染まる季節
しいなここみ様主催の『いろはに企画』参加作品です。
ホラーです。苦手な方はご注意下さい
楽しかった夏休みがもうすぐ終わる頃、母方の実家から電話があった。内容は、人手が足りないから秋の収穫の手伝いに来てほしいというものだった。
両親は仕事の関係で二日以上の連休が取れず、高校生の僕に話が回ってきた。秋は三連休があるし、理由をつければプラス一日くらい休める。身体も大きくなったから経験者同様ではないが力仕事なら手伝えるだろうって流れだ。
僕は即答で行くことを告げた。今も何故か忘れられない、小さい頃に交わした約束があったから。
〜〜〜
秋の三連休になり、僕は田舎にある母方の実家へ向かっていた。
毎年秋が近づくと何故か記憶に蘇る思い出。小さい頃GWや夏休みに遊びに来たとき、その裏山でよく遊んでくれたお姉さんがいた。二十歳位だったろうか。何処に住んでいるのか聞いたことはなく、僕が裏山に行くといつの間にか近くにいて、気が付くといつの間にかいなくなるお姉さんだった。
そのお姉さんと最後に会った時に言われた。
「大きくなったらまた会いに来て。秋だったらきっと会えるから」
勉強や部活で忙しくなったからこの田舎にくるのは何年ぶりだろう。
やっと約束が果たせる。初恋の人に会えるかもしれない。
緊張と興奮を感じながら歩いていると、泊まる予定の田舎の家と、その奥に広がる裏山が見えてきた。
〜〜〜
僕は我慢できず、家に行くより先に裏山へ走り出した。
農道を走り、記憶のままに残っている獣道に入って暫く歩くと、半径5メートルほどにぽっかりと空いた場所に着いた。
周りは背の高い木に囲まれ、まるで円柱の底に閉じ込められている感じがする。
小さい頃、ここでよく──
「あはっ。本当に来てくれたんだ♪」
後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには記憶の姿のまま変わっていない、あのお姉さんが笑顔で立っていた。
細くスラッとしたスタイルと、美人という言葉しか思い付かない顔立ち、長い髪を纏めずそのまま下ろしているのも白いワンピース姿も、何もかも昔のままだった。
何も変わっていない。この姿しか知らない……?
「あ、お久しぶりです。約束したから、ちゃんと秋に来ました!」
「うん、来てくれて嬉しいよ。大きくなったね」
「はい。あ、あの……」
「ん。なぁに?」
「僕、お姉さんのことがずっと好きでした!」
「そうなんだ、ありがとうね。私も君のこと大好きだよ」
お姉さんが近づいてきて僕の左頬に優しく手を添える。右手はいつの間にか握られていた。
興奮してどうしていいか分からず、顔が熱くなる。頬に添えられた冷たい手が気持ちいい。その手に重ねようと左手を持ち上げた。
「最近は秋が短いから困ってたの。葉っぱが紅くなるのも落ちるのも冬を越す準備なのに、それがちゃんと出来なくってね。もしものためにって毎年いっぱい種蒔き・・・してるんだけど、ちゃんと育って、戻ってきてくれて……お姉さん嬉しいわ」
「えっ? ………ん?」
僕の右腕を、お姉さんが持っている。
掌から肩までの腕を、まるで棒切れを振り回すかのように。
「■□□■□■□□□■■!!!」
見えていたモノが理解出来た瞬間、右肩にとんでもない痛みが襲ってきて堪らず蹲った。
「君が来てくれたおかげで今年はちゃんと紅葉になれそうだわ。ありがとう。紅葉を見に来る人もきっと喜んでくれるわ」
お姉さんが持っている棒切れを振り回す度、辺りが紅いまだら模様に染まる。
木の幹も、木の葉も、白かったワンピースも、お姉さんの顔も、棒切れから滴るもので紅くなっていく。
訳が分からずそれを見ていると、お姉さんは持っていた棒切れを放り投げ、蹲る僕を蹴り倒した。
尻もちをついた僕の目に映ったのは、左足首を握るお姉さんの冷たい手だった。
次はそれが棒切れになるのか。
「あはは、大きく育ってくれてありがとう! これで紅く染まれるわ!!」
お姉さんと目が合う。すごく嬉しそうな笑顔と、紅く染まる身体と、右肩の痛み。現実が分からなくなる。
お姉さんの肩越しにその奥が見えた。
全く同じ顔とスタイル、でも真っ白いワンピース姿のお姉さんが大勢見えた。
これから更に紅く染まっていく。種蒔きって言ってたから、染めるのは、僕だけじゃないかもしれない。