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僕らが紡ぐ物語  作者: 花音瀬笛人
始まりの物語
8/12

お仕事の話

「じゃあそろそろ、仕事の話をしようか」

 紫苑がそう告げると和やかな空気が流れていた部屋の空気が一変し引き締まった。

「ここからは月影紫苑としてではなく、小説家影園詩月として、花宮澪依、貴女の依頼人として話させてもらう」

 名前を呼ばれた澪依が僅かに肩を震わせ緊張した面持ちになる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。それと、二人はしばらく出ていてくれないか? 大事な話だから僕達だけの方がいい」

 臨が頷いて立ち上がった瞬間絢が駄々を捏ねた。

「え〜。絢も残って話聞きたい〜」

 お前は本当に邪魔しかしないからさっさと出て行け、という言葉を飲み込みつつ、「臨、絢のこと頼んだよ」と笑顔で丸投げした。

 臨は微かに顔を顰めつつも、「ほら絢、早く行くよ」と絢の手を引いて部屋を出て行った。

 自分の幼馴染みはいつになったら年相応の態度を身に付けるのだろうか。

 駄目な子を見る親の気持ちで溜息を吐く。

 澪依の顔を見やると、先程までの緊張が少し緩んでいるのが見てとれた。

 結果的にはよかったのかと思いながら紫苑はいつも通り、己の顔に見えない仮面を貼り付ける。他者との関係を円滑なものとする為、他者に侮られることがないようにと付けた仮面は、いつの頃からかあって当たり前のものになっていた。

 その場に存在するのは既に紫苑ではなく、影園詩月という一人の作家。普段の柔らかさが消えた声音で彼は言葉を紡ぐ。

「さて、気を取り直して。話を始めようか」

 彼の纏う雰囲気の変化を感じ取ったのだろう。澪依が居住まいを正して口を開く。

「影園先生は、その、本当に私なんかでいいの……でしょうか?」

 やっぱり、そこからか。

「もちろん。そうでなければ私は貴女にこの話を持って来ていない」

「でも、私は資格も持っていないし、プロにはもっと上手い人がいるだろうし、それに──」

 何か言いかけて口をつぐんだ。

 紫苑はどんな言葉をかければ澪依に納得してもらえるだろうと考えながら言葉を紡ぐ。

「私は契約するイラストレーターを選定する際に幾つか条件を設けている。今まで出版社の方から紹介されたイラストレーターは、私が提示した条件を満たしていない。この条件については先日教えたね?」

 澪依が頷くのを確認してから続きを話し始める。

「一つ、貴女は条件を満たしている。謙遜しているけれど、貴女の実力はかなりのものだ。プロと比べても遜色ない」

 耳まで赤くなった澪依の姿に少しドキリとしたが平静を装って続ける。

「ところで、貴女は一年前、空想画で何を描いたか覚えている?」

 問われた澪依が焦った様に口を開く。

「あっ、あれは、その、えっと……」

 美術の授業で行われる空想画。何を描くのかは基本的に自由で、中には物語の一場面を描く人間もいる。

「僕はね、あの絵を初めて見た時、とても感動したんだ。あれは、僕が思い描いた世界そのものだった。」

 彼女が描いたのは影園詩月、第一作『夜明け』のワンシーン。逃避行の末に主人公が辿り着いた小さな海辺の町の夜。

 潮風を受けて少し錆び付いた町並み。

 柔らかに白く輝く月。

 黒い海の微かな揺らめき。

 藍色の夜が齎す静寂が町を包み込む様を、丁寧に丁寧に表現していた。

 それだけで彼女の絵に対する真摯さが分かるというものだ。

 あの日、紫苑は決めた。

 いつか必ず、澪依に表紙を描いて貰おうと。

「二つ、貴女は私の次に私の思い描く世界を理解できる。前任の日山水希と同程度か、それ以上のレベルで」

 澪依は驚きに目を見開き、口元を手で押さえる。

 瞳は少し潤んでいる様に見えた。

 憧れの人に認めて貰えた。その喜びと嬉しさは紫苑も知っている。

 脳裏に浮かぶのは、彼がこの世界に足を踏み入れるきっかけを作った小説家。自分が作家としてここにいるのはあの人がいたから。紫苑をこの世界に引き込み。そしてただ一人の肉親を失い追い詰められた恩人。

「そして、三つ。私の相棒が、貴女の敬愛するイラストレーターが、貴女を認めた」

 一年前、澪依の描いた絵はコンクールで最優秀賞を獲り市内の文化ホールに飾られることになった。

「貴女の描いた絵を、どうしても水希さんに見て欲しくてね。連れて行ったことがあるんだ。絵を前にした彼女は私に言ったよ。『この絵を描いた子は凄いね。技術は勿論、私よりも君の世界がよく視えている』と」

 悔しそうに呟いたあの人の姿がやけに印象的だった。

 影園詩月の世界を最も理解しているのは自分だと言い張り、約二年もの間紫苑の専属という地位を譲らなかった水希が初めて負けを認めたのだ。

「自他共に認める天才イラストレーター日山水希と私の二人に認められた人間なんてそうそういるものじゃない。もっと自分を誇りなさい」

 澪依は驚愕に目を見開き、口元を手で覆う。

 彼女の瞳から涙が溢れた。その澄んだ雫は彼女の白い顎を伝って床に零れる。

「加えてイラストレーターに資格は必要ないし、無所属の方が様々な過程を飛ばせるので都合が良い。私の専属、引き受けて貰えるだろうか?」

 溢れる涙を両手で拭いながら彼女は何度も頷いた。

 

 

また投稿をサボりました。本当に申し訳ございません。

私は自分に甘過ぎるのでもう信用しないでください。

過去に投稿したエピソードの細かい部分を修正しました。時間に余裕のある方は読み直して頂けると幸いです。

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