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第二章 交錯する二人 (3)

■■■



「な、なな、何言ってんの!?」

俺は目の前にいる紅野エルに向かって、非難の声を浴びせる。

その言葉を受けながらも彼女は硬骨であり、アレキサンドライトの瞳で真っ直ぐに俺を見据えていた。

俺はいまいちど彼女の言葉を反芻する。


────私を黒崎くんの家に住ませてくれませんか?


頭の中で上手く咀嚼できない。

俺の家に住ませろ? つまり、どういうこと?

いやいや、落ち着け俺。冷静になるんだ。一つひとつ整理し、要約してみろ。

つまり、彼女は「俺の護衛をするかわりに家に住ませろ」とこう言っているのだ。

「……いや、意味わかんない」

つい、口から本音が漏れてしまった。紅野の言動がいつも唐突なのは知ってはいても、今回のは論理が破綻しているとしか言いようがない。

そんな苦慮する俺を彼女は奇異の目で見てくる。

いや、俺がこんな醜態を晒してるの貴女のせいなんですけど。

ええい、こうなったら、一人でうだうだ考えるより、真意を本人に訊いてしまった方が早い。考えるより、まずは行動。これ大事。

「えーと、えー、な、なんでそんな条件を出すの? もっと、こう、街の案内とか、学校のルールとか日本でのマナーを教えるとかさ、そういうのじゃ、いけないのかな? や、やっぱり、未成年とはいえだよ、男女二人、屋根の下、保護者のいない家で過ごすってまずいと思うんだよね。あっ、い、いまね、うちの両親、夫婦で仲良くクルーズ船の旅行中でさ────」

「住むところ、ないの……」

「へ?」

俺の理路不整然な言葉が彼女の一言によって裁断される。

俺は俯いて翳る憂愁を漂わせた彼女の表情を窺い見て、俺の話を断ち切った(ことば)を吟味し、再び彼女を見据える。

深刻な問題を抱えているのは自明の理だった。

「それ、本当?」

「うん、実はね────」

彼女の口から事情を全て聞かされた。

日本に来た理由。問題を起こしてアパートを自ら去ったこと。その後始末の支払い。所持金の内情。今は廃墟に寝泊まりしていること。自分への妥協を許さない性格のこと。

他人事ながら聞いているだけでも疲弊してしまい、俺は何も言えなくなってしまった。

なんて不器用な人なんだろう。

それ以外の感想が見つからなかった。

彼女は休みなく動かしていた口を閉じ、険しい顔をつくり、こちらを見やる。

「やっぱ、ダメだよね……」

その一言は俺の心に重くのしかかった。

たった一言ではあったが、それだけで充分だった。俺はそれだけのことで彼女のこれから先のことを想像してしまったのだ。

わざわざ電車に乗って、こんな地方くんだりまで来たのに、また電車で一時間半揺られながらボロボロの瓦礫だらけの真っ暗な廃墟に帰り立つ彼女の後ろ姿を。

「いいよ」

「え?」

「だから、いいよ。(うち)に住んでも。……両親はしばらく帰ってこないし」

口をついて出てきた言葉は本心だった。自分でも驚くくらいの素直な言葉だった。

「ほ、ホントにっ!?」

「うん」

彼女の碧い瞳は本来の輝きを取り戻していく。まるで宇宙を詰め込んだガラス玉みたいだ。すると彼女は突然、俺の手を両手で包み込み、

「う〜、ありがとう!!」

全身全霊の感謝を伝える。彼女の喜びが先程の魔力のように熱を持って俺の手に伝わってくる。その熱に俺はいつだってほだされてしまうのだ。

俺は顔が紅潮していくのを感じる。

だが、一方でひとつの疑問が頭に浮かんだ。

「あれ? でも荷物は?」

「あっ……」

静寂する薄暗い空間。

太陽が姿を隠す時間。

多幸感は倦怠感へと反転した。


結局、荷物のことは明日に先送りすることにして紅野の住む部屋を見繕っている間に、カーテンを閉めた窓の向こうの外は真っ暗になっていた。

壁に掛けられた時計は午後八時十三分を指し示している。

そこで俺が遅ればせながら食事の準備を始めようとすると、紅野も手伝うと言いだし現在、二人で台所に並び立って彼女は髪を後ろで束ね、制服の上に俺の母親の人参の刺繍が胸元に施されたピンクのエプロンを身に着け、ピーラーでじゃがいもの皮を優雅に剥いていた。

実に似合う。

「アイルランドでは料理してたの?」

「ううん、あんまりしてない。でも、ポテトは向こうでもよく使うから、下準備なら任せて!」

「なら、肉じゃがは初めて食べるんだ?」

「うん」

「そっか。なら、腕によりをかけて作らないと」

「楽しみにしとくね」

そんな会話をしている内に紅野はじゃがいもの下処理を終わらせて、俺の調理を眺め、

「黒崎くんは普段から料理するの?」

「んー、まぁね」

彼女は食材をフライパンの中で炒めている俺の動きをじーっと見つめる。なんだか恥ずかしくなってきた。だから照れ隠しとして俺は彼女に、

「お風呂、沸いてるから先に入ってきたら?」と促すと、驚きの答えが返ってきた。

「お風呂って入ったことないから、入り方わからないんだけど……」

「え!?」

もしかして、アイルランドは湯船に浸かる習慣がないのかな? そういえば、西欧とかってシャワーで済ませるのが主流なんだっけ。中学のとき、西欧の文化について調べたのを今更ながら思い出す。

まぁ、厨二設定を創るためだったけど。

「えーと、、シャワーで髪と身体を洗ってから浸かるだけだから」

俺が簡潔な入り方を教えると、紅野は少し考えてから、長い髪を揺らし、背中を向け、

「OK。分かった」

とだけ返してエプロンをはずし、台所すぐ脇の浴室に続く脱衣室の木製の引き戸を開いて入っていった。それは迅速かつ実にあっさりとしたものだった。とても風呂に浸かるのを不安がっていた人間の行動ではなかった。

そんな行動を最後まで見終わり、それから八分くらい経って俺は肉じゃがの味付けに取りかかろうと砂糖が入ったケースに手を伸ばし────そういえば、あの人、着替え持ってきてないじゃん。

お母さんのやつでも良いか分からないけど準備しとかないといけないな。

あれ?

中学のとき調べた西欧文化に重要なことがあった気がする。

思い出せ。

たしか、西欧の人って長風呂しないんじゃなかったけ…………。


やっ、やばい! は、早く準備しないと、ま、まずいっ!!


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