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僕らが紡ぐ物語  作者: 花音瀬笛人
始まりの物語
12/12

望むもの

 澪依に最初の依頼を出してから一週間、日々は変わらずに過ぎた。紫苑達はたとえ学校で顔を合わせてもこれまでと対応を変えることはなく、『ただのクラスメイト』を演じている。

 自分も澪依も、どちらも学校では憧れの的。方や欠片も隙がない完璧を地でいく容姿端麗な才人。方や才とカリスマであぶれた者を纏め上げ、皆から一目置かれる清純な少女。自惚れでも思い上がりでもなく、自分達は他者からそう見られている。あの狭い世界では誰一人としてそれを疑わない。だからこそ、いきなり距離が近くなれば『外側』がどう捉えるか。

 外野にしてみれば自分達の格は釣り合っているように見える。あることないこと嘯いて勝手に盛り上がるだろう。

 最悪、紫苑はそれでもいいが、彼女に向けるこの想いをわかりかねているのも事実。何よりも自分と恋仲を疑われた澪依がどんな反応をするのか——わからないからこそ、堪らなく恐ろしい。

 妙な噂が流れては面倒だ。紫苑はそれを求めていないし、彼女にしても事実無根の噂話が囁かれては迷惑な筈。

 これから先、関係性がどう変化しようとも大勢に見せる面は変わらないし、変えるつもりもなかった。

 現状維持が自分達の最善。

 軽く目を瞑り背もたれに体重を預ける。

 また一つ、被るべき仮面が増えた。はは、乾いた笑みが溢れる。きっと自分には役者が向いている。関係が薄れても、自分はあの人の子というわけか。自分ではない誰かを演じ、やがて自分すらも見失う。大切を取りこぼす。

 あの人にとって彼は、自分達はどういった存在だったのだろう。どうして、どこで、壊れてしまったのだろう。

 今更、出向いて問うつもりもないけれど。

 最近よく頭をよぎる彼らの顔を振り払う。

 今日は澪依が来る。作家として、イラストレーターとして、契約を結ぶことになるだろう大切な日。いつまでも過去に囚われているわけにもいかない。彼らは紫苑の手を離れた。自分は守り、待つだけでいい。

 さあ、彼女を出迎える準備をしよう。

 いつものように、淡々と。機械的に、効率的に。

 やがて菓子が焼き上がる頃、彼女はやって来た。

「お邪魔します」

「いらっしゃい。さあ、あがって。前みたいに紅茶でいいかな?」

 頷く彼女に部屋で待っているよう伝え、紫苑はキッチンへ。澪依に遅れること数分、菓子と紅茶を携えて部屋へと入る。

「お待たせ。まずはお茶にしよう。仕事の話はその後で」

 澪依はこくりと首を縦に振って肯首すると、トレーからティーカップを手にとり上品に啜った。

 お嬢様然としたその仕草はとても様になっていて美しいとすら感じるほど。見た目だけは一丁前で中身の伴わないどこかの阿呆とは違う。紫苑の思い浮かべた人物ならば行儀作法もお構いなしに流し込んだはずだ。

 二人で紅茶を嗜んだ後、ふと訪れる沈黙。しかしそれは気まずくなる類のものではなく、どこか落ち着いた心安らぐ穏やかな時間。

 二度目の来訪にして彼女もここの空気感に慣れてきたらしい。前回は緊張で固まっていた表情も、今はだいぶ緩まっている。

 ——やはり、こちらの方が好ましい。いつの間にか、そう思っている自分がいた。

 かたり、カップを動かす音が鳴る。

 思考を切り替えなければ、仕事の場に私情は持ち込まない。自分が文芸界に踏み込む際に定めた決まりごと。

 本の表紙は、その本の売れ行きを左右する。どんなに中身が良くとも、手にとられることがなければ読まれない。

 故に、自分は妥協しないしイラストレーターに『完璧』を求める。今日ここはは、彼女が相棒たりうる存在か見定める為の場。

 ちゃんと、確かめよう。水希が負けを認めた、自分の感性が認めた、花宮澪依という少女は本物なのか。

「そろそろ、仕事の話をしようか」

 静かに、力強い眼差しで、澪依は頷く。認めさせると、その瞳は語っている。

「前回頼んだラフ画、見せてくれる?」

「はい」

 彼女は隣に置かれたバッグからタブレットを取り出していくつか操作をした。

「こちらが私の作品です」

 その声音に不安の色は見られない。彼女は確信していているのだ。自分の作品は完璧だと。必ず認められると。

 澪依に手渡されたタブレットの液晶画面に視線を落とし——紫苑は呑まれた。圧倒的なまでの美しさに、広がる景色に。己が抱いた幻想が、そこにはあった。

 銀砂の星々が煌めく濃紺の空の下、月明かりに照らされた花園。淡く、儚く、風に揺れる薄紫の花々が幻想的に描かれている。緩やかに舞う花片も、戯れる蝶も、木の影さえも、丁寧に丁寧に描かれた世界の中、最も紫苑の目を引いたのは、一人孤独に座り込み、薄紅の輝石を手慰みにしながら物憂げな表情で星を見つめる白髪の魔女。

 そう、この景色には人が映っていた。ずっと表紙の中に存在することを否定し続けてきた人の姿があってなお——

その世界は、紫苑が抱いた幻想と違わなかった。

 一心不乱に紡ぎ上げた魔女狩りの世界。脆く儚い虚構の歴史。そこに生きる彼らを私だけが知っている。彼らの姿形、世界に在る景色、私だけが知っている筈だった。

 それが、どうだ。自分の求めた理想がそこにある。久しく抱かなかった感動。心が震えていた。初めて水希の絵を見せてもらったときと同等、それ以上の高揚。

 自分が望んだままの世界が眼前に在る。

 ああ、彼女は間違いなく。自分が求め続けてきた人だ。

 造形、配色、物語から汲み上げる力、似通った感性。どこに文句のつけようがあろうか、

 ——欲しい。彼女という存在が。心の底から。

 ラフ画でさえこの出来。本気で、全てを注いで描かれたのら、一体どれほど自分を魅せてくれるのだろう。

 頭の中で完結し、誰にも知られることなく消える筈だった幻想が、今、自分の目の前で明確な形と色彩を備えて現実に在る。

 ——欲しい。これほど何かを渇望したのは初めてではないだろうか。水希の才能を目の当たりにしたときでさえ、こうはならなかった。

 自分の幻想に色を与えることのできる。自分の幻想を、より完全に近いカタチで再現できる。そんな才を持った女性が、ここにいる。

 そっと、息を吐く。熱された思考を冷ましていく。

 高揚したまま、押し付けるな。彼女に選択させなければならない。

「改めて、打診しよう。私の専属イラストレーターになる気はある?」

 彼女の瞳に熱が浮かぶ。憧れに認められた喜び、夢へと進む高揚、積み重ねたモノは間違っていなかったという安堵。

 様々な想いが混ざり合って、澪依の頬を濡らす。

「よろしく、お願いします」

 短い言葉に込められた万感の思い。彼女は深く、頭を下げた。この関係が、末永く続くことを願う。

「こちらこそ。より良い物語を未来に遺す為、互いに努力しよう」

 絶対に離さない。今度こそ失わない。

 顔を上げた彼女と目を合わせ、二人で微笑み合う。きっと自分の顔も、涙で濡れている。

 過去への後悔。彼女の中に見た光。やっと、現れてくれた。ずっと、望んできた出会い。

 自分の世界を理解し、共有できる、稀有な女性。

 やはり、この少女は特別だ。

 花宮澪依。私は、彼女を——

 

 

 

 

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