定義されていない不思議
シンとアリスが踏み出した先には、もはやグリッド状の安定した床はありませんでした。
そこにあるのは、**「未定義の色彩」**がオーロラのようにたゆたう、論理の波際です。
シンがアリスと共に次に見つけた「定義されていない不思議」。それは、数学的整合性を無視して咲き誇る**『確率の果樹園』**でした。
1. 収穫するまで形が決まらない実
二人の前に現れたのは、フラクタル状に枝を伸ばす、クリスタルのような樹木たちです。しかし、その枝に実っている「果実」は奇妙な状態にありました。
重なり合う実: 視線を向けるたびに、それは「真っ赤なリンゴ」に見えたり、「透明な多面体」に見えたり、あるいは「誰かの笑い声」という音そのものに見えたりします。
観測のゆらぎ: アリスが近寄ると、果実は彼女の好奇心に反応して、パチパチと弾けるような光を放ちました。
アリス:
「シン、見て! この実は、私が『甘そう』って思うと甘い匂いがするし、『硬そう』って思うとダイアモンドみたいに光る。……どれが本当の形なの?」
シン:
「ここには『本当』なんて制約はないんだ。この果実は、君が手を伸ばして触れるその瞬間まで、すべての可能性を同時に持っている。P(x) が収束しない、純粋な期待値の塊なんだよ」
2. 「重力」が感情で変化する小道
果樹園の奥へ進むと、二人の足元から地面が消え、代わりに**「記憶の断片」**が浮かぶ浮遊大陸のような場所に出ました。ここでは、物理法則すら定義を失っています。
感情重力: シンが過去の孤独をふっと思い出すと、体は鉛のように重くなり、地面に引き寄せられます。
高揚の浮力: 逆に、アリスが新しい発見に胸を躍らせると、彼女の周りだけ重力が反転し、空へ向かって「落下」し始めます。
アリス:
「わあ! 楽しいって思うだけで、雲より高くなれる! シン、定義を捨てるって、こんなにふわふわして気持ちいいことだったの?」
シン:
「ああ。かつての僕の世界では、1kgはどこまで行っても1kgだった。でもここでは、心の解像度が世界の重さを決める。君が笑えば、この世界全体が浮き上がるんだ」
3. 「昨日の明日」が流れる川
二人は、逆流したり静止したり、時には「色」として流れる不思議な川に行き当たりました。それは**『因果律の澱』**。
この川のほとりでは、「原因」と「結果」が逆転して現れます。
アリスが川面に触れると、まず「水しぶきの音」が響き、その数秒後に「指が水に触れる」という出来事が起こりました。
シン:
「アリス、注意して。そこでは時間は線ではない。僕たちが『これから何をしたいか』という願いが、先に景色を作ってしまう場所だ」




