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「レイさん、すみません。」
ケラケラと笑うレイに声を掛けたのは颯だった。
「ん?何?」
「真奈さんの顔色が良くないのでもうこれ以上ここに居させるのは……。」
「あー、せやな。一旦部屋に戻っとこうか?颯頼むわ。」
真奈は颯に支えられ、ゆっくりと扉へと向かう。
二人が外へ出たのを確認したキョウとレイは男へと視線を戻した。
先に動いたのはキョウだった。
「赤城ィ」
「はい。」
赤城は男が縛りつけられている椅子を軽々と起こす。
「……人として終わっている、だなんて言葉を吐くやつでまともな人間を見たことが無ェ。それは間違いじゃないらしい。」
キョウは男の前に立ち、上体を屈めて顔を覗き込む。
「きゅ、急になんだよ……。」
「まともな人間は、人に対してそんな言葉を使わねェ。
人を下げられるほど自分が出来た人間じゃないって理解しているからなァ。」
キョウは目を細めニタリと口角を上げる。
「……で、でも貴方達は誰がどう見ても……。」
「それはそう。俺らは人として終わっている自覚もあるし言われた所でなんとも思わねェ。」
「なら、言われても仕方ないだろう。」
男は怯えた目つきでキョウを軽く睨みつけてみたが、キョウの表情が変わることは無い。
「じゃァお前はどうだい?俺らは言われても構わないし、好きに言ってくれりゃァいいけど、お前は人から同じ言葉を言われても気にしないかい?」
「は?僕がそんなこと言われるわけないだろう?」
「はっは、お前は俺らと同じなのにかい?まだ自覚が無いとは驚いたねェ。」
震える声で懸命に反抗的な態度をとる男を見てキョウは更に目を細めた。
「……今回の件は僕にも落ち度があった。だけど、僕は他の人よりお金もあるし、勉強だって出来る。
将来が約束されている勝ち組だ。」
男はキョウから目を逸らし、まるで自分に言い聞かせるように話した。
「人間性に勝ち組も負け組も関係無いと思うけどねェ。
そもそも、そんなくだらないもので人の価値を決めているやつが人間性を語っているのが可笑しくて仕方ないねェ。」
「何が言いたいんだ……。」
「いやァ?自分の事を棚に上げて人には人間性を求めるって愚かな行為が気に障ってねェ。
……お前みたいな奴が俺は嫌いなんだよなァ。」
キョウの口角がスンと下がる。
「嫌いで結構。僕も貴方達みたいなクズは嫌いですから。」
視界にキョウを映さないように話す男は、冷たく鋭い眼に震え怯える自分が捉えられている事など気付きもしない。
そんな男の姿は、キョウにとっては弱った草食動物、まさに格好の餌である。
「はっは、でねェ、俺は嫌いな奴がどうなろうとなんとも思わねェんだ。」
「は?」
赤城に起こされた男は再び頬に強い衝撃を受け地面へと転がる。
「な、何をするんだ!」
「いやァ、ムカつくからこのまま殺そうかなって。」
ニコリと微笑んだキョウの目は全く笑ってなどいない。
殺意と憎悪に塗れた瞳は強がる男に対してだけ向けられ続けている。
「あ、あの女は殺しを頼まないって言っていただろう?!」
「あァ。これは依頼外。単純に俺がムカついているからやってる事だよ。」
「意味が分からない!お前はあの女に依頼されたから僕を拘束しているんだろ?
僕に腹が立ったからと言って依頼されても無いのに殺すだなんてなんのメリットもないだろう!」
少し先の自分の未来。
少し先の自分の結末を想像できてしまった男は、必死で言葉を紡いでみるが、それは今この状況下において逆効果なのである。
「……俺の気持ちが軽くなる。理由はそれで十分。」
「何を言っているんだ?本当にただの殺人ロボットじゃないか。」
男が理解し難いとでも言いたげな表情で言葉を放つと、キョウはきょとんとした顔を見せたかと思えば大きな声を上げて笑った。
男からすれば、その姿はまるで悪魔も同然である。
「ロボットだァ?はっはは、ロボットならよォ、お前に腹が立つ事も無かったのになァ?」
ニタリと笑うキョウを見て男は震え上がった。
「わ、分かった!僕が悪かったよ!人としてだなんて僕が言えるような立場じゃなかった。
この言葉はもう誰にも使わない、だから、だから!謝るから!謝るから……許してく……ださい……。」
自分を見つめる冷たい視線に耐えきれず、横たわる男の下半身がじんわりと温かくなる。
「今まで散々人の言うことも聞かずに吠えていたのにねェ。意見は変えるし漏らして臭ェし、はっはは、これが勝ち組の姿かァ。」
キョウの言葉を聞き男は悔しくなり涙を零した。
その光景を見ていたレイは困ったように笑い、周りの男達はクスクスと笑う。
その中で一人、縛り付けられたまま放置されていた男が口を開いた。
「俺はどうなるんだよ?」
男が声を発するとシンと静まり返る。
「あァ、お前は雇われただけだもんなァ?でもやった事には変わりねェからなァ。」
「じゃあ俺も殺されるのか?そんなの約束が違ぇよ。」
「約束?お前とコイツの約束なんか俺達には関係無いからなァ。」
男はキョウをジッと見つめ真剣な顔をする。
「俺を雇わないか?」
「はァ?」
キョウとレイは男の言葉を聞き目をパチパチとさせた。
「何を言っているんだい?」
「だから、あんたらが俺を雇わないか?って聞いてんだよ。俺はあんたらと同じで金さえ貰えればなんだってする。」
「ふゥん……何でも、ねェ。」
キョウはじとりとした目で震える男の足元を見つめた。
「どうだ?こういう奴が増えればあんた達も仕事が楽になるし悪い話じゃないと思うぜ?」
「ははっ、そうだねェ。この状況でそんな条件を出してくるそのメンタルの強さは認めるよ。
ただ、俺はお前を信用なんてしてねェ。」
「信用はこれから築き上げていけばいいだろ?もし俺の話を飲んでくれるっていうなら今この場でコイツを殺してもいい。」
「なっ…?!」
心身共にボロボロになり転がる事しか出来ない男は、唯一味方だと思っていた男の裏切りの言葉に絶望した。
「……コイツを殺すってのは俺の苛立ちを収める為の話。俺が殺らなきゃ意味がねェんだよ。」
キョウの目がキラリと光る。
「じゃあ他に俺に出来ることは無いか?」
「……そうだねェ……じゃァ自首してくれねェか?」
キョウがそう言うと男は眉間に皺を寄せた。
「は?」
「だから、自首してくれって言ってんだよ。」
「おいおい待てよ。俺は捕まるのが嫌でこの条件でガキを殺ったんだ。」
不満気な顔をする男。
自分の思い通りにことが運ばれないことに対し、苛立っているのだろう。
というのは、誰からなんの説明もされなくともその顔を見ればすぐに分かることである。
「……お前は今自分が何処にいるか分かっているか?」
「何処ってあんたの縄張りだろ?それがなんだよ。」
不満気な顔と声はキョウの脳を刺激していた。
チクチクと細い針で刺されるような不快感と嫌悪感。
「ここはブルータル地区。俺とレイはここの責任者、といったところかな。」
「ブルータル……ははっ、なんとなくそうだろうとは思っていたよ。……そうか、噂は本当だったか。」
男は嬉しそうな表情をみせた。
「……お前はもう俺らから逃げられねェ。」
「もし自首を断り続ければ命は無いって事か。」
嬉しそうな顔から一変、自分の今置かれている状況を理解し苦笑いをする男。
「物分りが良くて助かるよ。で、どうするんだい?」
「それでも俺は自首なんかしない。それじゃなんの意味も無いからな。」
「あ、そ。じゃァお前はもういいや。」
キョウが赤城に連れて行くように合図をした時、男は真っ直ぐとキョウを見て叫ぶ。
「でも!あんたが俺に金を渡すなら考えてやる!金額は五千万だ!」
「……待て赤城。」
赤城はキョウの言葉を聞き男へ伸ばしていた腕を引っ込めた。
「なんでテメェ如きに五千万も払わなきゃいけねェ?五千円の間違いだろォが?ははっ、それでも高ェけどなァ?」
キョウは馬鹿にしたように笑い、レイは呆れたようにゴミに集る虫を見るかのような目で男を見ていた。
「冗談はやめてくれよ。俺はあんたの言う通りに自分の人生の数年……いや十数年かまたは数十年と時間を捨てる。五千万でも安い方だ。」
「……お前何か勘違いしていないかい?」
「勘違い…?」
男は首を傾げた。
人間一人に対し五千万が安いというのは別に誤った認識では無いと思っているからだ。
「お前の人生全てをかけても五千万の価値もねェ。安い方?笑わせるなよ。お前のゴミみてェな人生を買うのは俺。だから金額を決めるのも俺。お前はそれに従ってりゃァいいんだよ。」
「言わせておけばこの野郎!あんたらの事も喋ってもいいんだぞ!」
キョウの言葉を聞いた男の目付きが鋭くなったかと思えば、唾を飛び散らせながら怒鳴りあげた。
「はっは、どうぞお好きに。どうせ俺らの事を話した所で警察は何も出来ない。しようとした所でお偉いさん方に止められる。自分勝手な行動をすれば自分の首が飛ぶ。
……お前らには、俺達と関わっちゃいけないって決まりがあんだろォよ。」
男の怒鳴る姿もキョウからすれば産まれて間もない子犬や子猫が必死に威嚇しているようなものであり、恐れる心などそこには無いのである。
「……あの話は本当なのか?本当にあんたらは何をしても警察から何も言われず過ごせるのか?どうしてだ?」
「どうしてだろォなァ。……そんな事はどうでもいい。
お前は五千円で俺に買われるのか買われないのかどうするんだい?」
「……もう、金はいい……。」
威勢の良かった男はものの数秒でしょんぼりと下を向いていた。
「自首しないって事かい?」
「いや、自首するよ。どうせ逆らった所で殺されて終わる位なら多少の我慢はしてやる。
ただ、金はいらない代わりに頼みを一つさせて欲しい。」
弱々しくも希望を抱いた声で話す男。
「なんだい?」
「出所したら……俺をここに置いてくれ。」
男は今の体勢で出来る限り頭を下げた。
「……なるほどねェ。その時に考えてやるよ。」
「本当か?」
「あァ。」
「言ったからな!」
顔を上げた男は期待に満ち溢れた顔をしており、欲しかった玩具を与えられた幼い子のような笑顔を見せた。
「……赤城。」
「はい。」
俺の将来は約束されたと上機嫌な男を赤城と数人の男で外へと連れ出す。
そんな男の姿を見ていたキョウとレイは堪え切れずに声を上げて笑った。




