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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
無償の愛
15/26

02

「ただいまー!」

「おかえりなさい。」

「おやつ食べたーい!」

「手を洗ってからね。」

「はーい!」


愛しい我が子が学校から帰ってきた。

今年から小学生になった息子の(りょう)は、毎日楽しそうに学校での出来事を話してくれる。

息子の話を聞くのが、私の楽しみだった。

珈琲好きの夫が始めた喫茶店。

その二階に自宅がある。

息子の帰宅時間は自宅じゃなく、一階の喫茶店に居るので、息子には喫茶店の入口から入るように伝えている。

なので、常連のお客様達と息子は顔馴染みでとても可愛がってもらっていた。

今日も、常連の方からおやつを貰ったばかりだった。

「おやつに困ることは無いね!」

と、ニコニコと笑いながら大きく口を開けて頬張る息子が愛おしい。

18時に閉店し、洗濯機を回し、お風呂の準備をして、夕飯の準備を始める。

お風呂掃除は僕の仕事!と言い、息子は毎日綺麗に洗ってくれた。

お小遣いが欲しい。とかではなく、息子は息子なりに私の事を手伝い支えてくれていたのだ。

そんな息子の気持ちが嬉しかった。

一日の終わりは温かいミルクを一杯。

そして布団に入り、手を繋いだまま眠る。

息子の寝息が愛おしい。

そんな毎日がとても幸せだ。


ある日、学校から帰ってきた息子がカウンター席に座り宿題を広げながらソワソワしている。

「どうしたの?」と聞くと、「えっとね、あのね」と、モジモジしながらクリクリと大きな瞳で見つめてくる。

「僕もね、お家の鍵が欲しいんだけど。」

「え?」

何か欲しい玩具があるのか?と思っていた私は、まさかの発言に驚いた。

「鍵が欲しいの?どうして?」

「お友達がお家の鍵を持っているんだ。

それが格好良くてね、僕も欲しくなっちゃったんだ。」

子供が思う格好良いがあまりピンとはこなかったけれど、最近は自宅の鍵を持っている子が多い事は知っていた。

共働きの家庭が増え、上の兄弟がいる子達なんかは自分の家の鍵を持っている事があるのだ。

息子のお友達にもいて、それを見せてもらったのだろう。

だが、わざわざ自宅の玄関から一人で入らずとも、今まで通り喫茶店に帰ってきて一緒に家に帰れば良いのではないだろうか?と思うのは、私が過保護すぎるのだろうか?


うーん、と考えている私を見て息子は焦ったように「無理にとは言わないけどね!」と言った。

いつも息子はこうして我慢をしようとする。

私が困ったような顔をしていれば、息子はニコリと笑い「大丈夫」と言うのだ。

何かが欲しくても私の顔色を伺い「今思うとそこまで欲しくなかったかも」なんて、子供らしくない発言をするのだ。

我慢をさせすぎているな、と感じる。

「鍵、持ってみる?」

鉛筆を取り出し宿題をしようとしていた息子の手が止まり、キラキラと輝く目で私を見つめる。

「いいの?」

声から喜んでいるのが伝わる。

「いいよ。でも帰ったら一応下に言いに来てね。」

「うん!そうする!有難うママ!」

息子がこんなに喜ぶ姿を見られるのなら、鍵の一つや二つ安いものだ。


私は閉店作業後に息子と自宅へ帰り、一つの鍵に青くて太い紐を通した。

「ランドセルの前ポケットに入れておくからね。」

「はい!」

息子の元気が良い返事を聞き、私は思わず笑ってしまった。


息子が鍵を持つようになり一ヶ月が経とうとした頃。

息子が、帰ったよ。と言いに来るのを忘れる日が何度かあり、その度に私は心配過ぎるが故に強く叱ってしまっていた。

息子にも悪気があったわけではなく、トイレに行ってから、手を洗ってから、と思いながらもテレビやゲームに気を取られてしまい、ついうっかり……だった事は分かっていた。

分かっていたが、それでも心配が勝ってしまった。

叱られた息子は涙を流しながら私に謝った。

そんな息子を見て私は息子を抱きしめ謝る。

こんなに強く叱らなくても良かった。

眠りについた息子の寝顔を見て自己嫌悪に陥る。

まだ小さい手が私の指をギュッと握っている。

私はその手をそっと優しく包み込み、眠りについた。


「最近涼くんと会えなくて寂しいわぁ。」

「また顔を出すように言っておきますね。」

「あら、じゃあおやつを沢山買ってくるわね。」

一人の常連のお客様が息子の話をすると、他のお客様達も、息子に会いたい。と言ってくれた。

息子は沢山の人達から愛されているんだな、としみじみとしていると、常連客の一人の女性が声を掛けてきた。

「涼くんだけじゃなく、みんな真奈ちゃんの事も好きだからね!」

「えー?有難うございます。」

みんなでキャッキャと笑い合い、暖かなこの空間がとても大好きだ。

みんな優しくて、愛に溢れていて、そして私たち親子を愛してくれる。

みんなと知り合えて、本当に良かった。

──────────────

「そろそろ梅雨の時期となりますが、梅雨入りはいつ頃になりそうですか?」

「そうですね、来週頭頃から梅雨入りする地域が──」

朝食を食べながら見ていた朝番組の天気予報のコーナー。

天気予報士の言葉を聞いた息子が「えー!」と大きな声を出し、私は驚き噎せてしまった。

「いきなり大きな声を出してどうしたの?」

ケホケホと咳き込む私の背中を心配そうな顔をしながら擦る息子。

「来週遠足があるのにー!雨やだー!」

「あ、そうだ。来週遠足だったね。

でも雨天決行だしバスだから大丈夫だよ。水族館は雨はあまり関係無いよ。」

「やだやだ、雨が降るとショーが中止になっちゃうんだって!」

「ああー、それは見たいよね。

……じゃあ、ママと一緒にてるてる坊主を作ろうか?」

「え、本当に?やった!作る!今作る?」

「今日学校から帰ってきてからね。」

「はーい!」

息子は嬉しそうにパンをかじりながら、てるてる坊主の顔はどんなのにしようかな?と相談してきた。

私が「どんな顔にしたい?」と聞くと、「笑っている顔とウインクしている顔!」と答えるので、二つのてるてる坊主を作る約束をした。

元気よく学校に向かった息子を見送り、開店作業を進める。

私はどんな顔を書こうかな?と考えていると、「おはよう。」といつものお客様達が次々とやってくる。

「梅雨が明けたら暑さも増すだろうから、その時はアイスクリームを沢山買ってくるね。」と言うお客様に対抗して「じゃあ私は大きなスイカを買ってくるね。」と言い出すお客様達。

みんな息子が喜ぶ顔が見たくて、こうして沢山の食べ物を買ってきてくれる。

「何か困ったことがあったらいつでも言ってね。」というのも毎日のように言われている。

今日もみんなの気持ちが嬉しい。

息子が珍しく喫茶店の方へと帰宅した。

午後から来た常連のお客様は「涼くん!」と喜び、その足でお菓子を買いに出る人までいた。

「おかえりなさい。」

「ただいま!てるてる坊主を早く作りたくてこっちに帰ってきちゃった。」

少し照れたように言う息子を見て、常連のお客様達も一緒に作ると言い出した。

そして急遽てるてる坊主作成会が行われ、一人一人がそれぞれのてるてる坊主を作り、店の窓際に吊るす事になった。


「うわぁ、すごい数だ。」

様々な表情をしたてるてる坊主が吊るされているのを見た息子はとても嬉しそうだった。

しかし、何も知らないお客様が見たら少し不気味に思われるかもしれない、と思えるほどの数のてるてる坊主。


どうか遠足の日は晴れますように。

お客様達もそう祈りながら作ってくれたてるてる坊主。

お客様の一人が「写真を撮ろう」と言い出し、てるてる坊主を背景にみんなで写真を撮る事になった。

「ほら、真奈ちゃんと涼くんが真ん中ね。」

お客様に言われ私と息子は真ん中に座り、お客様達に囲まれる形で一枚の記念撮影をした。

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