小説家 影園詩月
のんびり進めていくと言いつつ連続投稿……
二人は図書室の奥の机で向かい合っていた。
この話を他の人間に聞かれてはまずいので場所を移そうと紫苑が提案したのだ。
「さて、まずはお礼から。わざわざ時間くれてありがとね」
「そ、そんなにかしこまらなくていいよ。ところで、ここに移動したってことは話の内容とかは秘密にした方がいいよね?」
「うん。そうしてもらえると助かるよ」
本来、この学校では放課後に図書室に入ることはできない。なら、なぜ紫苑達がここにいるのか? それは司書の教師が協力者だからである。
「それで、私に話って何かな?」
「それなんだけど、本題に入る前に少し質問いいかな?」
「うん。もちろんいいよ」
短く礼を述べ、ある人物の名を出す。この名についてある程度知っているのなら説明の手間が少しは省ける。
「影園詩月っていう小説家、澪依ちゃんは知ってる?」
「もちろん知ってるよ!」
何故かとても食い気味に澪依は答えた。
「今、日本で一番と称されるお方!私の最も敬愛する小説家だもん!」
突然の話し方の変化に紫苑は戸惑う。
「デビュー作、『夜明け』では絶望に打ちひしがれ、自殺しようとした主人公がそれでも生きたいと願ってしまうその心情を緻密に描写していて、これが本当にデビュー作なんて信じられないような出来だってよねぇ!しかも影園先生は二ヶ月に一冊という超ハイスピードで作品を仕上げることでも有名で──」
あぁ、これはアレだ。と紫苑は思い至る。所謂オタクと呼ばれる方々が自分の好きな作品の話になると急に饒舌になって長々と早口に喋るあれである。
「2年前に突如として現れ、それからというものありとあらゆる賞を総なめにしていき──」
褒められるのは素直に嬉しい。自分のことをこんなにも熱く語ってくれるファンがいるというのは大変嬉しいのだが……。
自分が花宮澪依に対して抱くイメージとの食い違いに困惑する。
如月澪依は所謂お嬢様だ。父親は県の議員。母親は大手薬品会社の元社長。家は相当な金持ちと聞く。まぁ、そんなことはどうでもいいが。
普段の彼女からはお淑やかで上品な印象を受ける。他の女子と違ってあまり大きな声で笑ったり話したりしない。口調はゆったりとしていたはずだ。
だが、今目の前にいる彼女の姿は紫苑の中にあるイメージを崩すには充分過ぎた。
彼女は大勢の女子に慕われている。もしも彼女らがこの場にいたのなら余りの豹変ぶりに気絶していたかもしれない。
物凄い熱弁である。若干頬を赤らめながら早口で影園詩月の素晴らしさを説明していた。
彼女の言葉からは影園詩月に対する凄まじい程の愛と尊敬が滲み出ている。だからこそ心配なのだ。これ、言っちゃったら気絶しないだろうか、と。
でも、折角時間をもらったからには言わなければならないだろう。正直、このままずっと語らせてたら後が怖い。やらなくては駄目だと自分に言い聞かせ、意を決して口を開く。
「澪依ちゃん、熱く語ってるところ申し訳ないんだけどそろそろ本題に入らせて貰っていいかな?」
紫苑が言うと、澪依はハッと我に返るような仕草をして顔を真っ赤に染め、「ご、ごめん」と恥ずかしそうに謝った。
「別に気にしなくていいよ。もともと僕が振った話題だし」
それに今まで見たことのない一面が見れて正直嬉しいかったよ。とは流石に言えなかった。
紫苑は、澪依に対して恋愛的な感情を抱いている、と思う。他の女子達よりもキレイだと思うし、近くにいるとなんとなく心地良いとも感じる。だがそこではないのだ。どこが好きなのか、と問われてもすぐに答えることは出来ない。ただ他の人間に対するものとは全く別の感情を抱いていることは確かだ。
「じゃあ、本題に入るね」
まだ気恥ずかしさが抜け切らないのか頬を赤らめてモジモジしている澪依に言い放つ。
「まずは改めて自己紹介から。僕がその『影園詩月』です」
一瞬の沈黙の後、返ってきたのは、
「──へ?」
という気の抜けた返事だった。
「も、もう一回言って貰ってもいい?」
「僕が『影園詩月』です」
再び己の正体を告白した次の瞬間、澪依の絶叫が図書室を震わせる。
場所を移しておいてよかったと、紫苑は心の底から思った。




