と思いながらも、レイさんの後に続いたんだ。
Rと書かれた看板を横目に中に入ると、想像していた以上の人が食事を楽しんでいた。
そこにいたのは、見窄らしい格好をした人や、身なりだけは整っているが意地の悪さが顔に現れている人、そして近寄り難いオーラを発している人。
その中でも一人異様なオーラを身にまとっている男がいた。
「なぁキョウ見てやこいつ。」
その男に話しかけるレイさんは僕を指差すと、黒く長めの前髪の間から覗く瞳と目が合った。
「……新しい客かい?」
僕の全身をスっと見たかと思えば、気怠そうな声でそう言う男は、手に持つグラスをコトリとテーブルの上に置くと足を組み替えた。
その男の隣には体格の良い男が一人。
僕の事を警戒している様子だった。
「こいつ月雲って言うんやけど、おもろいやつやねん。」
「あぁ、そう。」
レイさんはその男、キョウと呼ばれる男の前の椅子を引くと腰をかけ、その隣に座るようにまた手招きをされた。
僕はぺこりと軽く頭を下げ浅く腰をかける。
「キョウに見てもらいたいなと思って連れてきてん。」
レイさんはニコニコと僕の肩に腕を回した。
「見てもらいたいって……まァ、言いたいことは何となく分かるけど。」
「ほんまに?流石やな。で、どない?」
「どうって聞かれても、話しても無いのに分かるわけが無いだろォよ。」
呆れたように返事をするキョウさんに対して、レイさんはケラケラと笑って「それもそうやな」と楽しげに返す。
正直、僕にはよく分からない会話だった。
僕の事を話しているというのは分かるのだけれど、どうしてレイさんは僕をキョウさんに見てもらいたかったのか。
キョウさんは何がなんとなく分かったのか。
僕には分からなかった。
「……赤城ィ、お前は何か思うことはあるかい?」
キョウさんが隣に座る体格の良い男、赤城さんに問いかけると、赤城さんは僕の方をチラリと見て「よく分かりません。」と答えた。
「そりゃァそう。お前もまだ話してねェもんなァ。」
キョウさんの口角がフッと上がったのを見た時、僕の心臓が大きく跳ねた。
ドクンという大きな音が胸の辺りをギュッと締め付け苦しみを覚える。
簡単に言えば、恋する相手と目が合った時のトキメキに近い感覚だ。
それと同じような嫌ではない苦しさに僕は困惑した。
「で、お前はいつになったら話してくれるんだい?」
僕が胸を押さえ困惑していると、キョウさんが悪戯に笑い問いかけてきた。
「えっ……と。」
何を話せば良いのか分からない。
そもそも、僕はキョウさんに会うために来たわけではない。
顔見知りのあの男が気になってついてきたんだ。
言葉を詰まらせた僕の背中をトンと優しく叩くレイさん。
「急にこんな事言われても困るわな?ごめんなぁ、うちの王は段取りしらずやから。悪気は無いんやけどな。」
変わらずケラケラと笑っているレイさんの目が少し柔らかくなったように思えた。
「急に連れて来て、どう思う?だなんて聞いてきたのはレイだろォ?
なんだい、俺と話す為に来たわけじゃ無いのかい?」
「前に話した金借りて飛ぼうと企んでるガキの結末を拝みに来たんやけど、どうしてもキョウに会わせたくなってな。
あれも時間かかるし、それまではええかなって。」
「許可取りも無く連れてきたって訳ね。そりゃァ話す事も無いわなァ?」
僕の視界に映る二人は、喫茶店やカフェで見かける普通の友人。
だけど、この人達を渦巻くように感じ取れるこの悪の空気のようなものは、普通の人間からは放たれることは無い。
ケラケラと笑うレイさんと、妖しく微笑むキョウさん。
これからも、この先も、関わる事など無いと思っていた人種。
僕の中でのイメージは、極悪非道な人間の皮を被った悪魔。
そして、それの頂に立つとされるのはブルータルの王。
……ここは、きっと都市伝説扱いをされているブルータル地区なのだろう。
荒れすさんだ空間に、この国どころか世界から姿を隠すようにしてひっそりと栄えるこの場所。
ブルータル地区だと言うのならば、外にいたあの人達は接近禁止令を破った人達か、それともブルータルの住民か。
そんなことを考えていると、「大丈夫か?」とレイさんに水を差し出された。
「こいつなぁ、車乗ってすぐ寝たかと思ったら吐きよってん。しかも俺の手にかける始末。おもろいやろ。」
「何を持ってして面白いと言っているのか俺には理解が出来ねェなァ。」
「普通ガラ悪い兄ちゃんらの車乗って知らん所に向かうってなったら緊張してそれ所ちゃうやろ?」
「まァ、ターゲットじゃないならそこまで緊張もしないだろォよ。」
二人の会話を聞きながら水を一口飲んで思った事は、水は美味いという事だ。
突然なんだ?と思われそうだが、僕は初めて水を飲んで美味いと感じたのだ。
変な薬でも混ぜられているのか?と疑いたくなるほどに、ここで飲む水は僕に幸福を与えた。
お気に入りのパフェを食べた時と同じような感覚だ。
だけど、二口、三口と飲み進めるほどにその感動は薄まり、飲み終えた時には何も思わなくなっていた。
急に水をゴクゴクと飲み出した僕をジッと見つめていたレイさんとキョウさん。
飲み終えボォっとする僕に声をかけたのはレイさんだった。
「なんや、そんな喉乾いとったんか?おかわりもあんで。」
僕は新しく注ごうとするレイさんに断りを入れ、恐る恐る水に対する感想を述べた。
「そりゃァ気付いてなかっただけで喉が乾ききっていたんだろォよ。」
僕の言葉を聞き最初に返事をしてくれたのはキョウさんだった。
「乾ききっていた……でも、そんな経験は今まで数え切れないほどしていて……でもこうして美味いと思うことなんて……。」
両親の離婚後からつい最近まで、喉がカラカラになるなんて事は日常茶飯事と言っても過言では無い生活を送ってきた。
潤す為に水を飲む事の方が多かった。
だけど、美味いとは感じたことがなかった。
「どんな環境やったんか知らんけど、美味いと思う余裕が無い位別の感情が邪魔しとったんちゃうか?」
「別の感情が……?」
「例えばやけど、月雲が知らんやつに誘拐されたとするやろ。
目隠しされて、音も遮断されて、恐怖心が芽生えるはずや。
そんな中で喉を潤す為に水飲んだって、旨みよりも恐怖心が勝るわけや。
どうやったら美味いと感じるか?って言ったら、誘拐犯からの解放。
目の前にある恐怖心から開放された時初めて、美味い!って思える……と、俺は思うんやけど。」
「じゃあ僕は今……恐怖心に支配されている……?」
思い当たるのはただ一つ。
恐怖心……恐怖心か……。そうか。
無意識に蓋をして、目を閉じて、距離を取っていたのかもしれない。
これが僕にとって最も恐ろしいものだと理解していたから。
解放されれば僕はこの幸福をいつでも感じることができるのだろうか。




