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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
無償の愛
26/53

13

「ちょ、まだ駄目ですって!」

物陰から現れた真奈の目から大きな雫が零れ落ち、それは冷たいコンクリートへ染みを作る。

「おい颯。ちゃんと押さえとけや。」

「すみません。」

「まァこれ以上黙って聞いてるってのも我慢の限界だろォけど。」

真奈は涙を拭いながらゆっくり男へと近付く。

「貴女は……あの子の親ですか?」

「……。」

「こんなクズに頼んで僕に復讐をしようとでも?

それで?復讐して何が変わるんですか?

貴女の気が晴れるのですか?」

真奈を目の前にし言葉を投げつける男の口元が歪む。

「っつ!」

男の視界に映るのは自分を見下ろすレイの顔。

痛む頬を擦ることも出来ず、男はペッと血混じりの唾を吐き出す。

「ペラペラペラペラくだらん事ばっかり喋りすぎやねん。

もうちょっと自分の立場考えろや。」

「僕はただ質問しただけですよ。

それにくだらない事をしているのは貴方達の方でしょう?

結局自分で我が子の仇も取れない弱者がこうやってクズに頼み込む。

子供も貴女みたいな弱者から離れられて良かっ」

男の言葉の途中、パンッという発砲音が響く。

「ちょっと黙ってろって言ってんのが分からんのか?」

男は鈍い痛みを伴う肩を見て息を荒くする。

「うっうっうっ撃ちましたね!?

僕にこんな事をしてタダで済───」

「お前は喋ってないと死ぬんか?」

レイの靴の先が男の口を蹴り上げると、あまりの衝撃に男は血を垂れ流しながら悶絶する。

「……と、まぁコイツはこう言ってるけど見覚えない?」

クルリと振り返り優しい表情をしたレイに、真奈は目を赤くしながら首を横に振った。

「そうか。で、最後までやるか?」

真奈はレイが言う最後までの意味を察した。

「……私は理由を聞けたらそれで良かった。

……反省してくれていれば……そう思っていました。」

真奈は転がり唸る男を見ながら続ける。

「でも、この人は涼の事をなんとも思っていない。

泥棒だとか、よく分からない理由であの子を私から奪った…。

……とても……とても……許し難い……です。」

「うん。ほんならもう───」

「でも、この人の命を奪えば私もレイさん達もこの人と同じ人間になってしまう。

涼や涼一さんにもう顔を合わせられない。だから……だから私は……。」

真奈はその場に座り込み手で顔を覆う。

「殺して欲しいとは言えません……。」

震える声でそう発された言葉は男の耳に届く。

「こ、この人もこう言っている。今受けた暴力も許してやる。

だからもう僕を解放しろ。そしてもう関わるな!」

前歯が欠け、切れた口内から血を飛ばしながら叫ぶ男をキョウが見ると、男は口を閉じる。

「……そうか。それが望みならここで終わろか。」

レイは真奈の前にしゃがみこんだ。

「レイさん。」

「ん?」

「その人が言う泥棒の意味が私には分かりません……それだけ知りたい……。」

「うん、分かった。」

レイは立ち上がり男の前へと移動する。

「お前が言う泥棒って、子供はお前から何を奪ってん?」

「……愛情ですってば。」

「その愛情ってのはなんや?誰から誰に対するもんや?」

「僕が貰うはずだった愛情をあの子が……。」

ボソボソと話す男にレイは苛立った様子だ。

「は?だから、誰からのやつやねんって?」

「家に行けばいつも僕を可愛いって、一番愛おしいって、そう言ってくれていたのに。

なのに突然あの子の名前を言うようになった。

可愛いって、だから会えるのが楽しみだって、僕といる時もあの子の話をする。許せない。」

男の声に怒りが滲む。

「全然分からん。何言ってんねんお前。」

「僕のお婆ちゃんは今までずっと僕だけを可愛がってくれていたのに。

あの子が現れてからあの子にお菓子を買うようになって、あの子に会う為に毎日のように出かけるようになった。

僕にも一緒に行こうと言ってきたこともある。

行くわけないだろ!?」

「それにしても子供に罪は無いやろ。何考えてんねん。」

レイは呆れた顔をして男を見下ろした。

「あの子さえ現れなければ!お婆ちゃんはずっと僕だけを見てくれていたのに!!あの子が僕からお婆ちゃんを奪った。

あの子が!!僕が与えられるはずだったものを奪った!!」

「アホくさ。そんな理由で殺したんか?」

「そんな理由…?

何も知らないくせに!僕の気持ちなんて分かるわけが無い!

どれだけ僕が……どれだけ僕が不安で寂しかったか……お前に分からないだろ!!」

男の口から飛び散る唾。

レイはまるで虫が集る生ゴミを見るかのような目で男を見つめた。

「ああ、分かりたくもないわ。

二十歳そこそこで親の金で自由に暮らして甘え散らかしてきたお前の気持ちなんかいくら積まれても分かろうと思わん。」

「……お前もあの子の味方か?

じゃあなんだ?僕が先にお前に金を積んで依頼してればお前はあの子を殺しただろ?!

お前達はそういう世界のやつだろ!

順番が違っただけで、結局お前達は人の辛さも知ろうとはせずに金だけで動く殺人ロボットだろ!!」

「どうやろな。お前が払えたらやってたかもな。お前が払えてたら、な。」

「はっ、ははっ、そこの女が払える額が僕に払えないとでも?払えるに決まっているだろう!

それにやっぱりお前は金さえ貰えりゃ老若男女問わず殺すんじゃないか!

偉そうに僕に説教出来るような立場じゃないだろう!」

「じゃあお前は、その子を殺す為に俺らに自分の命を捧げる事は出来たか?」

「……は?」

男は口をぽかんと開け、レイの言葉を理解が 出来ていない様子だった。

「お前の命だけじゃ足りひん。それに上乗せで現金一括前払い。

それでやっと俺らは動き出す。その覚悟がお前にはあるんか?」

「何言って……どうして消して欲しいやつを消してくれって頼む代わりに自分の命まで差し出さなければならないんだよ!」

「俺らに頼んでくる人間ってのは、それなりの覚悟持った奴ばっかや。

自分が死んででも相手を地獄に落として欲しいという強い怒りと憎しみがないとこんな所まで来ぉへん。

お前の一時の感情の衝動的な行動とこの人の覚悟を一緒にすんな。」

レイの瞳は冷たく光が灯っていない。

「でも僕が覚悟をしていればお前はあの子を殺した。

結局お前達は偉そうな言葉を並べていても殺人ロボットと変わらない。そうだろ?」

「あぁ、そうかもな。ま、俺らは子供は対象外やけど。」

先程までとは違ってケラケラと笑い出すレイ。

「は?」

「売る事はあっても殺しはせん。

お前が先に来たとして覚悟決めて俺らに依頼した所で、俺らがやるのはその子の親に話持ちかけてそれ以上の覚悟を貰う。

そして依頼してもらう、お前らみたいな下衆を殺してくれってな。」

「そんなの詐欺じゃないか!」

「やったらなんやねん?」

レイは悪びれた様子も無く、ケラケラと笑ったままだ。

「それじゃあ僕がただ殺されるだけで子供は生き延びてお前らが稼ぐ……なんの意味もないじゃないか!」

「せや。で?それの何が悪い?」

「何が悪いって……不公平だろ!

どうして相手が子供ってだけで……それにそんなやり方するなら最初から断ればいいだろ!」

「何言ってんねんお前?

大人が子供相手に嫉妬して命を奪う、その行為はあまりにも一方的。

不公平やって言ってええのは子供の方ちゃうんか?

それに、なんで俺らがお前らみたいな大人相手に優しくしたらなアカンねん。

貰えるもんは貰っとく、そんなん当たり前やろ?」

「な……にを言っているんだ……?当たり前なわけないだろう?!」

「あぁそう?すまんな、俺の中ではこれが当たり前やねん。

お前とは多少のズレがあるみたいや。」

「多少所じゃないだろ!そんな事許されるわけが無───」

「俺は別に誰から許されたいとかそんなん思ってへんけど。

お前が許さんかったとしてもそれは俺には関係無い。勝手に文句言っとけ。」

「なんなんだお前……人として終わっているな……。」

「あ?こんな所で生きてる奴に人間性求める方がおかしいんちゃう?」

レイが声を上げて笑うと男は顔を青ざめさせた。

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