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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
無償の愛
29/66

16

ブルータル地区から外に出た真奈は振り返り、もう一度頭を下げた。

「私の為に手を汚させてしまった。」

真奈はキョウとレイがあの男を殺めたということを直観的に察していたのだ。

真奈がブルータル地区へ背を向け、ヴァイス地区とは別の方向へ歩き出そうとした時、「忘れ物」と声を掛けられた。

声がする方へ振り向くとそこには封筒を片手に持ったキョウがいた。

「キョウさん……それって。」

「呼び止めちゃって悪いねェ。

思ってたより手間も掛からずに済んだから安くしといてやるよ。」

キョウはそう言うと真奈に封筒を差し出す。

それを受け取った真奈は中を見て目を大きくしキョウの顔を見た。

「これ、ほぼ全額じゃないですか?」

「ん?うん。返すよ。」

「そ、そんな。駄目です。

受け取ってもらわないと……そんな……私……。」

下を向き声を震わせる真奈。

「金を返されちゃァこれから逝けねェってか?」

「……え?」

「あんたが向かおうとしてたこの先にあるのは自殺の名所。

全国からわざわざ足を運んでこの場所で命を絶つ者も多く、年間自殺者の大半を占めていると言われる場所……に行こうとしてるように見えたけど違ったかァ?」

「……。」

図星を突かれた真奈が黙り込むとキョウは優しい声で話しかけた。

「はっは、別にあんたがそうしたいならすりゃァいいけどよォ……あんたはそれで良いわけ?

家で待ってんだろ、あんたの息子と旦那が。」

「っ……でも……もう合わせる顔もないし……お店もやっていける気もしないし……耐えきれる自信もないんです…。」

真奈の瞳からは自然と涙が溢れ出る。

「最初からそのつもりで俺らにその金渡したんだろォけど、悪いけど全額は受け取れねェ。

このまま貰ってはいサヨナラも出来たけどよォ……ウチの相棒が落ち込んでてねェ。」

「相棒……レイさん…?あ、赤城さんですか…?」

「ははっ、まぁ二人共そうだけど今回はレイかな。」

「どうしてレイさんが…?」

「……レイは感受性豊かだからねェ。

あんたの苦しみが痛いほど分かるんじゃないかい?」

「……そうですか。私はどうしたらいいのでしょう…。」

「その金を使って新しい場所で暮らすのもアリなんじゃないか?」

「新しい場所……。」

「あァでも店があるんだっけか?」

「……だから戻りたくないんです。」

「ん?」

「あの人は……息子を可愛がってくれていた方のお孫さんなんです。」

「あァ。

……まァ向こうが自分の孫がって分かりゃァ店に顔出す事もなくなると思うが、知らないままだと今まで通り顔を出すか。」

「知らないままでいいと思っているんです。」

「ん?どういうことだい?」

「きっと知ってしまうと自分を責めてしまう。

そして私に合わす顔がないとお店に足を運ばなくなってしまう……そうすると他の常連様達もそれを知ってしまうかもしれない。

自分が犯した罪ならばまだしも、身内の罪を一緒に背負い苦しむ姿は見たくないんです。」

真奈の言葉を聞き、キョウは呆れたように笑う。

「本当、お人好しというかなんというか。

他人の心配してられるような立場じゃねェだろ。」

「……ですよね。」

真奈は小さく溜め息をついた。

「帰りたくもねェ、気兼ねなく死ぬことも出来ねェってんならここに居りゃァいいじゃねェか。」

「え?」

「別に金取ったりもしねェし、気持ちが落ち着くまでいりゃァいい。」

「でもそんな……悪いですよ……。」

「ははっ、別になんとも思わねェよ。

ただ夜は客の数が増えるから騒がしくなると思うけどなァ。

それが大丈夫っていうなら好きにしなァ。」

「じゃあ、せ、せめて居させてもらう間は何かお手伝いを……。」

「あんたに金貸しだとか、人から頼まれたことなんでも出来るのかい?」

「……が、頑張ります…。」

「嘘嘘。あんたにゃ無理だよ。

それに俺が許してもレイとか颯とかが許さねェだろうよ。」

「……。」

申し訳なさそうな顔をする真奈を見てキョウは大きく欠伸をする。

「そんなに何かしてェっていうなら……店でもやれよ。

俺らも同じ店ばっかりじゃ飽きるしなァ。金も稼げて丁度いいだろうよ。」

「お店ですか…?」

「そう。飲食店。

あんた喫茶店やってんだろ?喫茶店でもいいぜ。」

「いいんですか……?私みたいなものがそんな急に……。」

「いいよ別に。

行く場所が決まれば辞めりゃァいいし、やるってんなら丁度空いてる場所があるからそこやるよ。」

「……あの。」

「ん?」

「どうしてそんなに……私なんかに良くしてくれるんですか?」

「さァねェ。で、どうするんだい?」

キョウはふいっと目を逸らし真奈からの答えを待った。

「……じゃあ、少しの間になると思いますけど……。」

──────────────

九年前

「まーたこの悪ガキ共め!」


「うるせえ。」

「うっさいねんアホ!」


「何ぃ?!」

頭にタオルを巻き二人の男の頬を抓るこの男は、バイク屋に勤める普通の男だった。

「涼一のアホ!」

抓られた頬を擦りながら悪態をつく。

「懲りずに何回も悪戯ばっかりして!いい加減辞めなさい!!」

「年上だからって偉そうにしやがって。」

「偉そうなんじゃなくて偉いんだよ。」

「は?俺らに喧嘩で勝てないのにか?」

「喧嘩は関係無いだろ!お前らが強すぎるだけだし。」

「ははっ、俺ら強いって。やったなキョウ。」

「何喜んでんだよ。当たり前だよ。」

この二人は俺の一歳年下の悪ガキだ。

たった一歳差でガキ呼ばわりは如何なものか?と思う人もいるだろう。

だが、こいつ達はまるで小学生のような好奇心を持ち合わせており、そして気が向いた時に小さな子供がするような悪戯をしに来た。

俺からしてみりゃ二人は小学生も同然なのだ。

だが、ふとした時に二人から異様な空気を感じる時がある。

特別ガタイが良い訳でも無いが、力だけはやけに強く、そして二人から恐怖心というものを感じ取ったことがない。

精神年齢が幼いが故に怖いもの知らずなだけなのか?


そんな二人と出会ったのは約十年前。

俺が10歳の時だ。

あの時の二人はまるで、狂犬のようだった。

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