第二章 交錯する二人 (2)
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今、私の足元、1メートル先にアイツが顕在している。こっちを向いて完全に弱った私の心の内へ侵入するように直視していた。──────それが、すこぶる気に食わなかった。
私が日本に来てからの全ての不幸は目の前にいるアイツから始まったのだと、とても許せるものじゃないと、心から憎いと思う。あぁ、そうだ、
────あんなものこの世から殲滅してやる。
だから私は基礎元素魔法を発動し、標的に対して火の玉を形成し浮かせている右手の中指で照準を合わせる。
魔力の漲りは限界点を迎える寸前というところだ。
あと、五秒ぐらいだろうか。
……五。………………四。………………三。
もう少し……。
…………二。
…………動かないでね。
……一。
「まてぇぇぇぇ────────────────────────────っっ!!!」
突然、標的と私の間に謎の黒影が飛び込んできた。もちろん、私の他には黒崎くんしかいない。黒崎くんの手にはニワトリのロゴが印刷された長めの缶スプレーが握られている。
「く、紅野さん! そ、それ、引っ込めて!!」
「う、う……ん」
彼に言われるがまま、私が手から放出する魔力の流れを断ち切ると自然に火塊は空気中へと水に濡れる綿飴のように、きれいさっぱりな雲散霧消を成す。
その間、息を切らした黒崎くんがスプレーを怨敵へ向け、吹きつければ、たちまちのうちにヤツはもがき苦しんで、その機敏な動きをゆるやかに停止した。
そして黒崎くんはヤツの死体を新聞紙ですくいあげ、掃き出し窓を引き開けて外に放り投げた。あまりにもスムーズ。
私は腰が完全に抜けてしまって、ただただ事の成り行きを静観するだけの物置と化す。そんな私に、
「ふぅ、……大丈夫?」
一息つきながら黒崎くんが手を差し伸べる。
「う、うん」
その差し伸べられた手を握り返して立つのをサポートしてもらう。が、産まれたての子鹿みたいに足はガクガクと震えて仕方ない。それでもなんとか私はさっきまで座っていた椅子に腰を落ち着けた。
まだ微かに顫動する両足。
黒崎くんが机を挟んで私の対面に座る。
「……まぁ、いろいろあったけど、気を取り直して話を再開しようか」
私は賛成の意を首の縦移動で示す。
「えーと、俺が魔法使いに尾けられてるんだったけ?」
「うん、土元素の魔法使いにね」
「その魔法使いも、さっきの紅野さんみたいなことが出来るの?」
「たぶん」
「やばいよね、それ」
「そうだよ、ヤバイよ。かなりヤバイ」
黒崎くんの表情は著しく曇る。まずい。脅かしすぎちゃった。
そこでこほんと咳払いを一つし、私は提案する。
「だから、私がその魔法使いを発見して、黒崎くんを守ってあげる」
「え?」
黒崎くんは下に落としていた目線を私の目線に重ねる。
「き、危険なんでしょ? 紅野さんがわざわざ俺のためにそんな事しなくていいよ。それに、紅野さんに守ってもらう義理なんて俺にはないし……」
実はあるのです、これが。
欲深女に私はなる。
「そのかわりの条件があるんだ」
「そ、それは?」
黒崎くんの真っ黒な瞳を見つめて、私は言葉を敢然と放つ。
「私を黒崎くんの家に住ませてくれませんか?」
シーンとした静寂からの、
「はあぁ!?」
黒崎くんの憮然とした驚嘆の声がダイニングに大きく響いた。




