08
「ヒロシさん?」
サキの声にハッとする。
「ご、ごめん。少しぼんやりしてしまっていた。」
「私の話つまらなかった……ですか?」
「いや違うんだ。本当にすまない。最近仕事が忙しくて。
……サキさんと居るととても癒されて居心地が良いよ、有難う。」
「ふふ、癒されるだなんて」
サキは少し照れたように笑う。
「ヒロシさんってまだお若いのにどうしてこんな事を?」
「いやぁ、婚活しようと思ったんだけどね、どうしても金銭にしか目を向けない女性としか出会えなくて。だから一度婚活から少しだけ休憩をしようと思ってね。」
「そうなんですね。良い人に出会えるといいですね。」
「はは、でも今はサキさんがいるからまだ暫くは新たな出会いはいらないかな。」
颯に言われた通りの設定を話すと、サキは嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
いや、彼女は常に笑顔で接してくれている。
その作り物の笑顔に何人の男が騙されたのだろう?
サキとヒロシは食事と会計を済ませると外に出た。
「これからどうする?もう帰る?」
ヒロシがそう聞くとサキはヒロシの腕にギュッとしがみつき、上目遣いでこう答えた。
「もう少しヒロシさんと一緒にいたい。」
ヒロシは照れた素振りを見せる。
向こうからの誘い。この会話は颯が聞いている。
颯が来てくれれば自分の今日の仕事は終わりだ。
そして、解放される。
ヒロシはすぐ側にある自由を想像し少しニヤけた。
そして、サキに言われるがまま歩いていくと人通りの少ない場所へと出る。
「ここは何処だ?」
ヒロシが辺りを見回していると、前から五人組の男がヘラヘラと笑いながら近付いてくる。
「あの顔は……まさか…。」
ヒロシは自分に暴行を加え返済金を奪っていった奴らだと気付きサキを自分の後ろに隠そうとした。
が、サキはヒロシから離れ男たちの元へ小走りで向かう。
「サキ……さん……?」
一人残されたヒロシはか細い声で名前を呼んだ。
サキは中央に立つ男の腕に抱き着くと、呆然と立ち尽くすヒロシを見て「ごめんねヒロシさん。」と小声で言った。
その言葉はヒロシの耳には届いていなかった。
「……あれ?あれれ?このおっさんどっかで見た事あるな?」
「あれじゃね、意地でも金出さなかったからボコった奴じゃね?」
「ああそうだそうだ。弱いくせに財布だけ守ってやんの。
結局奪われて惨めすぎるでしょ。」
男達が笑いながら話す言葉をヒロシは黙って聞いていた。
「で、今日は大人しく金を渡すのか?
……いや、渡してくれなきゃ困るんだよね、俺の女に手を出してるわけだし。」
自分に抱きつくサキの頭を撫でながら話す男と、周りで騒ぎ立てる男達。
ヒロシの足は震えていた。
早く逃げ出したかった。
「早く、来てください……。」
蚊の鳴くような声でそう言うと、男達は「聞こえねぇ」「なんだって?」と笑いながら少しずつヒロシとの距離を縮めてきた。
あと数歩で手が届く距離に達する、また殴られ蹴られる……と、ヒロシが下を向き目を瞑ると、男たちの足音が聞こえなくなった。
ヒロシが恐る恐る目を開け見上げると、男達はヒロシの後ろ側を見て立ち止まっていた。
「よく出来ました。」
その言葉が聞こえると同時にヒロシは肩をポンと叩かれ体がビクリと跳ね上がる。
「最近悪さしてるのって君達だよね?
申し訳ないけど、ウチのボスが呼んでるから来てもらっていい?大人しくついてきてくれれば俺らもそう荒い事はしないからさ。」
ヒロシの前に立ち男達に淡々と話す颯。
「わ、悪さって俺達は何もしてねぇよ!」
男が颯に怒鳴るように言葉を発する。
「分かった分かった。
じゃあそれを俺じゃなくてボスに話してよ。何も無いならすぐに帰してくれるから。」
「どうして俺達が行かなきゃならねぇんだよ!そっちが来いよ!」
「……ボスがお前ら如きの為に動くわけねぇだろ。」
颯の声色が変わると男達は口を閉じる。
「いいからさっさと車に乗れよ。」
男達が一歩後ろに下がると、それを見ていた颯が再び口を開く。
「ああ、逃げられると思ったら大間違いだぞ。周りをよく見ろよ。」
颯の言葉を聞いた男達が颯から視線を外すと、各方向から数人の男達がニタニタと笑いながら姿を現す。
「あまりボスを待たせたくない。……車に乗れ。」
逃げ場を失った男達は颯の言葉に従い用意されている車へと乗り込んでいく。
「この馬鹿女。」
颯とヒロシの隣を通り過ぎる時に聞こえたサキに対する男の言葉。
「ごめんなさい。」と謝りながら一緒について行くサキの目は潤んでいた。
「いやー、沢田さんよく頑張ったね。怖かったでしょ?」
クルリと振り返りにこりと笑う颯を見て、ヒロシの足から力が抜けその場に座り込む。
「はは、腰が抜けた?ごめんね。家まで送らせるから許してよ。あとこれ報酬ね。」
ヒロシは颯に渡された封筒を触り、慌てて中身を確認した。
「え、ちょ、え、これ…。」
「協力してくれた報酬。ボスからだよ。」
「そんな、だって俺返済も出来ていないし……。」
「それはチャラって言っただろ。それとこれとは別の話。
……おい、沢田さんを家まで送ってあげて。」
「はい。」
颯は一人の男にヒロシを任せると車へと向かい歩き出す。
ヒロシはなんとか颯の方へと体を向け直し、名前を呼んだ。
「そ、颯さん!有難うございます!大切に使わさせて頂きます!」
ヒロシは精一杯声を張り上げた。
「……あ、そうだ。ボスからの伝言。
あまり無駄遣いばかりせずに計画性を持って楽しめよ。だってさ。」
颯は手を振ると車に乗り込み、ヒロシは車が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
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「成功報酬を渡すんですか?」
「そそそ。」
「返済チャラだけじゃなくて?」
「だからそうやって言ってるやろ。」
「どうしてですか?」
「あー、まぁこんな事せんでも誰にも言わんと思うけど念の為な。
……あとはまぁ、またすぐ顔見せてくれたらええなと思って。」
「あー、あの人すぐに使い切っちゃいますもんね。」
「ほーんま、俺はやらんから何がおもろいんか分からんけど。」
「……渡した後はそのまま帰しますか?」
「あ?当たり前やろ。沢田は大事な大事なお客様や。
そう簡単に手放すわけないやろ。」
あれから数日後、レイと颯の前に申し訳なさそうな顔をしながら姿を現すヒロシに二人は呆れたように笑いかけた。




