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第一章 黒歴史と魔法 (4)

■■■




魔法嫌いの私には、小さい頃から虐待ともとれるママの教育により毎晩、怠らずに魔術鍛練をするという日課というか、習慣というか、そういう癖がついてしまっている。そんな事をする理由として、厄介なことに魔術というものは日々、鍛練しないと腕が落ちてしまうからであり、そんな肌の手入れじゃないんだしと私は思うんだけれど、常に鍛練をしておかないと魔術行使した際、全身に筋肉痛のような痛みが発生するし、それだけならまだしも、魔力酔いというものまで併発してしまう。これがかなり辛い。過去に一度、鍛練をサボって魔術を使ったとき、運悪く女の子の日と重なって魔力酔いになり、とんでもなく酷い目にあった。あれは二度と経験したくない、本当に。

だから、日本に来ても鍛練は怠るべからず、の意識で私は現在、根城にしている廃墟のすぐ目と鼻の先にある日本の教会とも呼べる神社? で鍛練を開始しようと決めた。神社は人気もなく高台にあるため、魔術を行使するには最適な場所だった。特に高い場所というのがミソで、風の通りがよく、四方が開けている場所が魔術的には好都合なのだ。

魔術というものは白魔術と黒魔術に大きく分けられ、簡単に違いを説明するなら、白魔術は自身や自然の魔力を使う魔術で、黒魔術は悪魔の力を借りる魔術である。まぁ、二種類に分けられると言っても、ママの話によれば黒魔術は悪魔が減少していることで衰退の一途を辿っているらしく、現に私も悪魔なんて見た事もない。つまり、現在の魔法使い達は殆どが白魔術を用いているということになり、もちろん、私も多分に漏れず、自身や自然の魔力を利用する。

だけど人間の魔力量は有限で、とても燃費が悪い。それなら自然の……もっと大きく捉えるなら地球の魔力を使う方が魔術的には効率が良いという事になり、術者が周りを壁に囲われる廃墟じゃなく、自然と隣り合わせになれる神社が、魔術鍛練をする場としては好ましいのだ。

で、今晩も神社に来た。

空は真っ黒で、空気は生温い。

私は敷地の左奥にあたる、木製の建物と木々の間の狭い場所をいつものように陣取る。敷地は樹木で囲まれており、出入りは石で造られた階段ぐらいしかないため、万一、人が来てもすぐに気付ける。明かりがないから少し不安だけど、逆に考えば、だからこそ安心とも思う。こんな暗くて不気味なところ、誰も好き好んで来るはずがない。それに、ここ一週間、何もなかったんだから大丈夫だろう。手慣れたものだ。OK、OK。

──────この慢心がいけなかった。

私が基礎元素魔術(クラフト)を行使するため、詠唱を終えて息をつけば、右の掌には魔術により生成された火の塊が浮いており、周りをぼんやりと照らしていた。すると不意に、真横から敷地全体に敷き詰められている角の丸い小石をじゃりっと踏む、微かな音が私の耳に届いた。

私は心臓が飛び出そうなぐらい、びっくりした。

そして、血の気が引いていく感覚を覚えながら慌てて音の聞こえた方を向けば、そこには、

人間の姿があった。

泡を食ったような表情で見つめてくる、炎に照らされ形がくっきりと浮かんだ、その顔を目で捉えて、私はさらなる混乱に陥る。

「く、くく、黒崎くんっ!?」

視界にはクラスメートで私の前の席である、黒崎司が立っていた。



■■■



「く、くく、黒崎くんっ!?」

彼女の驚いた声が俺の耳を軽めにつんざく。

彼女との距離は3メートル余り。周りを照らしていた炎はどこへやら、侵さられる闇の中で二人は佇立する。上半身が邪魔して何が燃えていたのか、しかと見て取れなかったが、彼女の手元に焔の灯りがあったのは間違いないだろう。

嘘だろ、と思う。

まさか、あの紅野さんが秩序から外れた社会悪で、俺が超えるべき存在の正体だったなんて。このショックは、どんな物差しでも測り知れるものではなかった。

「「ナ、ナニシテルノ?」」

二人して、まったく同じ台詞を片言でハモる。傍から見たなら、かなり滑稽な光景に映るのかもしれない。ぎくしゃくしながら、連続回避本能並の譲り合い精神で、それぞれ相手の話を促し合い、そして機先を制するように発言しだしたのは紅野さんの方だった。

「コホン……、見た?」

問いかける、紅野さん。

「な、なにを?」

しらばっくれる、俺。

「…………………………………………」

無言の二人。

いくら見つめ合っても、相手の考えていることなんて分かりっこないのに、言葉でしか相手に伝えられない関係なのに、彼女も、俺も、口を開かない。もうとっくに、どちらとも喋りだすタイミングを逃していた。

こんなの耐えられない。

…………逃げよう。

そう思い至った俺は、まず最初に自分が立っている今の位置を把握する。そして、後方にある石段までの距離を左右を囲んでいる木々の並びを背中の方まで伸ばすようなイメージをすることで測り、逃げの算段をざっと立てた。石段までは約10メートル。そこまで全速力で走って約五秒。階段は二段飛ばしで下れば、二十秒位だろうか。

────よし、いける。

右足に体重を傾けて乗せることで軸足とし、左足を少し浮せては無事に動くかの最終的な確認を行う間、ぶつかり合っている紅野さんの瞳は空の黒に染まり、表情はマネキンのように固まったまま微動だにしなかった。そんな外国の人形みたいな不気味さを恐ろしく感じることで滲み出た汗により、シャツが背中全面にぴたっと張り付いていた。

彼女に隙ができるのをただひたすら待つ。

汗が俺の見開いた目に流れ、滲みる。

すると一瞬、

紅野さんが俺を捉えて離さなかった目線を僅かに下へ向けた。

────今だっ!!

腰を少し落とし、地面を力強く蹴るための姿勢をとりながら石段がある方向へ身体を捻り向ける。それは半ばクラウチングスタートに近い体勢だった。そしてなるたけ思いっきり、右足の爪先に入れていた力を開放し、一目散に駆ける。全力だった。自己最速を叩き出す勢いで無我夢中で走った。だからだろうか、予想より早く鳥居を抜け石段まで到達した。

上から石段を見下ろすと、その傾斜が急であることを再度、認識してしまい、背筋がぞわりと凍りつく。下まで続く金属の手すりは、街の微光を反射して、一筋の光の線となっており、まるで音ゲーのロングノーツのようだった。

激しい鼓動の音が、びびって足が竦んでいる俺を急かす。早く行けよと鼓舞する。────覚悟を決めろ!!

俺はすぐさま手すりを握り、飛び降りるかのような勢いで、足元もろくに見えない階段を駆け下りる最初の一歩を踏み出す。下りていくうち、瞬きすることも、息をすることも、思考することも忘却の彼方へと消え、俺は石段を二段飛ばしで下ることだけをインプットされた生物と化した。

段を蹴る。着地。また跳躍。

右足が地面に刺さったかのような衝撃を受け、予定の二十秒きっかりで下の鳥居がある場所まで辿り着いた。だが、まだ安心はできない。俺には、家へ帰り着くまで息をつく暇など微塵もない。息なんかもうとっくに切れてしまって、もはや酸欠状態に近くあるが、決して足を休めはしない。

ただただ走る。

闇の中を走り続け、ネオンが燦然と輝く街へ逃げ込む。

俺は何も考えることができなかった──────。


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