07
土曜日の朝
土日休業と貼り出し、私は電車に乗りブルータル地区を目指しました。
ブルータル地区から一番近い場所、ヴァイス地区に行かなければなりません。
ブルータル地区は国から見放された、つまりブルータル地区には駅がありません。
バスもブルータル地区付近は走りません。
噂ではタクシーの殆どがブルータル地区には向かってくれないとの事でした。
私はヴァイス地区に向かう電車の中でLinkを開き、嘘か本当か分からない情報を沢山見ました。
犯人については憶測のコメントばかりでした。
そしてまだ、母親が怪しい。と言っている人もいました。
私は悔しくて、悲しくて、すぐにでも泣き出してしまいそうでしたが、もしかしたらブルータルのなんでも屋が犯人を見つけてくれるかもしれない、と儚い希望を胸にグッと涙を堪えました。
電車を乗り継ぎ午後にヴァイス地区に辿り着きました。
私はヴァイス地区で昼食をとり、ブルータル地区までの道程を確認しました。
マップアプリを開くものの、ブルータル地区は出てきません。
人に聞いても嫌な顔をされることは分かっていたので、とにかく歩き回りました。
薄暗くなってきた頃、私はヴァイス地区から少し離れた場所に辿り着きました。
進めば進むほど建物が少なくなり、地が荒れ始めます。
そして、建物が完全になくなると木々が生い茂った場所に辿り着きました。
この先に道があるのか?と不安になり、ヴァイス地区の方を見ると、その先は真っ暗闇でした。
気付けば日は暮れ、闇に包み込まれていました。
スマートフォンを開き、存在しないとされる場所を目指して歩いていた私は、辺りが暗闇に包まれている事にすら気付かないほどに懸命に歩いていたのです。
現実を見て、途端に足が痛みだし、その場に座り込みました。
スマートフォンの充電が残り7%と表示されています。
前を見ても後ろを見ても真っ暗で、私は大きな不安に襲われ、その場で息が苦しくなり、ゆっくりと横になりました。
今車が来たら私は轢かれて死んでしまうのだろう。
でもそれで二人の元に行けるなら、それでもいいかもしれない。
そんな事をぼんやりと思いながら目を瞑ると、誰かが私を呼びました。
あぁ、迎えに来てくれたのですか?
涼一くん。涼。
私は今とても貴方達二人に会いたい。
──────────────
「だから……って……」
誰かの声がする。
「……れて……や!」
何を言っているのかハッキリとは聞こえない。
ゆっくりと目を開けると、視界がぼんやりとする。
顔を動かすと動く影が見える。
「お?起きたんか?」
急に視界に映り込んだ男に私は驚き、目を大きく開くと、それを見た男はケラケラと笑いました。
「え、なになに?お姉さん起きたの?」
今度は可愛らしい顔をした男の子に顔を覗き込まれ、「急に覗き込んだら怖がられるぞ」とまた別の男が可愛らしい顔をした男の子を私から遠ざけました。
「あの……私……。」
私は今の自分の状況が呑み込めず混乱していました。
「あ?あぁ、散歩しとったら倒れてんの見つけたから連れて帰ってきてん。」
ヘラヘラと笑いながら話す男に「誘拐してきたんでしょ!」と可愛らしい顔をした男の子が言うと、「だからちゃうって言ってるやろ!」と怒る男。
あの時声をかけてきたのは、涼一くんでも涼でも無くこの人だったのだろう。
「で?あんな所で何してたん?」
ヘラヘラと笑う男は二人を部屋から追い出し、私が横になるベッドの隣に椅子を持ってきてまた顔を覗き込みながら聞いてくる。
「笑わないですか?」
「ん?うん。何?」
「ブルータル地区に行きたくて……でも地図に載っていないからなんとなくで目指して歩いている途中で力尽きました……。」
「………。」
返事をしない男を見て、馬鹿にされると思っていると「いらっしゃい。」と言われました。
「え?」
「いや、え?やなくて。
ブルータル地区に来たかったんやろ?だからいらっしゃいって。」
「じゃあここって…?」
「ブルータル地区やで。」
「え!」
私が急に体を起こしたものだから、驚いて少し後ろに下がる男。
「ビックリすんなぁもう。なんやねん、元気なんかい。」
「や、え、じゃあ……」
「ちょぉ待て。まずはなんか飲んで落ち着いて。ほんで飯食いながら話そや。
あ、今更やけど俺の名前はレイね。」
レイさんはキッチンでヤカンを片手に「ちょっと待っててや」と上機嫌な声で話しかけてきた。
私は大人しく待つことにしました。
「ん、とりあえずこれ飲みや。」
「これは一体……?」
「白湯。」
「白湯……ですか…?」
人の家で白湯を出されたことがなかった私は少々困惑してしまいました。
「しゃーないやん、何が好きで嫌いか分からんし。文句言わんと飲め。
……あ、もしかして白湯苦手?」
「いえ、苦手じゃないです。有難うございます。」
私は不思議でした。
どうして白湯を飲んで涙が溢れたのか。どうして私はこんなにも安心しているのか。
「飯は食えそう?」
「少しなら……。」
「ほー、何食いたい?」
「特にこれといって……。」
「動けそう?」
「はい。」
「んなら行こか。ちょっと肌寒いからなー、これ着ときや。」
レイさんは私に向けて大きめのジャケットを渡してくれました。
私はベッドから出てそれを羽織り、バッグを持ってレイさんの後を追いました。
「俺から離れんとってな。」
「え…?」
「あー、まぁ外出たら分かるわ。」
私はよく分からないままレイさんと建物から外に出ると、そこには私が思っていた以上の人がいて、楽しそうに歌い踊っている人や、膝を抱えてブツブツと何かを言っている人、それに喧嘩をしている人たちがいました。
「あー!?女がいるぞー!」
私が通り過ぎた後に叫び出す男達。
私の隣に立ちニタニタと笑う男に触れられそうになった時、「オイ」とレイさんが言うと男達は体をビクリとさせ離れていきました。
「もうちょいこっち歩いて。」
レイさんは私を手招きし、私はレイさんのすぐ後ろを歩くことになりました。
そのままレイさんについて行くと、少し荒れた店に辿り着き、レイさんと一緒にその店の中へと入り、「そこ座って」と言われた椅子に腰をかけました。
そのテーブルには先に一人の男の人が座っており、長い前髪で片目が見えず、首元や腕にはタトゥーが入っており、なによりもこの人からは近寄り難い何かを感じました。
あぁここは本当にブルータル地区の中なんだろうな、と思っていると、その男の人と目が合いました。
「……レイの新しい女かい?」
「ちゃうわ。拾ってん。」
「はァ?誘拐してきたって事かい?」
「キョウまでそんな事言う?拾ったんやってば。」
「はっは、そうかい。で?どうするつもり?」
「どうもこうも今から話聞くねん。なんかここに来たかったらしいわ。」
「ふゥん。」
キョウと呼ばれる男はレイさんに比べ声や話し方に少し冷たさを感じました。
「ま、適当に食おうや。食いたいもんあったら頼んでええで。
金の心配もいらんし。なあ?キョウ」
「あァ、俺は別に構わないよ。レイが支払うしねェ。」
「俺一人で払うんかい。まぁええけど。」
二人のやり取りを見て私は自然と笑みがこぼれました。
そして、レイさんが次々と料理や飲み物を頼むものだから、テーブルの上はすぐにいっぱいになり、私が食べきれない量の料理を見て目をパチパチさせていると、レイさんが「食える分だけ食っとき」とお皿とお箸を渡してくれました。
「有難うございます。……いただきます。」
正直、先程目の前で入れてもらった白湯とはまた違い、悪い噂ばかりのこの地区で出される食べ物や飲み物を口にするのには少し抵抗がありましたが、レイさんやキョウさんが美味しそうに食べる姿を見て思い切って口に入れると、それはとても美味しくて、じんわりと胸が暖かくなるような感覚に陥りました。




