02
「お待たせしました。」
僕の前に並ぶチョコレートパフェとミルクティー。
甘いものと甘いものの組み合わせは人によっては理解し難いだろう。
だけど僕はこれが良いんだ。
口の中に広がる甘みが全身に広がり、脳を刺激する。
そして脳は僕に幸福を伝えるんだ。
たまの褒美として喫茶店やカフェに立ち寄り一人幸福を感じるこの時が、僕の人生の中で唯一色付き輝く時。
誰にも邪魔されず、落ち着ける幸せな時間。
ゆっくりとした中で、周りの言葉に耳を傾ける。
恋人がどうとか、勉強や仕事がどうとか、流行りのものがどうだとか、たわいもない会話。
特別興味は無かったが、垂れ流すラジオ感覚でなんとなく聞いている。
盗み聞き?いや、違う。
静かな空間で人に聞こえるほどの声量で話す人達の配慮不足だろう。
そもそも、周りに人がいる環境で会話をするということは、赤の他人にその内容を知られるということ。
僕みたいに一人で来てイヤホンをしていないような人間は沢山いるんだ。
耳に入るのは仕方ないことだろう?
なのに、盗み聞きだなんて人聞きが悪いな。
嫌なら最初からその口を閉じておけよ。
そう思うのは僕だけなのだろうか。
パフェを食べ終わり、ちょうど良い温度になったミルクティーを口に含み、この後の事を考える。
僕は高校に行かなかった。中学を卒業してすぐ働き始めたんだ。
母親は激怒していたが、そんな母親から逃げるために取った選択。
学歴は必要だと中学の時の担任にも言われたが、学歴なんかよりも命の方が大切だろう?と問うと、担任は首を傾げていたな。
これはあくまで僕の人生。だから、僕が決めていいはずなんだ。
僕が小学三年生の時、両親は離婚をした。
僕は父親について行きたかったのに、どちらについて行きたい?なんて聞かれることもなく母親に腕を引かれ家を出た。
父親に会いたいと言えばまた鬼のような形相で罵声と暴力を浴びせられた。
僕の考えや思いなんてものは尊重されない。
それが僕が生まれ落ちた環境での当たり前。
父親も父親で、二年後には子連れの女と再婚をしたんだ。
そして、僕の父親という義務を放棄した。
血の繋がりのないガキの父親としてだけ生きることを選んだんだ。
だけどそれはそれでいい。父親の人生だから。
もう養育費は払えないと言った父親に対して怒りを爆発させた母親は、狂ったように電話をかけ続けていた。
きっと、父親の職場や実家にも掛けていたんだろう。
この時僕は思ったんだ。
父親は、僕の父を辞めなければこの女から逃れられなかったんだ、と。
新しい女とガキと幸せに暮らせばいい。
僕の事はなかったことにしてくれて構わない。
そう思えるのは、ずっと母親から罵声を浴びせられ顔が窶れていく姿を見てきたからだろうか。
だけどやはり僕もまだ子供。
連れ子に対して良い感情は抱かない。
一度偶然バッタリと出会ってしまったことがある。
父親にくっつき嬉しそうな顔を見せるガキと、優しい瞳で微笑む父親。
そんな二人を見て幸せオーラを放つ女。
僕に気付いた父親は慌ててガキから離れて、「元気にしてたか?」と話しかけてきた。
僕が返事をする前にガキは父親の腕に強くしがみつき「パパ、早く帰ろうよ。」と僕を横目に言ったんだ。
”パパ”と呼べるのは僕だけだったのに、このガキにもその資格が与えられたのか。
いや、僕からこいつにその権利が移ったんだ。
そう思った僕はその時、父親と会えるのはこれが最後だろうと察してしまった。
僕は返事を返すことなくその場から逃げるように走り去った。
どこかで期待していた。
父親が走ってきて僕の腕を掴んでくれるのではないか?と。
だけどそれは叶わぬ夢。
聞こえるのは僕の足音と鼻をすする音。
それ以外何も聞こえない。今この場にいるのは僕一人。
最低な最後を選んでしまった。
勝ち誇ったかのような顔をしたあのガキの顔は一生忘れない。
猫撫で声で話すガキの事は、忘れないだろう。
僕は、母親とあのガキ……そしてガキの母親を恨んだ。
憎い。僕から全てを奪っていく女共が。
僕は父親が好きだったから。
僕が唯一甘えることが出来た人だったんだ。
それを奪ったお前たちが憎い。
僕の前から消えるべき人間はお前達なんだ。
そんな思いを胸に涙を流して眠ったんだっけ。
もし、その通りの人生だったなら。
僕は他の人たちと同じように高校に行っていたのかな。
もっと、人に優しく出来たのかな。
もっと、天使に近付けていたのかな。
こうして、仕事終わりに一人落ち着ける場所を探す生活をしていなかったのかな。
逃げるはずだったのに……弱い心をどこかに置いて強くなれていたのかな。
どうなんだろう。分からないな。
至福のひとときを終えた後は家に帰るだけ。
家に帰れば母親が僕を出迎える。
どちらの姿で出迎えるのだろう。
いつもの母親?それとも別の?
どちらにせよ僕にとっては息が詰まる空間だ。
見捨てる覚悟があれば、こんな事で悩まなかったのに。
これは僕が悪いんだけど。
……帰りたくないな。
いっその事、このままどこか遠くへと旅立ってしまおうか。
何もかもを捨てて、たった一人で。
出来ることなら記憶も全て消し去って。
真っ白な状態で、旅立ちたいな。
そんなことを考えため息をついた僕の隣の席では、恋愛の話で盛り上がる女が二人。
裏切られて、グチャグチャに捨てられればいいのに。
なんて、外道な考えが過ぎってしまったのは、今の僕に余裕がない証拠だろう。
僕は足早に店を出て、夜道をふらりと歩き始めた。
もう本当にこのままどこかへ行こうかな。なんて考えながら歩いていた時、僕の耳に届いた男の焦り声。
それに続くのは、別の男の陽気な声。
別になんでもいいやとそのまま通り過ぎようとした時、「桂樹」と名を呼ばれ足を止めた。
声がする方へ視線を向けると、薄暗い空間で横たわりこちらに手を伸ばす男が一人と、僕を見つめる光る眼。
面倒事に巻き込まれた。
それが僕の頭に浮かんだ第一感想だ。
だけど、この出会いが僕の思考を揺るがすとは、この時はまだ思いもしなかったんだ。




