依頼
「ほ、ほほ本当に、ほ、本物なの?」
これ以上ないほど狼狽えながら澪依が尋ねる。
「もちろん本物だよ。わざわざ放課後に残ってまでこんな嘘ついてからかったりしないって。ほら、証拠もここに」
紫苑はそう言って、バッグの中からあるものを取り出した。
「そ、それは!」
「直木賞を受賞すると貰える懐中時計。名前と受賞日が刻印されてるから、これなら充分な証拠になると思うよ」
そう言って懐中時計を澪依へと手渡す。
受け取った彼女はまるで蝶を扱うがごとく慎重にそれを動かし、名前と受賞日の刻印された箇所を眺め、そっと指でなぞる。
「ほ、本物だ……」
懐中時計を持つ彼女の手は目に見える程震えていた。
「こ、これ、返すね……」
澪依から受け取ったそれをバッグの中へと戻して再び彼女に向き直る。
「それで今日は『影園詩月』として澪依ちゃんに話があるんだけど……、大丈夫?」
「は、はい、大丈夫、です。お話とはなんでしょうか、影園先生」
澪依は大丈夫だと言うが、紫苑の目には全くもって大丈夫に見えなかった。
「いつも通りの話し方でいいんだよ? 別に目上の人って訳でもないし、その方が嬉しい」
「影園先生は私にとって恩人で、救世主みたいなものだし……でも……うん、わかった。話って何? 紫苑、君」
よかった。やっと安心して本題に入れそうだと安堵の息を漏らす。
「澪依ちゃんは知ってると思うけど、最近、事故で専属のイラストレーターが亡くなってしまってね……」
「日山水希さん、だよね? 私、日山先生のイラスト大好きで、目標でもあったから、よく、覚えてるよ」
そう話す澪依の声は暗く沈んでいた。
日山水希。彼女は僕の恩人の妹さんであり、そして、僕の相棒だった。
「水希さんにはね、僕が作家活動を始めた当初からずっと本の表紙を描いて貰っていたんだ。でも先日、交通事故で亡くなってしまった。いくつか彼女が生前に描き溜めていたイラストがあるからしばらくは大丈夫だけど、早めに代わりを見つけた方がいいでしょう?」
紫苑の話を聴いて、澪依が首を傾げた。
「なんでその話を私に……?」
「単刀直入に言うね。澪依ちゃん、僕の専属イラストレーターになる気はない?」
その言葉を聴いてポカンとする澪依。その表情が少し可笑しくて心の中で微笑みを浮かべる。
「む、無理だよそんなこと。私はプロでもなんでもないただの中学生だし……」
「うん、そうだね。今の澪依ちゃんはただの中学生だ。でも僕だって元はただの中学生だよ? この仕事に年齢はそこまで関係ない」
「でも──」
「僕がイラストレーターに求めるものは三つ。一つはそれ相応の実力。これが無いと話にならない。二つ目は僕の作品をどれだけ理解してくれているか。澪依ちゃんはこの二つを満たしてると思う」
「そ、そんなことないよー」
口ではそう言いつつも満更でもなさそうに微笑みを浮かべている。
自分の敬愛する人に褒められたらそれは嬉しいだろう。
「そして三つ目。僕がその人の作品が好きかどうか。僕は澪依ちゃんの作品が好きなんだ。だからこの話を持ちかけた」
確かに紫苑は彼女に対して特別な感情を抱いている。だが、だからといってこの件に私情を持ち込むつもりはない。創作者として作品の評価を偽る気はない。
紫苑の言葉を聴いた彼女の顔がみるみる赤く染まっていく。思っていた反応と違うけどまぁいいだろう。
「いきなり答えを出してくれと言われても難しいだろうから、この依頼を引き受けてくれるのなら明日の午後三時、家に来て欲しい。詳しい話はそこでするから」
そう言って住所と地図の書かれたメモ用紙を渡す。
「かなり時間経っちゃったしそろそろ帰ろっか。親御さんも心配するだろうし」
「うん。そうだね……」
なんとかといった様に澪依が返す。
「今日はありがとう。良い返事を期待してるよ」
二人で席を立ち、学校を後にした。




