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新年の祝 1

 しんと静まり返ったガレアンの森を、祭列が音もなく進んでいく。

 聖域であり禁域である森の闇は深い。月の光は生い茂る木々に遮られ、覆う暗闇に自分の指先さえ見通せない。携えている煌石の明かりがなければ、まともに歩くことすら叶わないだろう。

 夜目の利く獣ですらこそりとも動かず、虫ですら息を潜めているのか物音ひとつしない。果ての見えない闇の中、道に敷かれた砂礫を踏みしめる音だけが響いていた。

 女神ベリサを迎えるための礼拝は、大晦日の夜に行われる。その祭列に加わることが出来るのは直系の王族のみだ。

 国王と王妃、三人の王子とその妃たち。その子らである王子と王女の姿がないのは、女神を憚ると同時に身を護るためだと言われている。

 幼い子らは女神の寵を受けやすく、神の手の内に捕らわれやすい。立聖府に収められた史書には、祭列に加わった王子がガレアンの森に姿を消したことが記されていた。

 厳かで張り詰めた空気を孕みながら祭列は森を進む。釣り香炉からたなびく煙が尾を引いて、足元を白く霞ませながらまつわりついてくる。歩を進めるたびに煙は揺蕩い、森の深い香りが立ち昇った。

 祭列がしずしずと森を進むうちに、道の最奥に真っ白な建物が見えてくる。ふたつの尖塔を持ち左右対称の美しい建物こそが、主神ベリサの降臨する神殿だ。

 常は閉ざされている扉は大きく開かれて、篝火の明かりが真っ白な敷石を赤く舐めている。篝火にくべられているのは林檎の薪とサンザシの枝だ。これは女神が林檎の花冠を被り、耳にサンザシの実を飾る姿を所以としている。

 煌石の明かりを落とした祭列が、神殿内へと進んでいく。

 祭列の護衛を担っていたコーデリアたち神殿騎士は、神官の手により閉ざされた大扉の前で足を止めた。

 これから王族は半刻ほど神殿に籠もり、女神を迎えるために供物と祈りを捧げる。それを守護するのが神殿騎士の大事な役目だ。

 女神の降臨により神域と化すガレアンの森は、祝福を持たないものは立ち入ることすらも叶わなくなる。だからと言って警戒を怠る訳にはいかない。

 部隊長の指揮により半個小隊が大扉の前を固め、コーデリアを含めた残りは煌石灯を手に砂礫が敷かれた道に散った。

 森の中をじっと佇んでいると、芯から凍えそうな寒さが身に堪える。かじかむ手に息を吐きかけたところで、砂礫が擦れる音を立てた。

 振り返った視線の先、同輩のシンシア・コートニーがひらひらと手を振っている。構えたところのない足取りで近づいてきた彼女は、煌石灯を吊した長柄を立てて言った。

「コーデリア、ちょっと良いかな」

「……どうした、緊急か?」

 コーデリアが訊くと、シンシアは肩を竦める。

「そうじゃないんだけど、今くらいしか話す機会が無さそうだからさ。年明けの休暇、あんた日程の都合で相当削られたでしょ? だから一日、分けてあげようと思って」

「それはありがたい話だが……シンシア、おまえ子供は大丈夫なのか?」

 結婚と出産で一時神殿騎士を辞していたシンシアは、今年の春から復帰したばかりだ。とは言え子供はまだ幼く、それで夜勤や遅番は免除されている。休暇もなるべく融通を利かすようにしていたから、新年の祝の警護に出る以外は予定に変更はないはずだ。

 だがそもそも必要だから申請している休暇だ。それを分けてしまっていいのだろうか、と首を傾げたコーデリアに、シンシアはからりと笑いを零した。

「いいの、いいの。うちの子も大きくなって、だいぶ聞き分けが良くなってきたからね。あんたらには復帰してから迷惑かけっぱなしだったし、たった数日じゃお礼にならないだろうけど、せめてそのくらいはさせてよ」

 それに、と浮かべる笑みに含みを持たせてシンシアは言う。

「年明けの休暇はね、私らが時間に追われず楽しめる数少ない機会なんだ。コーデリア、あんた、ディグラントの若様と付き合ってるんだろ? せっかくの優良株なんだから、中途半端にしちゃ駄目だよ。これを機会に、ちゃんと向き合いなさい」

「いや、向き合えって言われてもな。別に将来をどうこうって訳じゃないんだが……」

「なに言ってんのよ。ここまで噂が回って、それで二の足を踏むどころか、しっかり外堀を埋められてるじゃないの。本気になった狼は厄介だよ。適当な付き合い方で良いと思ってるのかもしれないけど、いざとなった時に大火傷を負うのはあんたなんだからね」

 しかつめらしく言われて、コーデリアはこくりと頷く。

 イライアスの虫除けに始めた付き合う振りだが、近頃はそれから逸脱するような雰囲気や親密さを感じることがある。距離を詰められているのは、おそらくコーデリアの気の所為ではないだろう。

 正直に言えば、外堀を埋める真似には少なくない抵抗を覚える。だがその一方でイライアスの振る舞いや交わす会話、彼の作る料理ともてなしの数々を好ましいと思っているのも事実だった。

 このまま押し切られたとして、果たして自分はどうするのだろうか。

 知れず眉根を寄せて考え込んでいると、シンシアが呆れた声で言った。

「まったくらしくないね。そんなふうに悩むくらいなら、さっさと話し合ってけりをつければいいんだよ。案ずるより産むが易しって言うだろ? それに縁があるなら何をしたって、収まるところに収まるものさ。まあ、せいぜい頑張りなよ」

 事情を知らない割に妙に核心を突いた檄を飛ばして、シンシアは持ち場へと戻っていく。その背を見送ってから、コーデリアは小さく溜め息を零した。

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