05
「水瀬さん、もうすぐですからね。」
「水瀬さん頑張って、ほら、赤ちゃんも頑張っているからね。」
「お父さんももうすぐ来るからね。」
あの日と同じような天候でした。
あの日、私は最愛の人を亡くしました。
あの日、私は最愛の人の誕生を喜びました。
あの日、私は最愛の人との別れを受け止められませんでした。
あの日、私は死神から天使を守ると誓いました。
「元気な男の子ですよ。」
「大変申し上げにくいのですが……。」
「目はお母さん似で口元はお父さんかな?」
「水瀬涼一さんが交通事故に遭いました。」
「可愛らしい顔をしていますね。」
「水瀬さんが乗っていたバイクと信号無視をした車が衝突し」
「もう名前は決めているの?」
「ガードレールにぶつかりほぼ即死と言える状態でした。」
「早くお父さんにも抱っこしてもらいたいですね。」
あの日の助産師さん達と警察の言葉が交互に私の脳内を支配する。
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「本当に?」
「うん。」
「俺がパパになるって事?」
「うん……。」
驚きを隠せない貴方の表情が、喜んでいるように見えなくて不安だった私。
目をパチパチとさせて、黙る貴方。
あぁ、この人は望んでいなかったのかな。そう思うと悲しくなり、涙が出そうになった。
「俺さ……。」
この先は聞きたくないな……。
「自分の子供には自分の名前一文字入れたいって思ってるんだけど、駄目?」
「……え?」
「まって、やっぱり今の無し!恥ずかしい!忘れて!」
「え、産んでもいいの?」
「ん?え、産まないつもりだった?」
「いや、産みたいけど……涼一くんあんまり嬉しそうに見えなかったからつい…。」
「違う違う、嬉しいに決まってるじゃん。
嬉しすぎて逆に真顔になっちゃう、みたいな?」
「なにそれぇ?」
貴方の不器用な所が大好きでした。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど。」
「ん?」
「赤ちゃんの服買っちゃった。」
「え!?産まれるの半年先だよ?」
「分かってるけどつい…。」
性別もまだ分からない我が子の為に、産まれる前から沢山の服と玩具を買ってくれていたね。
「俺、立ち会いしたいんだよね!」
誰よりも我が子の誕生を心から楽しみにしていたね。
「今蹴った!パパでちゅよー!……聞こえてるのかな?」
大きくなった私のお腹を優しく撫でて沢山話しかけてくれたね。
「子供の為にもこの店は絶対に潰せないな。」
バイクと珈琲が好きな貴方。
いつでもすぐに駆け付けられるようにってバイク関係の仕事を辞めて喫茶店を開いたよね。
私が手伝おうと店に出たら、「安静にしていなさい!」と椅子に座らせて温かいミルクをいれてくれたね。
常連のお客様達から沢山のアドバイスを貰って全部メモしていたよね。
人形を使って沐浴の練習をしている貴方の後ろ姿。
抱っこ紐を付けてニコニコする貴方。
二階建てにした事を少し後悔していた貴方。
誰よりも楽しみにしていた貴方があの日一番悔しい思いをしたって分かっているから、楽しい報告だけを沢山してきたけど……。
ねぇ、涼一くん。
「涼がいる場所を教えて……助けて!」
私は、日が差す方へと向かい歩き出す。
そこへ向かおう、と思って歩いたわけじゃない。
自然とそっちに向かって足が動いていたのだ。
歩き続けて数分。
もうここは涼の行動範囲外の場所だ。
家に帰ろう。
私が家に向かおうと背を向けた時
「ママ」と呼ばれたような気がして、「涼!?」と叫び振り返ると、先にある田んぼの近くに雨の雫で光る何かが落ちているのを発見した。
私はその光に向かって走った。
「これは……?」
光る物を手に取り、私は辺りを見渡した。
この場所はあまり人通りが無い。
私自身もこの先に行く事は滅多に無い。
この先は畑や田んぼが多くあるが、周りの伸びきった草で視界が悪い。
「涼?」
もしかしたら、遠足の後テンションが上がってしまい見知らぬ場所に来てしまったのかもしれない。
もしかしたら、この草の陰に隠れて私を待っているのかもしれない。
「涼?いるの?」
私は名前を呼びながら歩いた。
しばらく歩き進めると、少し先の草が動いているのが見え、思わず「涼!」と叫び気付けば走っていた。
足音に反応しているのか、草の動きが激しくなり、私の目の前に姿を現す。
「ニャア」
「……猫。」
草の茂みから姿を現した猫にガッカリし、大きなため息をついた。
そして、もう一度注意深く探してみようと思った時、先程飛び出してきた猫が咥えている物に視線が奪われる。
「……え?」
私はしゃがみこみ、舌を鳴らして猫を呼んだ。
猫はあまり警戒する様子はなく、直ぐに私に近寄り体を擦り付けた。
「ちょっとごめんね。」
私は猫を撫でながら咥えている物を手に取る。
「……青い紐?じゃあさっき拾ったのは私の家の鍵?
……涼?どこにいるの?涼?」
私が立ち上がると猫は驚いたのか私から距離を取り、こちらの様子を伺っていた。
「さっきこの辺りから出てきたから……。」
私は猫が飛び出してきた辺りの草を掻き分ける。
「涼?涼いるの?迎えに来たよ。怒らないから出ておいで。」
私の声は震えていた。
だって、掻き分ければ掻き分ける程、胸騒ぎがする。
お願い、早く返事をして。
私はそう願いながら、飛び交う虫を払い除けた。
掻き分け続けた結果、私は田んぼの中に片足が入ってしまい、慌ててそこから出ようとした時、少し先に見えた物を目指して足を取られながら懸命に走った。
徐々に日が照らし出すその場所へ向かって、走って、走って、手を伸ばす。
「いや……いや……あ……あぁ……」
その物に辿り着き私は膝から崩れ落ちた。
「あ……あぁ……そんな……あぁあ………」
一緒に選んだバイクのワンポイントが付いたリュック。
涼が好きな食べ物を詰め込んだ弁当箱。
「あぁ……涼……涼……」
涼のお気に入りのレインコート。
「ぃゃ……ぃや……」
「いやあああああああああああ!!!!!」
見覚えのある物と一緒に横たわっていたのは、私が愛してやまないたった一人の息子でした。




