ゴミの成れの果て
随分前のこと。人間の目から、静かに瞳孔が消えていった。それは、進化と呼ばれる無言の変革であり、目全体がその役割を引き受けることとなった。人々は、ただの視覚の枠を超え、目を通して未知の情報を手に入れることができるようになった。その瞳に映るすべてが、過去の人類が一度も触れたことのない領域へと誘う鍵となり、彼らは進化したのである。新たな世界を知る能力は、人間を神に近づけるとさえ言われた。
しかし、進化の波に乗れなかった者たちがいた。彼らの瞳孔は、依然としてそのまま、旧時代の象徴として残り続けた。そのため、彼らは「進化しない者」として社会から隔離され、次第に人間としての尊厳さえ奪われていった。街角で見かけるたびに指を指され、言葉も与えられず、次第に彼らは「異物」として扱われるようになった。進化の果実を享受した者たちは、彼らを恐れ、憎み、そして抑圧することに何の躊躇もなくなった。
それでも、時折、瞳孔のある者たち—アンリーズと呼ばれた彼ら—は反乱を起こすことがあった。目に宿った古き力に支えられて、絶望的な戦いを挑んだが、結果はいつも同じだった。彼らは敗れ、無情にも虐殺が繰り返された。あの日々の記憶は、もはやその目に焼きついて消えることはなく、進化した者たちの目には、ただの「恐怖」しか映らなかった。
だが、その中にひとり、目に映るものをただ見つめ続ける者がいた。瞳孔を持つ者として、何もかもが過去の名残に過ぎないと知りながらも、なお彼はその視線を深く、静かに貫いていた。果たして、それが何を意味するのか—希望なのか、それとも単なる無為な抵抗なのか。誰も知る由もない。ただ、その目が語ることは、長い沈黙の後にひとすじの線となり、再び闇へと消えていく運命のように感じられた。
空のゴミ箱の中で意識が朦朧とする中、スラム街に響き渡る男の怒声で目を覚ます。鉄の味がする唇を噛み締め、息を殺した。
少年は国の政策によるジェノサイドにおびえ、政府の目が届かないこの町へと逃げてきたばかりである。
だが、運が悪いことに、しつこい追っ手に目をつけられてしまったようだ。今も鋭利な刃物を振り回し、脅しの言葉を吐きながら迫っている。
人気のない廃墟に響くその靴音が、だんだんと近づいてきている気がしてならない。あまりにも命が惜しいから、プライドを捨て、無神論者の身でありながら神に祈りを捧げ続けた。
すると、パタリ、と男の声が途絶える。命乞いが通じたのだろうか、そんならしくない感想が頭をよぎる。
しばらく待っても静寂は変わらない。
ようやく息ができることに確かな安堵を感じ、心が少し軽くなる。
(だが、油断は禁物だ。)
そう自分に言い聞かせるも、溜まりすぎた疲れと、暗闇の中に漂う妙な安心感が、彼を眠りへと引き込んでいった。
雨は頭の傷を染み込み、その傷口は未だに酸化している。
眩しい朝の光が目に刺さる。体を猫のように伸ばし、ゴミ箱の蓋を開けると、急に人の気配を感じて戻ろうとする。
だが、ゴミ箱は勢いよくガタッと音を立てて倒れた。絶望を感じながらそのまま動けずにいると、隙間から二人の人影が見える。それは幼さが残る、少女たちであった。
彼女たちは、散らばったジュースの缶やゴミを小さな袋に集めていた。慈善活動の一環だろうか、と思いながらあ、と声をこぼす。すると、雑に切った髪が目立つ少女が手を伸ばし、
「そんなところでどうしたの?」
あっけらかんと声をかけてきた。そして、少年の瞳を見た途端。彼女の瞳孔は酷く揺れた。ああ、やはり。この少女もあいつ等と同じ、レイシストだろうかと警戒体制に入る。
「ねえ、一緒に行動しない?」
その言葉が、不意に僕の中に疑問を巻き起こした。何を言っているのか理解が追いつかない。心の中では「どういうつもりだ?」と問いかけながらも、動揺から言葉を発することもままならなかった。
その時、隣の茶色の髪を編み込んだ少女が、何気なく話し始めた。
「お前、あのゴミ箱に入ってたんだろう?」
その問いには冷たさがない。ただ、事実を淡々と述べているだけだが、それが僕にはかえって心に突き刺さる。
「ここには人間が住んでないから、生ゴミもない。だから、本来ここにいるホームレスには食料を確保することが困難なんだ。」
その言葉には、どこか諦めのようなものが滲んでいる。けれど、その諦めが僕には理解できなかった。
「でも、お前は運がいいんだよ。僕たちと一緒に来れば…」
その言葉に、ふと引っかかりを覚えた。思わず、少女の襟を強めに引っ張る。
彼女は少し間を置いてから、口を開く。
「簡単だろ。バカなの? 僕たちで、国の政策に反逆運動を起こすんだ。そのためには、数が必要だ。」
どうやら急に引っ張られたのが気に食わなかったようで、彼女の口調はところどころに苛つきが見えるものへと変わった。
「国の政策に、反逆」
そんな彼女の発言が、僕の頭を一瞬で混乱させた。急すぎる上に彼女の提案はあまりにも非現実的で、考えが追いつかない。
そのとき、物静かな少女がすっと口を開く。
「シー。」
彼女が編み込みの少女に向かって何かを必死に注意している様子が見てとれた。
「僕は協力するなんて言ってないけど。」
自分なりの、必死の抵抗を表す。しかし、間髪入れずに返事が返ってきた。
「じゃあ、隣国に逃げるしかないね。虐殺されたくないなら。」
その冷徹な言葉には、何かを突き放すような、でも確かな優しさを感じた。それが不意に僕を驚かせた。
そして、彼女たちを見て、改めて気づく。彼女たちはホームレスにしては妙に整った格好をしているのだ。
僕があからさまに疑問符を浮かべていると、少女の1人が妙に品のある口調で説明を始めた。
「ここはただの人気が少ないスラムじゃなくて、この国1栄えている地域の隣町だからね。高級品をゴミとしてここに置いていく人間たちが多くいるから、生活に困ることはないよ。」
その話に納得をしても、魅力を感じても、彼女たちの提案に乗るのは簡単なことではなかった。
その不安定な心の中で、目を背けようとした瞬間。編み込みの少女が目を見ろと言った。
その一言には、強い意志が込められていた。重い圧を感じて彼女の目を見ると、驚くほど色素が薄く透き通っている瞳に感嘆の声が漏れる。それでも、そこには確かに、瞳孔があった。
「僕もお前と同じだよ。」
この言葉で急に親近感が湧いた影響か、今まで張り詰めていた緊張が解かれていく。その言葉は、自分が今一番求めている「共感」であった。
でも、やはり、彼女たちが言っていることは無理ではないのか? 彼女たちの言葉には嘘がないということはわかっている。 ここで断れば、きっとこの先、僕はどこに向かうのかもわからなくなるだろう。
僕は深く考えた。自分がどうするべきか、まだ決めかねていた。何かが足りないような気もする。でも、何かに引き寄せられているような感覚もあった。
「僕らと一緒に行動した方がいいと思うけど。」
その言葉が、心の中に静かに落ちる。
覚悟を決め、人間みたいに跳ねる心臓を落ち着かせ、了承の言葉を口に出す。すると、待ってましたとばかりに少女の1人が
「おいで」
手慣れた様子で道案内をし始める。編み込みの少女も一緒に行くのかと思いきや、どうやら缶や瓶などは金になるようで、もう少しゴミ拾いを続けるとのことだった。
キャラの設定は次回になると思います。




