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僕らが紡ぐ物語  作者: 花音瀬笛人
始まりの物語
9/12

新作小説『魔女狩り』

 澪依が落ち着くのを待ってから、紫苑は『影園詩月としての振る舞い』を解いて最初の依頼について話し始める。

「それじゃあ、早速最初の依頼をお願いしてもいいか

な?」

 その言葉と共に彼が机の引き出しから取り出したのは一冊の本。表紙には題名だけが刻まれている。

「来年の四月に発売予定の新作『魔女狩り』。この作品の表紙を描いてもらいたい」

 試作品の本を手渡された澪依は目を丸くする。

「来年の、四月に発売する作品? 本当にどんなペースで……」

「ひとまずそれを読んでラフを描いて来て欲しい。期限は一週間。それ以外にこちらからの注文はない。貴女がこの作品を読んで思い描いた世界をそのまま描いて欲しい」

「私の思い描いた世界……」

 澪依が拳をギュッと握る。それは緊張からくるものではなく、自分の力を試したい、認めさせたい。そんな感情からくるものに見えた。

「いくら僕が認めたといっても出版社の人間が認めてくれなければ意味がない。期待してるよ?」

 紫苑の言葉に澪依が力強く頷いた。

「完成したら連絡して。ああ、連絡先交換してもらっていい?」

 ポケットからスマホを取り出した澪依と連絡先を交換し終えた紫苑はすっかり冷めてしまった紅茶で喉を潤す。

 初日はこんなものでいいだろうか。

 窓の外に目を向けると空は分厚い雲に覆われ、ポツポツと雨が降り始めていた。

 確か澪依は傘を持ってきていなかった筈だ。

「今日のところはそろそろお開きにしよう。辺りの暗くなってきたし雨も降ってるから澪依ちゃんさえよければ送って行くよ」

 現在の時刻は五時を過ぎた辺りだが、冬は日が沈むのが早いのでこの時間帯でもかなり暗くなる。

 紫苑の提案に澪依は若干躊躇いながらも頷いた。




 雨の降る中、二人は傘を差しながら並んで歩く。

 雨音に彩られた沈黙を最初に破ったのは紫苑だ。

「依頼、引き受けてくれてありがとうね。澪依ちゃん。君が受けてくれなかったら他にアテがなかったんだ。本当に助かった」

 澪依が首を横に振る。

「お礼を言わなきゃいけないのは私の方だよ。実はね、影園先生の専属になるのは私の夢だったんだ」

 そう口にした彼女は俯き、表情を伺うことはできない。

「──何年か前に諦めちゃったけど」

 その呟きはあるいは紫苑でなければ聞こえなかったのでないかと思う程に小さなものだった。

 彼女の言葉の意味するところを彼はまだ知らない。

「でもね」

 澪依はゆっくりと顔を上げる。そこには笑みが浮かんでいた。

「敬愛する影園先生にも、目標だった水希さんにも認めてもらえて、紫苑君から直々に仕事を頼まれて、本当に、嬉しかった。お陰でまた、私は頑張れる」

 足を止め、紫苑に手を差し出し澪依は告げる。

「ありがとう。これからよろしくね、紫苑君」

 その手を握り返して紫苑も告げる。

「こちらこそ、これからよろしく、澪依ちゃん」

 再び歩き出しながらも彼らは言葉を交わした。

「一応、臨の名誉のために明言しておくけど、二人は本当にそういう関係じゃないからね? 絢は臨を揶揄って楽しんでるだけだから」

「……本当に?」

 訝しげに澪依が尋ねる。相当あの光景が衝撃的だったのだろう。

「本当だって。この前、臨がこれを好きな人に見られたらお終いだ……って嘆いてたし」

「臨君て、好きな人いるんだ」

 驚いたように澪依が零す。臨はそのての話題を口にしないからだろうか。

 ──もしかして臨のことが好きじゃないよな?

 一瞬頭に浮かんだ考えを振り払い言葉を紡ぐ。

「それに、僕も一回だけ不意打ちで押し倒された──」

 彼が言い終わるより早く澪依は傘を投げ捨て、紫苑の肩をガシッと掴むといつもより低い声で紫苑に迫る。

「それで、紫苑君はどうしたの?」

 目が怖いよ澪依ちゃん。

「──体を捻って投げ飛ばしたけど……」

「……そう。ならいいわ」

 先程投げ飛ばした傘を拾い上げ、何事もなかったかのように歩きだす。

 まさか、ね。

 澪依ちゃんは怒らせないようにしよう。勝てる気がしない。この日、紫苑はそう誓った。

 やがて澪依の家に着くと彼女が切り出した。

「送ってくれてありがと。イラスト、必ず良いの描いてみせるから」

「うん。楽しみにしてるよ」 

「それじゃ、また一週間後に。さよなら、紫苑君」

「さよなら、澪依ちゃん」

 玄関に消えていく彼女の背中を見送り、自分も帰路につく。

 その顔に微かな喜色を浮かべながら。

 君の描く私の世界、本当に楽しみだ。

 

このエピソードに出てきた『魔女狩り』ですが、影園詩月の名義で投稿していく予定です。

『僕らが紡ぐ物語』とは打って変わって完全なファンタジー作品になります。


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