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招かれざる客人 2

「ちょっとした騒ぎが起こった、というのは?」

 問いかけに苦笑したクレアは、手にした小説の表紙をそっと撫でて言う。

「戦後に国交を断ってしまったオーサントにとって、ベルサリウスはまさしく未知の国だ。そこに獣人をモデルにした小説があれば、その内容を真実だと信じてもおかしくはない。そして実際、留学生の中にそれを信じていた子がいたんだ」

「……アリシア・ハイドか?」

 ことの発端である少女の名を出すと、クレアは浮かべる苦笑を深くした。

「彼女は、その内のひとりだよ。他にも何人かいて、彼女たちは付けた教師に食ってかかったんだ。運命の番という素晴らしい習性があるのに、どうして自分たちを選んでくれないんだ、ってね」

「なんだか……聞き覚えのある話だな」

「嫌になるよねぇ。そんなものはないんだよ、って懇切丁寧に説明したのに、どうしても理解したくないみたいでさ。それどころか隠蔽してる、って都合よく捻じ曲げて盛り上がってるんだ。自分たちの信じたいことだけしか信じない。要は精神的に幼稚で未熟なんだろうね。例のアリシア嬢は、そういう子たちの筆頭だよ」

 つまり奇妙な振る舞いをする留学生は、アリシア・ハイドだけではない、ということだ。

 森で会った彼女の態度は、酷いの一言に尽きる。あれに向き合う苦労を思うと気の毒になって、コーデリアは同情の篭もった眼差しをクレアに向けた。

「暢気と言ったことを訂正させてくれ。あんな態度を取る連中に対して、真っ当に対応出来るおまえは尊敬に値する」

「いやいや、ちゃんと良い子もいるんだよ。その子たちは学習意欲が高くて、短い期間でも知識をものにしようと努力してる。それだけに、窮屈な思いをさせてるのが可哀想でねぇ。今は人手が足りなくて、街に連れ出してあげることも出来ない」

 クレアの物言いに微かな引っ掛かりを覚えて、コーデリア眉根を寄せた。

「人手が足りない? そんな馬鹿なことはないだろう。こういう時のための近衛じゃないか」

 王城内や貴人の警護を一手に引き受ける近衛騎士団は、他の師団に比べると、かなり人員に余裕を持たせてある。不測の事態に備えてのもので、オーサントの件はまさしくそれに該当する。

 実際、警護にはかなりの数の騎士が投入されていて、ずいぶんと余裕のある配置がされていた。

 神の祝福、という特異体質を求められるせいで、常に人員不足で喘いでいる神殿付きとは大違いだ。

 羨ましさに声を尖らせたコーデリアに、だがクレアは思いのほか真剣な顔で言った。

「……これはまだ公表されていないことだけど、シトラ宮の警護担当の中で、体調を崩す者が続出しているんだ。症状は頭痛と吐き気、めまい。片っ端から調べたけど、まだ原因がなにかも掴めてない」

「流行り病か?」

「断定は出来ないけど、おそらくは違うと思う。症状としては毒物のそれに近いんだ。ただ材料が足なくて、確証を得るには至っていない。治癒には排毒と休息が一番の薬で、人手不足はそのせいなんだよ」

 つまり相当数の騎士に症状が出ている、ということなのだろう。

 先日のイライアスが話題に出さなかったことに違和感を覚えたが、コーデリアはそれはおくびにも出さずに淡々と言った。

「オーサントが持ち込んだ可能性はないのか」

「それはもちろん、真っ先に疑ったよ。でもねぇ、不思議なことに留学生に付けている連中には、その症状はひとつも出てないんだ。どちらかと言うと、彼女たちから距離を取らせている奴らがばたばたと倒れている」

 オーサント人の色仕掛けを警戒しているなら、それは当然の処遇だろう。だがそうやって遠ざけた結果、体調を崩す者が出たというのは解せないことだった。

 クレアは腕を組み、首を捻って続ける。

「他にも不可解なことがあってね。患者の男女比に偏りがあるんだけど、まあ、それは近衛師団自体がそうだから、男性に多く出ていることの説明は付けられる。でも種族によっても、明確な差異が現れてるんだ。これに関してはお手上げ。なにがどうしてそうなるのか、さっぱり分からないんだ」

「確かに奇妙な話だな。毒物が原因だと仮定して、それが特定種族のみ効く、なんて話は聞いたことがない」

「そんな物があったら、とっくにうちで研究してるよ。悪用の仕方なら、いくらでも思いつくからね。でもそういうのってさ、わたしたちを知っているからこその発想なんだ。獣人に対する理解に乏しいオーサントに、それが出来るとは思えない」

 そうだろうか、とコーデリアは内心で首を傾げる。

 過去に敵対し今は未知となった相手だからこそ、思いもつかない手段を取ることもあるだろう。だがなんの確証も得ていない現状、不用意に口にして良いことでもない。コーデリアは言及は避けて、別の疑問を投げかけた。

「症状が出ているのは、具体的にどの種族なんだ?」

「治療を必要とするほど酷い症状が出るのは、犬と狼に蛇、それと熊だね。特に蛇の一族は、数の少なさを考えると特異的と言って良い」

 ベルサリウスにおける種族比を鑑みれば、犬と狼一族の名が上がることに違和感はない。彼らは忠義心が高く勇猛果敢、特に狼の一族は優れた騎士を輩出している名家も多い。

 それに引き比べて数に劣る熊ではあるが、少数精鋭と言うべきか、血の気が多いと言うべきか、前線部隊に好んで所属するのは剛の者ばかりだ。だが蛇の一族は種族としての数自体が少なく、そんな彼らに症状が集中しているのは理屈に合わないことだった。

「話を聞く分に、なにか共通点があるとも思えないな……」

「そうなんだよねぇ。これでわたしに症状が出てくれてたら、もっと話が簡単になるんだけど」

 ああ、そうか、とコーデリアは納得する思いでクレアに視線をやった。

 獣形を取れないクレアだが、彼女はれっきとした蝙蝠の一族だ。かの一族は病に強く、たとえ罹患しても、ごく軽度で済むという特異体質を有している。それを逆手に取り自ら感染することで研究を重ね、そうやって蝙蝠の一族は病に対する治療法を確立してきたのだ。

 薬物にも耐性を持っていること鑑みれば、クレアを留学生に付けたのも、配置の都合がすべてという訳ではなかったのだろう。

「おまえの体質は承知しているが、だからと言って身体に負担がない訳じゃないんだ。あまり無茶はするなよ」

「大丈夫、引き際は弁えてるから。それよりもコーディ。気を付けるべきはきみの方だ。詳しいことを聞くつもりはないけれど、深みにはまる前にちゃんと逃げるんだよ」

 珍しく真剣な顔で言うクレアに、少したじろいで頷く。

「ああ、分かっている。おまえがくれた情報を無駄にするつもりはない。助言も、ありがたく受け取っておく」

 言ってコーデリアは立ち上がる。暇を告げると部屋の主は一転、いたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。

「それじゃあ、ディグラントによろしく。狼の一族は情熱的だからね。勢いブライズメイドが要るような状況になったら、いつでも言って。それ以外のことでも、わたしで良ければ喜んで手を貸すから」

 部屋を出る間際にそう声をかけられて、コーデリアはぎょっとクレアを振り返った。

 その反応で妙な確信を強めたのだろう。クレアは、にやにやと意味有りげに笑っている。

 そうじゃない、あいつとは付き合っている振りをしているだけだ、と言ってしまいたかったが、ここはシトラ宮の真っ只中だ。どこに人の目と耳があるのか分からない状況で、下手なことは口に出来ない。

 それでコーデリアはむっつりと黙り込んで、誤解を残したまま医務室を後にした。


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