おまけ
本編途中辺りの、すごく短い桜嵐とぶちのお喋りです。
桜の精の桜嵐の側には、生まれたときからずっと姉がいた。
優しくて頼りになる大好きな姉だ。
桜嵐の頭を撫でてくれる姉の白い手は優しく、向けてくれる笑顔は春の木漏れ日のように温かい。
きっと世界で一番の姉だと思えた。
とはいっても、桜嵐は屋敷の中しか知らない。
外は危険がたくさんあるらしいので出たことはないし、姉と一緒に暮らすこの屋敷の中で充分に幸せだ。
そんな桜嵐の小さな世界に、最近新しいことがあった。
「ねえ、ぶち。私、気づいちゃった」
桜嵐はときおりやってくる猫のぶちをつかまえてそう話しかけた。
飼っているわけではないが、よく来るので桜嵐がぶちと名付けたのだ。
小さな腕の中で、面倒くさそうに「な~お」と鳴く声がしたが桜嵐は気にしない。
「姉さまは、恋をしているのよ!」
桜嵐は自信満々にそう言った。
恋。
それが何か、桜嵐は知っている。
この朽ち果てそうな家に、昔住んでいたらしいヒトが置いていった書物があった。
桜嵐はヒトの文字を読むことはできないが、長く生きている姉は博識なので読めるため、ねだると読み聞かせてくれた。
その中には、若い男女の出てくる話があった。
まだ幼い桜嵐はよく分からなかったが、姉は「恋の話ね」と微笑んだ。
どうやら年ごろになると恋というものをするらしい。
そして、姉はその恋をしていると、桜嵐は気づいたのだ。
もちろん相手だって分かっている。
「おじちゃんに恋をしているんだわ!」
おじちゃんとは、最近この家に訪れるヒトだ。
桜嵐が勝手におじちゃんと呼んでいるだけで、実際にはそこまでおじちゃんではない気もするが、どちらにせよ花の精ではなくヒトだ。
実のところ、桜嵐はそれまでヒトに対してあまり良い感情がなかった。
勝手に家の中入ってきて、大騒ぎしていくからだ。
時おり桜の精を見ることのできるヒトもいて、姉を見ると馴れ馴れしく話しかけて困らせるから嫌いだった。
途中から驚かせるようになったら、化物桜なんてあだ名をつけられた。
なんて失礼なんだと、驚かせる気持ちにますます力が入るようになった。
けれど、おじちゃんはそれまでのヒトたちと違った。
初めて会ったとき尻もちをついて格好悪かったけれど、美味しいお菓子を持ってきてくれるし、他のヒトたちと違って穏やかで優しい。
そんなおじちゃんが来ると、姉は嬉しそうだ。
門の辺りをそわそわと気にする姉の姿を桜嵐は初めて見た。
「私、おじちゃんなら良いと思う」
ほんの少しだけ、姉が自分だけのものではなくなってしまった寂しさもあるものの、二人が一緒にいるときの雰囲気は心地いい。
まるで、春に差し込む日差しのような温かさがあった。
それに二人はそんな温もりの中に桜嵐を招き入れてくれる。
姉の膝に頭を預けて、ぶちをお腹に乗せて撫でながらお喋りをするひと時は、楽しくて温かくてつい途中で眠ってしまうくらいだ。
「それでね、ぶち」
「な~お」
「恋をしたら次は夫婦になるのよ! 姉さまとおじちゃんが夫婦になったら、素敵だと思わない?」
姉に読み聞かせて貰った恋の物語は、最後はみんな夫婦になって末永く幸せに暮らした。
桜嵐は腕に力を込める。
「ぶち、おじちゃんを連れてきて!」
「な~お……」
ますます面倒くさそうに鳴く猫の鳴き声が、廃屋に響いた。
桜嵐の願いが叶うのは、もうすぐだった――。
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