悪趣味な女の4
戸津宣、『青春を求めるイカレラノベオタク』。
見た目は本当に普通の女子だ。少し可愛げのある感じでちびまる子ちゃんが大人になったみたいな外見の小娘だが、その中身はひたすらに面倒臭くてはた迷惑。
私はそんな女を三日間だけストーキングすることにした。
あの女にはこの前とんだひどい目にあわされた。詳細は修学旅行の時のできごと(https://ncode.syosetu.com/n5335fn/)なのだが、もはや思い出したくもない。
そもそも言ってしまえば、この私――日角まといが、『気になった人を三日間だけストーカー』する悪趣味を持っているのが発端なのかもしれないが、それでも大事な思い出をぶっ壊された恨みがなくはない。
彼女と知り合ったのは悪趣味な篠田楓子が原因で、巡り巡って全部私のストーキングから始まった出会いなわけであるが、それは気にせず。
それとして、戸津がイカれた面白い奴というのもわかったので、せっかくだからその日常を覗き見させてもらうことにしたのである。ストーキングだ。
戸津はあの件もあって、クラスではみんなから避けられているようだった。のかどうかはわからない、凄まじい集中力でひたすらに読書に勤しんでいる。なんでも授業中もそんな様子らしい。
読んでいるのは言うまでもなくラノベだ。検索したところ、三巻くらい出ているがアニメにもなっていない作品だ。どうやってそういうの見つけるんだろう。
とかく、彼女はとにかく学校ではラノベを読んでいる。友達と呼べそうな人間さえいない。
一人、仲介役と言えるような女子・井土が時折クラスとの架け橋になっている。
その程度だ。こうして傍から見ているだけでは、わかることはほとんどない。
と、戸津と井土の雲行きが何やら怪しい。
「え……と、でも提出してもらわないと」
「別に井土さんには関係ないですよね。私の方は提出しなくても留年でも退学でも問題ないので気にしなくて結構です」
「で、でも、私が先生に任せるって頼まれてて」
「それは申し訳ないですけど私には関係ないです。先生が求めるような進路希望を井土さんが捏造して提出してください。私は興味のないことには関わりませんので」
「うぅ……」
井土は涙目になっているが、戸津の方はキツい口調のまま言い切って、自分は読んでいる本から目を離さないままだ。
あいつクラスじゃ内弁慶って感じだったのか。進路希望も提出しないとはとんだ不良だ。協調性の欠片もないやつ。
「戸津、随分とみんなに冷たい態度を取っているんだな」
「おや。おやおやおやおや! 日角さん珍しいですねこんなところに! 何か面白いことでもあったんですか? 教えてくださいよ。誰です? このクラスの誰のストーキングしてるんですか?」
二日間ストーキングしていて誰にも向けなかった笑顔と興味の表情が向けられると二重人格なのではと疑ってしまう。
「進路希望くらい出したら?」
「ヤですよ。興味ないので」
「みんなそこまで興味ないけど出してるんだ。ルールだから」
「……はぁ……つまらないこと言いますね、日角さん」
「つまらないのはお前だ。胸糞悪い。さよなら」
「……ああ、もうわかりましたよ! 書いたらいいんでしょ書いたら。その代わり何か喋ってくださいよ、面白い話」
なんで私が、と思ったけれど、井土の困った泣きそうな顔が頭にチラついてくる。というかそういう小動物のような目で見てくる。
それに戸津は進路希望を書き始めている。勝手にしろ、とは言えない状況だ。
「面白いことか。あまり思いつかないけど」
「直近でストーカーした三人の話とかでいいですよ! あとは篠田さんとどんな悪事を働いたかとか!」
ハキハキと喋りながら戸津が進路を書いた紙切れをバンっと井土に押し付ける。戸津は私に期待を込めた視線を送り、井土は私に感謝の涙を差し出す。居心地悪いな……普段、嫌なやつ扱いされているから。
「一人目はお前だ、戸津。ずっと本を読んでいるだけで何も楽しくない、友達もいない、ろくでなし」
「わ、私ですか? それは……嬉しいですね、全然気づかなかった。視線に感じないなんて鈍感なんですかね」
「それだけ集中力が大したものなんでしょう。クラスメイトも教師もお前の態度には諦めきっていたみたいでした」
「誉めてくださってます? いや、それは嬉しい。私も篠田さんと貴女のような関係になりたいものです。偏に言うと百合、ですね」
「百合……? よくわからないけど篠田みたいなのは篠田だけで十分」
「あ、百合はご存知ないですか? 基本的に女性同士の恋愛作品ですよ」
「女性同士の恋愛、なんでまたそんな奇妙な」
「あ、古いですねぇ日角さん。そういう考え方は古いですよ。今時は同性愛くらいあって当然なんですから」
「私と篠田はそういうのじゃないし、そんなの考えたこともない。っていうか戸津はこの前青春は恋愛じゃないとか言ってたじゃん」
「いやそれとこれとは別ですよ。百合は恋愛だけじゃないんです。恋愛だけじゃなくてもっとこう……口では表現しづらい、得も言われぬ関係なんですよ! 私と、貴女のような!」
「厄介者としか思っていないので」
「んもう冷たい! まあいいですけど、こういうのも」
クラスではずっと黙っている癖に、一度口を開けばぺらぺらとよく言葉の出てくる奴だ。喋っている時は楽しそうだし。
「戸津はもっとクラスメイトと喋った方が良いんじゃないか?」
「……親教師みたいなこと言いますね。友達を作れとか、くだらない」
「そうじゃなくて、喋っている方が楽しそうだし笑顔だから」
「っ……それは、違いますよそれは。私はそういうあれじゃないんで」
「照れているのか」
「ち、違い……違わないんですかね。いや、嫌ですよ私は。漫画読んでそれに憧れて、でもそれは漫画やラノベを読んでいなかったらつかめたなんて現実。それはあんまりにも、あれじゃないですか? 今までの自分を否定されるような。それは、死んでも認めない」
非常に気まずい、地雷を踏んでしまったような空気だ。
退散しようか。嫌われたなら逃げても後腐れないし、ストーキングもこれで終了。
「気を悪くしたなら謝るよ。じゃあ席を外すということで」
「待ってください」
逃げようとして振り向くと、背中から思いきり抱き締められた。
「うわっ!」
「私をこんなに寂しい気持ちにさせておいて逃げようなんて友達甲斐のない人ですね。私たちはもう一蓮托生でしょう! あの日から! 貴女が私を強く抱き締めてくれたあの日から! こんなにずけずけと言ってくれる人は親教師にもいなかったんですよ! それはもう友達として責任をとってくれるべきでしょう!! 私を悲しくさせた分だけ私を楽しくさせないと!!」
「いやっ! いやぁっ! ごめんごめん悪かったって!」
「こんな人生で普通の友達ができなくたってねぇ! こんな人生だから貴女や篠田さんに会えたってわけですよ! マイフレンド日角さん! マイフレンドォー!」
自分から戸津には二度と会わない。
私はそう固く、固く、かたぁく誓ったのであった。
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戸津と出会ったし、篠田と出会ったし、ストーキングという趣味はなかなか、良いものではないと感じ始めた。
いや、戸津ほどの暴君は早々いないわけだが、それにしても最近になってハズレの存在が私に重くのしかかっていた。
こんな趣味を持たず、普通にやっていたら素敵な青春が送れたかもしれない、と戸津は思ってしまった。
それは図らずも私にも同じ問題としてやってきた。この趣味が露見しなければ、もっと静かにいろんな奴を観察することができたかもしれない。
友達が欲しいだのとは考えたことがないが、変に目立ったり注目されるのはごめんだ。
この趣味を恨むつもりはないが、成り行きで今のように変に知名度が上がってしまったのは不本意だった。
今の状況で、何かいいことなんかがあったとしたら。
「あ、日角さん、おーっすおっす」
「か、河、部」
「なんかまた騒ぎになったんだってね。退屈しなさそうだねぇ」
河部時雨、この爽やかなスポーツマンという感じの女は『雨の中で自転車で疾走する』のが趣味の女だ。
妙にこいつと一緒にいると私はときめく。言葉はろくに出てこなくなるし、自分が惨めで恥ずかしい気持ちになって居ても立っても居られなくなる。
離れてもしばらくは河部のことばかり考えてしまうし、なのに河部はそんな私にも他の人と違わないように明るく接してくれる。
爽やかの権化でありながら優しさの権化のような、清く正しいスポーツマンってイメージの女。
「わ、私は別に、楽しくなかった」
「そうなんだ。へー。聞かせてよ、何があったか」
「…………いいけど……」
なんで私はストーキングしていた奴と喋っているんだろう、といつも考える。別に私はストーキングしていない間に人と喋ることに抵抗はないけれど。そうは言っても微妙な緊張感はある。
それでも、私は少し悩んでいたことを話した。
普通にしていた方がよかったんじゃないか、と悩みつつも変な趣味のおかげで良かったこともあるんじゃないか、とか。
それを河部はへえーとかほおー、と大袈裟な相槌を打ちながら笑って言った。
「そういう友達かぁ、素敵じゃん。私だって日角さんがストーキングしてなかったらこんな風に話してないわけだしね」
「う、うん」
「じゃあ良かったじゃん! ねー」
「う、うん……」
確かに、きっとこういう趣味でなければ河部とは出会わなかっただろう。
そして、それで変な目立ち方をしているからこそ、河部はこんな風に声をかけてくれるんだろう。
そういえば、戸津が変なことを言ってたなぁ、と喋ろうとして口が震えた。
百合、女性同士の恋愛。
何それと思った。見ず知らずの文化で、それを戸津や篠田に対して言えば鼻で笑えていたのに。
河部を前にした途端、妙に水位が上がるように視線が河部の顔に向けられて、そのまま真上まで向いた。
ああ、神よ。
これはそういうことですか?
「どうしたの、日角さん」
「えーっと……ですね」
「あ、私部活だから」
「はい!」
笑顔で手を振る河部を見送って、笑顔のまま立っていた。
火が出そうなくらい恥ずかしい気持ちだったのが、今は凍てつかん勢いで冷めていく。
恋愛、恋愛は言い過ぎだろう。
好きなのかもしれない。
くらいのスケール感で。
「いや別に河部のことが好きなわけじゃない」
一人でそんなことを呟くくらい重症なのはわかっていたけれど、とりあえず私はそういうことにしておいた。