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与えられる寄る辺 1

 コーデリアの実父――ジョージ・マッケイが動いたのは、ディグラント邸での晩餐会より二週間が過ぎた後のことだった。

 最初は手紙だった。

 騎士団寮に届けられたそれには、見覚えのある神経質そうな文字で、コーデリアの身の振り方について大事な話があるから帰って来い、と記されていた。

 ロリンズ家の者に対して、マッケイの者が帰って来い、とは道理の合わない可笑しな話だ。

 耄碌するにはまだ早いはずだが、文章で寝言を吐くとはずいぶん器用なことをする、そう思いながらコーデリアは手紙を焼き捨てた。

 もちろん返事を書こうはずもない。

 その次は手紙から一週間後。夜勤を明けて寮に帰る道すがらに、見知らぬ使用人の待ち伏せにあった。

 マッケイ家の従僕を名乗ったその男は、人目も憚らず道に伏せて切々と言い募った。

「コーデリアさまのご不快は重々承知しておりますが、是非にでも当家にお越しいただきたいのです。あなたさまをお連れすることが叶わなければ、私は当主に暇を出されかねません。我が身の至らなさを口にするなど愚の骨頂。ですがどうか、哀れな私を救うと思ってお願いいたします……!」

 地面に額を擦り付けて懇願する様は、いかにも憐れっぽい。だがコーデリアには同情する義務もなければ、関わり合いになる筋合いもなかった。

 仕える主の横暴なら、使用人組合に訴えてくれ。そう言い置いて、コーデリアはその場を後にした。

 ここまで拒絶しておけば、さすがに次は無いだろう。そう思っていたのだが、どうやらそれはずいぶんと甘い考えだったらしい。

 休日に街へ降りたコーデリアが、下町に足を踏み入れた時だった。

 鍛冶屋を冷やかしに向かうところで子供に呼び止められ、手を引かれるまま向かった路地裏に、再びの待ち伏せを受けたのだ。とは言え今回は哀れな従僕ではなく、見るからに破落戸といった風体の男たちだった。

 その数、六名。使い役の子供が逃げるように去っていくのを見送って、コーデリアは深々と溜め息を吐いた。

 切羽詰まっているにしても、娘ひとり攫うのにずいぶんと荒っぽい手を選んだものだ。父の愚かさは身に沁みていたが、さすがにこれは呆れ果ててものも言えそうにない。

 破落戸どもは大人しくしていれば痛い目には合わせない、頼まれた場所に連れて行くだけだ、と威勢よく喚いている。

 それを聞くともなしに聞きながら、コーデリアは無造作に拳を振るった。

 よもや騎士が警告も無しに手を上げるとは思わなかったのだろう。不意打ちの一撃を顎に食らった男は、呻きひとつ零さず膝から崩れ落ちた。

 それに唖然としているもうひとりも同様に打ち倒すと、残った四人の気配が、がらりと変わる。向けられる殺気は肌に痛いほどだったが、コーデリアは敢えて悠然と微笑んでみせた。

 男たちの言を鑑みれば、彼らはコーデリアを積極的に害することが出来ない。この一点において、数の優位は用を成さなくなる。そもそも騎士を相手に生きて攫おうなど、破落戸には荷が勝ちすぎた役目だろう。

 コーデリアは掴み掛かろうとするひとりの足を掬うと、倒れるそれに巻き込むかたちでもうひとりを蹴り飛ばした。

 残るふたりがナイフを抜いて、なにごとかを喚き散らしている。苛立ち焦る気持ちは分からなくはないが、さすがに武器を向けられては見過ごせない。腰だめに構えて突進してくるのを軽くいなして、男の手から悠々とナイフを取り上げた。

 ついでに柄尻を叩きつけて昏倒させる。さて次はと視線を向けると、残ったひとりが目に見えて怯えた顔になった。

 騎士とはいえ女性を相手に六人を用意して、まさか敵わないとは思わなかったのだろう。男が泡を食って逃げていくのを見送って、コーデリアは足元の惨状に小さく溜め息を吐いた。

 このまま捨て置きたいのは山々だったが、さすがにそうする訳にはいかないだろう。それで各々のベルトを剥いで手足を拘束すると、適当なひとりを担いで警邏隊の詰め所に放り込んだ。

 事情聴取と後処理に一刻ほど費やして、コーデリアが向かったのはイライアスが住むアパルトメントだった。

 玄関先で待つこと暫し、定時上がりで帰宅した彼がコーデリアを見て目を丸くする。それにひらひらと手を振って、コーデリアは微苦笑を浮かべて言った。

「いきなり押しかけて悪いな。ちょっと話があるんだが、部屋に上げてくれないか?」

「……ああ、もちろんだ」

 少し気の抜けた声で言って、イライアスが扉を開けてくれる。当然のように差し出された手にコートを預け、コーデリアはすっかり見慣れてしまった部屋に足を踏み入れた。

 リビングのソファに腰掛けると、茶を淹れるためだろう。ダイニングに向かおうとするイライアスを、コーデリアは声をかけて引き止めた。

 ソファの隣を軽く叩いて言う。

「イライアス、おまえも座ってくれ。長居をするつもりはないから、私に構わなくて良い。それよりもおまえに、急ぎ伝えておきたい話があるんだ」

「話?」

 困惑した表情を浮かべるイライアスは、それでもコーデリアの頼みどおりにソファに腰を下ろした。

 訝るように見つめられて、コーデリアは微苦笑を浮かべる。

「前に少し話しただろ? 私の事情に巻き込むかもしれないって。どうやらあれが、本格的に動き出したみたいなんだ」

「なにがあった」

 無駄を省いた端的な物言いが、士官学校時代のイライアスを思い起こさせる。

 あの頃は彼の愛想の無さに苛立ったものだが、今はすっかり馴染んで違和感すら覚えることがない。これも絆されたと言うのだろうか。そう胸中だけで呟いて、コーデリアは唇を綻ばせた。

「手紙と使者と破落戸だ。手紙やらは無視すれば良いと思っていたんだが、荒っぽい手段に出られるとさすがにな。降りかかる火の粉を放置する訳にはいかないし、なにより矛先がおまえに向かう可能性もある。私が忠告するまでもないことは百も承知だが、しばらくは身の回りに注意しておいてくれ」

「おまえは、無事なのか?」

「あの程度じゃあな。数だけ集めても無駄になるだけだ。それにいざという時は頼ってくれ、とロクサーヌさまにも言っていただいている。あまり迷惑はかけたくないんだが、本当に厄介な状況になったら遠慮なくそうさせて貰うさ」

 そう開き直って言うと、晩餐会のあれこれを思い出したのだろう。イライアスが思い切り嫌そうな顔になった。

「おまえに頼られた母が、無駄に張り切る姿が目に浮かぶようだ。……母親と言えば、おまえの方はどうなんだ? ロリンズどのに連絡は?」

「ああ、うん。さっき絡まれたその足で、ここに来たからな。母にはこの後で連絡するつもりだ。とは言え忙しい人だし、あまり私の事情で煩わせたくないんだがな……」

「事情と言うなら、おまえではなく親のだろう。いや――元を正せば王家の失態か」

 そう吐き捨てる不遜さに、コーデリアは堪えきれず笑いを零した。

 騎士にあるまじき暴言はともかく、コーデリアの抱える厄介事は、王家の執心にその端を発している。妄執とも言えるそれが故に、コーデリアの母は三人の配偶者候補を充てがわれ、その子らも大なり小なり迷惑を被るはめになったのだ。

 そもそもの起こりは建国記に遡る。

 かつて弱き生き物だった人は、女神ベリサの祝福により獣の本性を手に入れた。

 エルゴータは大鷲に、ディクソンは狒々に、ディキンズは鼬に、ディグラントは狼に、そしてディナルドは獅子となった。冠を戴いたエルゴータは王となり、残るは臣下となり建国の王をよく支えたと言う。

 建国の礎となった彼らは子を産み育て、そしてそれは連綿と続くこととなる。だが統治するのが人である以上、賢王ばかりが玉座に着くとは限らない。事実、獣としての本性に拘泥したかつての王のために、いくつかの種族が失われたことは大いなる失策として歴史に刻まれている。

 そしてその失われた種族のひとつこそが、獅子のディナルドだった。

 建国記に祖を遡れる獅子の一族を失ったことは、王家のみならずベルサリウスにとって大きな痛手となった。

 ディナルドは勇猛果敢な将の一族で、初代の王妃を輩出した家でもあったからだ。

 獅子一族の復古は王家の悲願だ。だがそれは果たせぬまま百有余年が過ぎ、その望みも潰えたはずだった。

 だがディナルドに縁のない、どころか二形を持たない両親の元から、突如として獅子の娘が生まれたのだ。王家がそれを取り込むべく動いたのは、言うまでもないだろう。

 獅子の娘には爵位が与えられ、獅子を産み増やすために、高位貴族の配偶者候補が複数充てがわれることとなった。この不幸な娘の名を、エレン・ファース・ディ・ロリンズという。コーデリアの母親である。

 かくしてコーデリアの母は、王家の望むまま四人の子を産み落とした。二形を持たない娘と、父親である豹の血を濃く継いだ娘、そして獅子の双子の兄妹だ。

 待望の獅子の次代を得て祝福に湧く世間を他所に、母は義務は果たしたと言い放ち、双子の父親を婿に迎え入れた。王家の余計な横槍を防ぐためだった。次いで王室護衛騎士の任を受け、王妃という強力な後ろ盾も手に入れた。

 果たして母はあるかなしの自由を手にしたが、一方その子らは今も様々な不都合に煩わされている。コーデリアにとってその最たるものが血縁上の父親、ジョージ・マッケイの存在だろう。

 獅子ではなく豹として生まれたコーデリアを役立たずと言い放ち、それに激怒した母に追い出され、にも拘らず未だに傍迷惑な干渉をし続けている。

 母の配偶者候補を選出したのは王家とその側近だ。これを指して失態と言うイライアスの気持ちは分からなくはない。

 コーデリアは口元に笑いを残したまま、宥める口調で言った。

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