第二話 フライドチキン
今日も遅くまでお仕事を頑張ったお姉さん。疲れた顔で家に帰ってきました。キッチンの方からわんわん泣く声が聞こえてきます。お姉さんは急いで靴を脱いで足早にキッチンへ行きました。
キッチンのちゃぶ台のところで、体の真ん中あたりからくの字に曲がったフライドチキンのようなものが泣いています。ほっそりしたぼんやりと見える細い足は体育座りで、手は体の真ん中あたりをさすっていました。
「どうしたの?」
お姉さんは優しく問いかけます。フライドチキンは鼻をすすりながら言いました。
「骨が折れちゃったみたいで、私だけ体が曲がってしまっているんです」
確かに、体の真ん中あたりから横に向かって折れているようでした。うーんとお姉さんは唸りました。
「うーん…ちょっぴり難しそうだけど私が治してあげるよ」
お姉さんはフライドチキンの頭らしいところをなでながら言いました。
「ほんと!」
フライドチキンは涙声で言います。
「ちょっぴり味見してみてもいいかな?それと…君は…手羽先の揚げたものじゃなくて…フライドチキン…でいいのかな?」
「はい!私はこどもでも手に持って食べやすい、薄い衣のフライドチキンです!おつまみによくある手羽先じゃありませんよ!」
手羽先と言われてムッとしたのかちょっぴり声を荒らげてフライドチキンさんは言いました。
「ごめんね」
お姉さんは手羽先も好きなのになぁと思いながら謝りました。
「折れた骨をくっつけるのは難しいかもしれないけれど、しっかりしたサクサクの衣をまとえば、それがギプスになると思う」
お姉さんはフライドチキンさんを見ながら顎に手を当てて言いました。真剣な表情です。
「それはいい考えですね!私は厚い衣のサクサクしたフライドチキンに憧れていたんです!」
フライドチキンさんは元気を取り戻したのか、明るい声で言いました。
「それじゃあ、ちょっぴり味見させてね」
お姉さんは、そっと指でフライドチキンさんに触れた後、指を口に入れました。
「うんうん。この味ならあのスパイスが合いそう!」
お姉さんはちょっと味見しただけで、そそくさと赤いエプロンをつけながら調味料の棚の前に行き瓶を眺めます。
「これと…これと、これかな!」
お姉さんは調味料の棚からいくつかの瓶をもって調理台の方へ歩いて行きます。
「これから作るスパイスのレシピは絶対に秘密だからね」
お姉さんはフライドチキンさんの方を見ながら人差し指を口に当てて言いました。
「はい!」
フライドチキンさんはそっと料理台の方に近付きながら返事をしました。
銀色のボウルを用意したお姉さん。ボウルの中に選んだスパイスと調味料、小麦粉を入れて混ぜていきます。
「ふっふっふー」
お姉さんは少し怪しく笑うと、冷蔵庫から牛乳と卵を取り出しました。ガラスでできたボウルの中に牛乳と卵を入れて混ぜています。フライドチキンさんの方をちらりと見て小さな声で言いました。
「今から揚げると、二度揚げになるのかな…」
お姉さんは大きな揚げ物器に油を入れて温度を設定しています。
「さぁ!油のお風呂に入る準備はいい?」
お姉さんが元気よく言いました。
「はい!よろしくお願いします!」
「よし!」
お姉さんはフライドチキンさんをぐっと掴むと牛乳と卵を混ぜたガラスのボウルの中に優しく入れました。
「わぁ!冷たいです!」
フライドチキンさんは冷たくて驚きました!
「もう少しの辛抱だよ!」
お姉さんはフライドチキンさんを優しく掴み、今度はスパイスを混ぜたボウルの中に入れ粉をしっかりまぶします。
「けほっけほっ。少しむせるけどいい香りがします!」
フライドチキンさんは軽い咳をしながら言いました。
「スパイスのいい香りがするねぇ。こどもでも食べられるおいしい衣だよ」
お姉さんも楽しそうに言います。
「さぁ!最後の仕上げ!油のお風呂であったまろう!」
お姉さんはチキンさんをそっと持ち上げ、くの字に曲がったところをまっすぐ伸ばしながら大きな揚げ物機に優しく入れていきます。
「わぁ!あったかいです!」
ジュワッといい音がしました。フライドチキンさんは温泉に入っているような気持ちよさそうな顔をしています。
「衣がキツネ色になったらOKだよ」
お姉さんは油の中で気持ちよさそうにあたたまっているフライドチキンさんを観察しながら油から出すタイミングを計っています。
「そろそろいいかな!」
お姉さんがトングで優しくフライドチキンさんを挟みました。
「うん!サクサクでいい感じ!」
フライドチキンさんを網の上に乗せながら言いました。
「油が切れるまでゆっくりしていてね」
「はい!ありがとうございます!なんだかとってもサッパリしました!」
フライドチキンさんは手を上に上げながら続けて言います。
「背筋もシャキッと伸びた気持ちです!」
言い終わると、フライドチキンさんが眩しいくらいに光りだしました。光がおさまって見てみると、フライドチキンさんはしっかり真っ直ぐになっていました。
「サクサクの衣がいいギプスになってるねぇ」
お姉さんはニコニコしながら言います。
「これなら少し動き回るくらいなら大丈夫かな」
お姉さんはいつの間にか用意していた袋に入ったレタスをフライドチキンさんに渡します。
「このレタスもあげるよ。このレタスがあればクッションになるかもだから」
「わぁ!私、レタス大好きなんです!」
フライドチキンさんは嬉しそうに続けます。
「今日からレタスのお布団で寝ます!」
フライドチキンさんはとてもうれしそう。
「いいねぇ。私もレタス大好きなんだ」
フライドチキンさんはギュッとレタスの袋を握りしめピョンと調理台から飛び降りました。
「ありがとうお姉さん!このご恩は忘れません!」
軽やかに着地したフライドチキンさんは、早足で玄関の方に歩いていきました。
「よかったら少しだけお話しない…?」
お姉さんが言い終わる前にフライドチキンさんは玄関のところでふわっと消えてしまいました。
「フライドチキンさんも消えちゃった!少しでもいいからお話したかったなぁ」
お姉さんは少し寂しそうに言いました。
「よし!残ったスパイスで今夜はフライドチキンをいっぱい作るぞ!」
お姉さんは、そそくさと冷蔵庫から鶏肉をいっぱい取り出しました。そしてガラスのボウル、スパイスの入ったボウルと順番に入れていき、最後は大きな揚げ物機です。
「やっぱり大きな揚げ物機があると便利だねぇ」
お姉さんはたくさんのフライドチキンを油のお風呂で揚げながら楽しそうに言いました。
「そろそろ揚がったかな」
お姉さんはトングでフライドチキンを転がしながら優しく網の上に乗せていきます。
「うん、うん!いい感じ!」
お姉さんは冷蔵庫からレタスとレモンを取り出してお水で洗います。レタスは一枚ずつはがして手でちぎります。しっかり水を切って大きなお皿に盛り付けました。レモンは包丁で三角に切ってレタスの横に置きました。そして主役の登場です。
「しっかり油も切れてるね!」
お姉さんは楽しそうに網の上からフライドチキンをお皿に移し替えていきます。山盛りになったフライドチキンを見ながらお姉さんが言いました。
「フライドチキンにはやっぱり炭酸水だよね!」
お姉さんは冷蔵庫から緑色の瓶に入った炭酸水をとりました。炭酸水は脇に抱え、フライドチキンのたくさん乗ったお皿とガラスのコップを一緒にちゃぶ台まで運んでいきます。
「よしよしよし!」
お姉さんはどかっと座布団に座り、ガシッとフライドチキンを掴んで豪快にかぶりつきます。
ザクッ!といい音がしました。
「美味しい!」
お姉さんは上機嫌でフライドチキンを食べました。ぐっと炭酸水も飲みながら晩ごはんを楽しみます。
「ぷはー!やっぱりフライドチキンには炭酸水だね!」
お姉さんは三角に切ったレモンをフライドチキンに絞り、炭酸水の入ったガラスのコップにそっと入れました。そしてふと思い出すのです。
「フライドチキンさんは大丈夫かな?」
ちょっぴり心配そうに、玄関の方を見ながらお姉さんは言いました。
朝になって、お姉さんはキッチンに大きな箱があるのを見つけました。前と同じ、ひんやりと冷たい箱でした。
「これは!」
箱を開けてみてお姉さんはびっくりしました。冷凍された鶏肉と瑞々しいレタスがいっぱい入っていたのです。
お姉さんは小さな声で優しく言いました。
「フライドチキンさん。ありがとう」
その日、お姉さんのお仕事はお休みでした。お姉さんは朝一番に電気屋さんに行きました。そして大きな冷凍庫を買いました。
「お届け物でーす!」
冷凍庫を買ったその日に電気屋さんがお家に届けてくれました。
「ありがとうございます!」
電気屋さんが冷凍庫をキッチンまで運んでくれました。コンセントを差すと低い唸り声が聞こえます。
「これくらいの大きさなら買いだめもできそうだね」
お姉さんは微笑んで言いました。フライドチキンさんからもらった鶏肉を冷凍庫に入れながら次はどんな料理を作ろうか考えているお姉さんでした。