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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
無償の愛
16/34

03

そして遠足の日。

「雨は降ってないけど暗ぁい…。」

今にも降り出しそうな空を見てムッと頬を膨らませる息子。

「これから晴れたらいいけどね。」

私は息子の弁当を詰め込みながら、朝食の準備をする。

「わ!僕が好きなハンバーグが入ってる!」

「そうだよー。

それにたこさんウィンナーでしょ、涼が好きなたらこパスタも入ってるよ。」

「やったやった、お昼が楽しみー!」

先程まで膨れっ面をしていたとは思えない程、ニコニコと笑う息子。

顔を洗い、着替えと朝食を済ませ、歯を磨きながら空を見る。

「ねぇママ。」

「なあに?」

「学校に行く前にみんなのてるてる坊主を見てもいい?」

「ん?いいよ。じゃあ少し早めに用意を済ませて下に行こうか。」

「うん!」


私と息子は喫茶店に吊るしてあるてるてる坊主を見ながら「これは(はやし)さんが作ったやつ!」「これは青田(あおた)さんが作ったやつだね!」と楽しく話していた。

「みんなニコニコしていて可愛いねえ。」

息子は嬉しそうに笑う。

そんな息子を見て私も自然と笑みがこぼれる。

「あ、涼。そろそろ出ないと。」

「本当だ。みんなのてるてる坊主を見たから晴れてくれるかも!」

「ね、晴れてくれるといいね。」

「うん、行ってきます!」

「気を付けてね!行ってらっしゃい!」

息子は今日も元気よく外へと飛び出した。


「涼ちゃん今から遠足?楽しんでおいでね。」

外から聞こえたお客様の声。

「うん、行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい。」

お客様は朝から息子に会えたとニコニコとしていた。

私はお客様と天気の話をしながら急いで準備をした。

また今日も新しい一日が始まった。


昼前まで曇っていたが、午後になるとシトシトと小雨が降り出し、帰宅予定時刻にはザァザァと大きな音を立てて土砂降りとなった。

「あらぁ、帰り道大丈夫かしら?」

外の様子を見ながら心配してくれるお客様に「大丈夫だと思いますよ。」となんの根拠もない返事をした。

本当は心配ですぐにでも迎えに行きたかったが、店を放ったらかしてそんな事は出来ない。

早く「ただいま」と聞かせて欲しい。


「真奈ちゃん、涼くんは今日は家に帰っているの?」

私は時計を見て「もう帰宅時刻は過ぎているので家に帰って疲れて寝ているのかもしれません。」と答えた。

雨の影響でバスが遅れていたら学校からアプリで連絡が来る。

だが、そんな連絡は無かったのできっと家で寝ているのだろう。

今日は遠足で楽しい思いをしたはずだ。

絶対に叱ってはいけない。

私は自分にそう言い聞かせ、お客様達と普段通りの会話をしていた。

私が心配性なのを知っているお客様から「一回確認に行ってもいいのよ?」と言ってもらったが、常連ではないお客様もいた為、その言葉だけを有難く頂戴して家に見に戻ることはしなかった。

ああ、私も少し過保護じゃなくなったのかもしれないな。

涼の成長を見て自分も少し成長したのかな、なんて考えていた。


喫茶店内にあるテレビから速報が流れる。

私の住む地域に大雨洪水警報が出されたのだ。

「梅雨入りにしては降りすぎよねぇ。」

「やだわ。迎えに来てもらおうかしら。」

「私の車で送りましょうか?」

「林さんに迷惑かけられないわよ。大丈夫、連絡を入れるわ。」

常連客の林さんと青田さん。

一緒にてるてる坊主を作ってくれた人達。

この店が出来てすぐからの常連のお客様。

主人とも仲が良く、よく子育てについて質問をする主人に嫌な顔せず、優しく丁寧に教えてくださった方々だ。

息子が生まれた時からずっと見守り支えてくれている。

この二人に限らずそうやって支えてくれる常連の方がいるので、私はなんとかやってこられたのだ。


林さんは喫茶店から徒歩十分圏内に住んでいると話していた。

息子さんご夫婦と旦那様と暮らしており、なんとお孫さんが五人いて、全員が男の子だ。

育ち盛りのお孫さんの為に食材を大量買いする為、買い物は車でなければいけない、と話していた。

たまに林さんはお嫁さんやお孫さん達と共に来てくれて、お孫さん達は皆涼と遊んでくれた。

私はお嫁さんに育児について困っている事などを相談したりもした。

「ご近所さんだしいつでも頼ってね。」というお嫁さんの言葉が嬉しかった。

休日の日、自分も忙しいはずなのに家にやってきて、作りすぎたから良ければとおかずをくれたり、実家から沢山送られてきたからとダンボールいっぱいの野菜をくれたりした。

五人の男の子の母だからなのか、とても頼もしくハキハキとした人で、私は姉のように思っていた。

そんな私とお嫁さんを見る林さんの目はまるで優しい母の目だった。


青田さんは少し離れた場所に住んでおり、いつ見ても綺麗な服装で煌びやかなアクセサリーを身につけていた。

旦那様はこの国では有名な青田財閥の会長さんだ。

最初の頃は、どうしてそんな方がこんな小さな喫茶店に?と、不思議に思っていたが、噂で主人が淹れる珈琲が美味しいと聞いた事、そして、自分好みの味だったので通うようになった、と話してくれた。

そんな青田さんも二年程前に顔を見せなくなった時期がある。

旦那様が病で亡くなったのだ。

それはニュースに取り上げられ、私も常連の方も皆知っていた。

その当時、この国では別の病のようなものが流行っており、私達も全員検査を受けなければならなかった。

最初は青田さんの旦那様の死因はもしかして?と、それを疑う人もいたが、噂話を始める人達を叱ったのは林さんだった。

「本人が居ないからって根拠も無い噂話をして、それで盛り上がるだなんて恥ずかしい事よ。

それに、それが原因だとして私たちに何か関係があるの?青田さんは青田さんでしょ?

私達と同じここの珈琲が好きな常連客の仲間じゃない。

噂話じゃなく、心配をしたらどうなの?」

林さんにそう言われた人達は申し訳なさそうな顔をし、「そうだな。」「関係無いよな。」と話す。

「ごめんなさいね、辛気臭くしてしまって。」

林さんは私に気遣い謝るが、謝らなければならないのは私の方だと思った。

店主がお客様を守らなければならないのに……私はまだまだだな、と痛感したのだ。

それから数日経ち、林さん達と話している途中でカランコロンと店のドアが開く音がする。

「青田さん!」

少し気まずそうに入ってきたのは、いつもと変わらない青田さんだった。

「お久しぶりね。真奈さん、珈琲を一杯頂けるかしら?」

ニコリと微笑む青田さん。

青田さんに会え嬉しそうな林さんに他のお客様達。

嬉しかったのは私も、そしてまだ保育園に通っていた息子もだ。

「こーひーおいしー?」

カウンター席でお絵描きをしていた息子がそう問うと、青田さんは「とても美味しいわ。」と優しい笑顔で答えた。

旦那様が亡くなり、社長を勤めていた息子さんが会長になるという話になっているそうで、次期社長にはそのままお孫さんが就くはずなのだが、青田さんのお孫さんは姉と弟の二人であり、息子さんはお姉さんの方に任せたいと思っているらしい。

青田さんは弟さんの方を気にかけている様子だった。

深い話はしなかったので詳しくは分からないが、青田さんがお孫さん二人の話をしている時に心配そうな、そして愛おしいという目をしているのは見て直ぐにわかった。

「孫も連れて来たいのだけれど、僕は珈琲が苦手だからと断られるのよね。まだまだお子ちゃまねぇ。」

「きっと恥ずかしいのよ。」

「そうかしらねぇ?

ここに来て、真奈さんや涼くんに癒されればと思ったのだけれど。」

「きっと青田さんに会ってる時に癒されてるわよ。」

林さんと青田さんは仲が良く、二人並んで座る事が当たり前になっていた。

二人の会話を聞きながら、ゆったりとした時間を過ごしている時が私の癒しの時間でもあったのだ。

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