第三話 ギョーザ
遅くまでお仕事を頑張ったお姉さん。今日もトボトボとうつむき加減で帰ってきました。
「晩ごはんはどうしようかな…」
ぽそっと独り言を言った後、ガチャリと玄関の鍵を開けました。ドアを開けて家に入るとキッチンの方からグスッグスッと鳴き声が聞こえてきます。お姉さんはバタンとドアを締めて早足でキッチンに向かいました。
キッチンのちゃぶ台のところで、白っぽくて所々に緑色の四角い欠片が見える、でこぼことした不思議な塊のようなものが泣いています。ほっそりとぼんやり見える細い足は横に揃えて曲げられ、手は顔を覆っています。
「どうしたの?」
お姉さんはそっと問いかけました。
「うぅ…。私の服がフライパンにくっついて無くなっちゃったの。恥ずかしいよぅ」
不思議な塊のようなものは涙目でお姉さんを見つめました。
「君はどんな服を着ていたの?」
お姉さんは優しく問いかけました。
「白くて薄いきれいな服だよ」
不思議な塊のようなものは、手を頭の方に上げて言いました。
「上の方でフリルみたいにキュッってなってたの」
「そうか。うーん…ひょっとして、君はギョーザさんだったのかな?」
「そう!ギョーザだったの!」
ギョーザさんはキラッと目を輝かせました。
「ヨシ!お姉さんがバッチリ治してあげよう!」
お姉さんはグッと拳を握って言いました。
「ほんと!」
ギョーザさんも目を輝かせて言いました。
「それじゃあ。まずはギョーザのタネを作っていこう!」
そう言ってお姉さんは手をしっかり洗ってから冷蔵庫の方に向かいました。冷蔵庫からひき肉と白菜、ニラを持って調理台の方に運びます。それから調味料の置いてある棚からいくつかの瓶を持ってきました。ギョーザさんもそーっと調理台の方に近づいてきます。
「まずは野菜のみじん切りだよ!」
お姉さんはすごいスピードでトントントンと白菜とニラを刻んでいきます。
「お姉さん!すごい!」
お姉さんの包丁の使い方に驚いたのかギョーザさんが声を出しました。
「ふっふっふー。カッコいいでしょう」
お姉さんは得意げです。
「次はボウルでしっかり混ぜていくよ!」
お姉さんは大きなボウルにひき肉とみじん切りにした白菜とニラと調味料を入れてグッグッっとタネをこねていきます。
「よしよしよし」
お姉さんはしっかりこねられたタネを見て満足そうです。
「タネは少し寝かせて…次はタネを包むもちもちの皮を作るよ!」
出来上がったタネにそっとラップをかけて静かに冷蔵庫にしまいました。そして、小麦粉とお湯を用意したお姉さんは新しいボウルにサラサラと小麦粉と塩とザバッとお湯を入れてお箸で混ぜていきます。
「なんだかポロポロしてきたね」
ボウルを覗き込んだギョーザさんが言いました。
「そうだね!そろそろ手でしっかりとまとめていくよ」
お姉さんは手でポロポロとした粉を丸めていきます。
「楽しそう!」
ギョーザさんは目を輝かせています。
「ふふふ。ひとまとまりになったらこの生地も寝かせるよ」
お姉さんは丸めた生地をラップでぐるっと包んで調理台の上に置きました。
「さて!君はパリパリの羽つき焼きギョーザと、プルプルの水ギョーザどっちがいいかな?」
ギョーザさんに問いかけました。ギョーザさんはうーんと悩みながら答えます。
「私、プルプルの水ギョーザになりたかったんです!」
ギョーザさんはキラキラした目で言いました。
「いいねぇ。私も水ギョーザ大好きだよ!」
お姉さんは上機嫌で言いました。
お姉さんはニコニコしながら大きなお鍋にたっぷりの水をためてコンロの上に置きました。カチッと火をつけると、今度は片栗粉を用意して調理台の上で丸めた生地を伸ばしていきます。小さく切り分けて丸くお団子のようにしました。
「次は綿棒を用意!」
お姉さんはどこからともなく綿棒を出してきました。
「モチモチの皮を作っていくよぅ」
ギョーザさんもワクワクしながら見ています。
「ギョーザさんの大きさだとこのくらいの皮かな…」
ギョーザさんをじーっと見ながら、片栗粉を付けた大きめのお団子を平らに伸ばしていきます。
「うんうん!このくらいだね!」
伸ばした丸い皮をそっと持ち上げてギョーザさんの方に向けました。
「すごい!きれいな皮だね!」
「そうでしょう。そうでしょう」
お姉さんはまたまた得意げです。
「さぁ!どんどん皮を作っていくよ」
お姉さんは他のお団子も綿棒で平らに薄く伸ばしていきます。
「次はタネを包んでいくよ!」
お姉さんは冷蔵庫から寝かせていたタネの入ったボウルを取り出しました。スプーンも用意してタネをちょっぴりすくいます。
「ギョーザさんにもちょっぴりあげて…」
お姉さんはすくったタネをそっとギョーザさんにくっつけました。するとデコボコしていたギョーザさんはきれいな丸い形になりました。
「わぁ!ありがとう!」
ギョーザさんは嬉しそうです。
「いいねぇ。次は皮で包んでみるよ」
おいでおいでと手招きしてギョーザさんを近づけると、大きめのギョーザの皮で優しく包んであげました。
「このフリルみたいなところが難しいんだよね」
そう言いながらお姉さんはギョーザの皮の端にちょっぴり水をつけ、優しくつまんできれいなフリルを作ってあげました。
「やった!私の新しい服ができた!」
ギョーザさんは嬉しそうにフリルのようなところをなでています。
「いいねぇ。似合ってる!」
お姉さんも微笑ましそうにギョーザさんを見ています。そして、残りの皮とタネで手際よくギョーザを作ってきれいに並べていきます。
「お鍋のお湯もそろそろいいかな?」
お姉さんはふつふつとわき上がっているお鍋を見ながら言いました。
「ギョーザさん!お鍋のお風呂に入る準備はいい?」
「はい!いつでもいけますよ!」
ギョーザさんも張り切っています。
「よーし!それじゃあみんなでお風呂に入っちゃおう!」
お姉さんはギョーザさんを優しくだっこすると、大きなお鍋に静かに入れました。
「わぁ!あったかーい!」
ギョーザさんはとても気持ちよさそうです。
「他のみんなも入れていくよぉ」
お姉さんは並べられたギョーザも一つずつお鍋に入れていきます。
「お風呂の間に特製のタレも作っちゃおう!」
お姉さんは冷蔵庫から白ネギを取り出し素早くみじん切りにしました。そして、小さなガラスのボウルにしょうゆとお酢、いくつか調味料とみじん切りにした白ネギを入れて混ぜ合わせます。
「ギョーザさんにもお姉さん特製タレをおすそわけ!」
お姉さんはそう言いながら小さな瓶に特製タレを詰めました。タレが出来上がった頃、お鍋のお風呂に入っているギョーザがプカプカと浮かんできました。ギョーザさんの顔もほんのり赤くなっています。
「そろそろいい感じかな?」
お姉さんがお鍋を覗きながら言いました。
「いっぱいあったまりましたぁ」
ギョーザさんも満足そうに気持ちよさそうな顔で言います。
「よし!ギョーザさん!お風呂から上がるよぉ」
「はい!お願いします!」
お姉さんは長い柄のついた網を用意して優しくギョーザさんをお鍋から出してあげました。すると、ギョーザさんが眩しく光りだしました。
光がおさまると、ギョーザさんはプルプルのツヤツヤしたきれいなギョーザさんになっていました。
「お姉さん!ありがとう!」
「ツヤツヤでとってもいい感じだね!」
お姉さんはニコニコしながらお皿の上でぴょんぴょん飛び跳ねているギョーザさんを見て言いました。
「他のギョーザもいい感じ!」
お姉さんは大きなお皿に次々とギョーザを上げていきます。そしてギョーザさんに瓶詰めにした特製タレを渡しました。
「はい!白ネギたっぷりの美味しい特製タレだよ!」
「嬉しい!私白ネギ大好きなんです」
ギョーザさんは嬉しそうに言いました。そしてそっとお皿の上から降りると、ぴょーんと調理台の上から飛び降りました。
「お姉さん!私、プルプルの水ギョーザに生まれ変われました!このお礼は絶対にしますから!」
そう言ってギョーザさんはぴゅーっと玄関の方に走っていきました。
「ちょっと!よかったら一緒にお話…?」
言い終わる前にギョーザさんは玄関のところですぅっと消えてしまいました。
「またお料理さん消えちゃった…」
お姉さんは寂しそうにぽそっといいました。
「よし!気を取り直して、水ギョーザ食べるぞぉ!」
お姉さんは大きなお皿に盛り付けられた水ギョーザと特製タレをちゃぶ台のところに持っていきます。
「やっぱりギョーザには烏龍茶かな?」
そう言って冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出し、食器棚からガラスのコップをちゃぶ台のところに持っていきました。どかっと座布団に座ってからペットボトルの蓋をギュッつと開け、ガラスのコップにトクトクと注いでから一口飲みます。
「うん!美味しい!」
そして、お皿の水ギョーザを特製タレにつけて口に運びます。パクっと食べてお姉さんは笑顔で言いました。
「うん!バッチリ!モチモチでプルプルの皮が美味しい水ギョーザだ!」
お姉さんはニコニコしながらもう一つもう一つとギョーザを食べていきます。
「タネもタレの味もいい感じ!」
美味しそうに食べるお姉さん。ひと休みと烏龍茶をグッと飲んでふと思うのです。
「ギョーザさん…大丈夫かな?」
心配そうに玄関の方を見ながら言いました。
朝になって、お姉さんがキッチンに来てみると箱があるのを見つけました。ひんやりとした大きな箱です。そっと蓋を開けてみました。
「これは!」
箱を開けると大きな瑞々しい白菜と冷凍されたひき肉、茶色い袋に入った小麦粉が入っていました。お姉さんは小さな声で言うのです。
「ギョーザさん。ありがとうね」
その日、お姉さんのお仕事はお休みです。お姉さんはのんびり電気屋さんに行きました。
「水ギョーザも美味しいけど、やっぱり焼きギョーザも食べたいよね」
お姉さんは、今度ギョーザパーティでもしようかと、大きめのホットプレートを買いました。
「そうだ!小麦粉もいっぱいあるんだった!」
お姉さんは思い出したように金物屋さんにも行きました。そこで大きな寸胴鍋を買いました。
「これくらい大きいとスープもいっぱい作れそう!」
お姉さんはホットプレートと寸胴鍋を持って上機嫌でお家に帰りました。力持ちのお姉さん。
キッチンにホットプレートと寸胴鍋をドサッと置きながらふぅっと一息ついて言いました。
「よし!うどんを打とう!」
お姉さんはキリッとした目つきで小麦粉を見つめました。今度はうどんを作るようです。