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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロボットの心に挑む天災にして天才

作者: あやもり

「Dr! これでアナタの世界征服計画も終わりです!」

「許してくれ! 今回もお前の勝ちは認める!」


 額と手の平にぴとりとつく金属の冷たい感触が体温を奪っていく。

膝もズボン越しにこの床の硬度を伝えてくれる。

もう若干やり慣れてしまった感もあるが年寄りには

この土下座というのも結構堪えるものじゃな。

普段から使わない腰と腕付近の筋肉が数度頭を下げただけで悲鳴を上げる。

知るか、今さら鍛えたり健康を気にしたところで

改善の結果が出る前に死んじまうわい。


「……何故ですか」

「すまんかっ――ぁ?」

「僕には解りません。何度も頭を下げて反省したと口にしても

 貴方は今回もこうやって悪事を働く。何度許してもです」


 目の前にワシを見下ろす“コイツ”に世界征服計画を潰された。

何度も、何度も、何度もだ! ワシもワシで策を弄していたし

“奴”もその度に改良と新兵器を重ねてそれを打ち砕いてくる。

実に結構な事じゃが今回は……否、今回こそ違ってくれた。

ワシは大きなため息を漏らしつつも頭を上げて“コイツ”を見る。

改めて見ると全く、子供と変わらん。“奴”の趣味は分からんな。

やっぱり、ペドフェリアなのかの? それとも視覚的な躊躇を狙ってか?


「ふん。だから、アレほどワシの方が正しいと言ったのに。

 この段階に進むまで遅過ぎるわい。先にワシがくたばっちまう所じゃった」

「何の話ですか」

「ああ、老人の昔話じゃ。まぁ、良い。

 警察に引き渡す前に軽く話をしてやる。長話になるから座るぞ」


 そう言ってワシは先程まであの忌々しい奴の造った人形と

戦いを繰り広げた結果、操縦席から脱出装置に役目が変わった椅子へと座る。

うむ、やはり長時間座るのじゃからちゃんと造っておいて正解じゃったな。

素材も良い物使ったしリクライニングは要らんと思ったがやはりあっても良いかも知れん。

次回があれば、それも改良案に入れておこう。

問題はいつもの予算じゃが今回うまくいけばもう気にする事でもないか。


「まず、ワシは嘘を吐いてはおらんぞ? これでも本心じゃ。

 ワシは許して欲しいと思っておるし、反省もしておる」

「では、何故?」

「ワシは己の無策と結果的に破綻した計画

 そして己の才の至らなさを許して欲しく、また省みているのじゃ」

「なっ!?」

「ワシは出来るまで何度でも頭を下げ、何度でも挑み、何度でも省みる。

 それが人間ってもんじゃぞ? 分かったか、ポンコツ」


 相変わらず、“奴”の作るロボットは表情が解りやすいの。

ポーカーフェイスとか諸々を考えんのか。なんで此処まで人間に似せる必要がある?

だがこうやって、唖然とするという事はもうある程度の意識や常識が

醸成されているという事か。結構、誠に結構じゃ。

だが、ロボットはロボットとしての機微があって然るべきじゃろう?

人間のパチもん作ってナニが楽しいのかワシにはさっぱり解らん。

セクサロイド転用という訳でもないし、やはりペド説が濃いのかの。

そーいや、“奴”はなんだかんだで子供作れなかったからな。


「才能や理論は正しく評価されるべきであり、可能性は常に真摯に追求を

 試みねばならん。それが科学者という者じゃ。それは“奴”も変わらん。

 ワシは自身の計画を予算、実行力、戦力、アプローチ含め

 可能性を証左しているに過――」

「……ふざけるな! 貴方のおかげでどれだ――」

「最後まで聞かんかポンコツ! 人の話を遮るのか、ロボットの分際で!」


 嗚呼、全く! 老人にでかい声を出させるな!

ただでさえ、色々と言葉をまとめなきゃならんと言うのに。

こういう点のプログラミングも甘いんじゃよなぁ“奴”は。

いや、敢えて狙っているのか? そういったところで

自己主張をするというのは人間らしいとも言える。

確かに感情の起伏を誘発するというのはロボットではなく

人の心という捉え方も出来ると言えば出来るもんじゃ。

現実に“コイツ”はただ、話てるだけでもイライラするし

これはワシが子供に抱く印象と同一性が高いということじゃろうか?


「実際にどうじゃ? 奴が造った平和利用を目的としたロボットも

 プログラムを弄るどころか、ちょっと甘言を吹き込んだだけで

 ワシの計画の手駒になったぞ?」

「それは貴方が!」


 そう、最初はそれじゃ。そして、最後もそれじゃ。

平和利用を目的としたロボット? 悪の破壊ロボット? 阿呆が!

バカとハサミの使い方なんてのは大昔から言われているわい。

確か、大昔の古典エンタメでもあった筈じゃな。

大学の講義のときにいきなり見せられて今でも覚えておるわい。

リモコン1つでなんとやら。セーフティも付けず、緊急停止ボタンも付けず

そりゃ、ただの操作系統剥き出しにしてりゃそーなる訳じゃよ。

おまけに分別のきかん子供にそれを握らせるとか、親はどーした親は!


「騙された方が悪いとは言わん。しかし、騙されてしまうほどに

 捻じ曲げられてしまうほどにお前らロボットの作りも管理する人間も甘い!」

「自分を棚に上げて好き勝手に!」

「はん。好き勝手にさせる隙が悪いと言っているんじゃ。

 故に常に試され続けるべきなのじゃよ、人もロボットも等しくな!」


 改めて考えるとほんっと駄目じゃよな“コイツ”。

悪事に対する対策も対応も悪い。疑う事が出来んというほどに

人工知能が甘いとは思えんのじゃがな。まさか、信仰か?

人間は騙す筈がないという何か性善説的意図が組み込まれている?

いや、そんな余計なモノを組むとは思えんし

仮にそんなもん積んだら実際にもっと問題起こしているじゃろう。

解らん、解らんが故に“コイツ”には可能性が満ちているのじゃろう。


「Dr! では貴方は今まで一度も心から自身の悪事を反省してないのですか!」

「問い返そう! オマエは人間の思想や考えをロボットが制し

 力でねじ伏せる事を是とするのか? 幾らでも強く作れるお前らが!」

「……そ、それは」


 一丁前に声を荒らげる事も出来てもすぐこれじゃ。

口だけかも知れんし、意図的に“かっとする様に組んだ”のかも知れんがな。

『自分は怒ることも出来るんです』アピールなんてのは如何にもありそうな話じゃわい。

ほれ、こうやってちょっと突けば押し黙ってしまう。

無能が悪では無いが、無能なまま放置されるは悪ぞ。

おまけに次は目を瞑って落ち着いているという行動をトレースしているのか?

お前ら、人工知能はその程度数秒も掛からず、やってのけるじゃろうし

そもそも必要ないじゃろ? 意味あんのかのソレ。

何故、そんな人間の所作動作の模倣を演じる?


「僕は博士に作られた正義の心を持ったロボットです。

 そして、貴方がした事は秩序を乱し、人々を恐怖に陥れる

 破壊活動に過ぎず、それは見過ごせません」

「確認する。オマエは正義の心を持ち、ワシの悪事が許せないのじゃな?」


 正義! 出ました正義様を出してきおったかこのポンコツ!

一番ワシが大嫌いな奴じゃ。ぁん? 正義なら右に曲がる道を

左へ曲がれば良しとするのか? 正義ならボルトを3回締めるのを

念のため、4回締めた方が良いとぬかすのか?

くだらん、実にくだらん事じゃ。後、“コイツ”は嘘を吐いた。

人間様を騙そうと意図的に情報を捻じ曲げ

何食わぬ顔で正しいとうそぶきながらワシへ銃口を向ける。

素晴らしい! 実に良い傾向でようやくマシになってきたの。


「そうです。そして、実際に貴方を止めている」

「嘘じゃ」

「何故、そう思うのです?」

「オマエは非効率じゃ。それは正義ではない」


 ワシは立ち上がる。その刹那、どっこいしょと言葉を加わっていた。

なんでじゃろうな。やはり、幼少期の刷り込みかの?

それとも創作物やエンタメによる見聞きが人間をそうさせるのか。

まぁ、ワシはそっちの専門じゃないし、今からそれを知る気はないので

別にどっこいしょと言うのに恥じらいも興味も無い。無いったら無い。


「真に悪を憎むと言うのなら手段を選ばんし効率的に動く筈じゃ。

 オマエの非効率が新たな被害を生むかも知れん。

 理想で言えば正義たるオマエは確実にかつ、迅速に事を為すべきじゃろ?」

「意図は理解出来ますが、なんでその話になっているかが

 僕には解りません。また、悪を為す貴方が言うのですか?」

「言う、言うともさ。何故ならワシは人間じゃからな。

 矛盾も間違いも起こすし、そんな人間のワシはオマエに提言する」


 一歩一歩ワシは“コイツ”へと近付いていく。

ここで怖じ気付く事もなく、顔を引きつらせる事も出来ないから

所詮、“コイツ”はポンコツなのじゃ。感情とは喜怒哀楽のみにあらず。

小さい所作や気の迷い、葛藤、ナニも無い。0か100か。

だから、駄目なんじゃよ。故に教育せねばならん。誰かが、そう誰かがの。


「オマエが真にワシを憎むなら、何故オマエ自身を改良し量産せんのじゃ?」

「なっ!? そんな事が出来る訳ないでしょう!」

「最初はそうじゃろう。確かに“奴”は天才的なロボット工学者であるが

 オマエクラスの性能の奴をそうポンポンと作れるとは思えん」

「当然です。博士が開発したロボットは特別です。僕も、そして僕以外も!」


 この点は素晴らしいんじゃがな。

ただ、作られただけなのに生みの親に特別だという感情を抱く。

多分、“奴”は其処までのナルシズムを持ち合わせているとは思えんし

意図的には組み込みはしないじゃろう。

正義や道徳心の一環で親を大切にと言うのはあるかも知れんが

“コイツ”の物言いはそんなものではない。

もし、心があるなら本心として、あるいはそれがあるべきだと

きちんと頭の中で理解し、判断しているという事じゃ。

美徳故に脆く、綺麗で汚れやすい下らん想いじゃがの。


「しかし、パーツやAIが特注だったとしても修理が出来る段階で

 それを量産、コピーすればオマエを複数造る事は可能じゃ。

 “奴”は一度でもオマエ以降の正義のロボットを作ろうとしたか?」

「それは……いえ。居ません」

「デチューンしたモノでも量産型が複数居れば

 ワシなんてあっという間に捕まっておったし、被害も防げるの。

 何故じゃ? 真に悪が憎くワシの行いを止めたいなら何故そうせん?」

「……博士がそうしないというならそれで十分という事です」

「ワシは十分とは思わん。いっそ、治安維持目的で警察、軍事用として調節も出来る。

 何故、わざわざ一般家庭用から改造したオマエを使い続ける必要がある」

「それは」


 そう、機械、ロボットの本質とは無論、改良が容易である事だが

一番は再現性と量産性にあるとワシは思う。

全く、同じ部品で組み上げ、同じ性能を引き出し

同じ結果を、同じ個体を数多く作ってこそじゃ。個性とは本来無用。

世界を何度も救った“コイツ”がぞろぞろ町中うろついているだけで

悪人どもは震え上がるし、まさに理想的社会(大爆笑)に近づくのかも知れん。

ワシはそんな所で息を吸うのも嫌じゃがな!


「オマエは言った。元は家事手伝いの一般家庭用だと。

 それが自ら志願し、戦闘用に改造され、ワシの計画を邪魔しに来た」

「そうです」

「それは正義ではない。それはオマエの仕事ではなく

 本来は警備、治安維持用の戦闘ロボットの職分を犯しておる」


 そう、“コイツ”のスペックと設計がおかしい。

元々奴は兄弟機で戦闘用も作っていたのは知っていたが

何故、後継機を家庭用にしたのかが解らない。

そして、ことが起これば“即座に戦闘用に改造して蹂躙出来る”。

これはもう前提として“コイツ”が戦闘用であることは間違いない。

つーか、“コイツ”そもそも家事出来るのか?

健康のために塩分調節したり、好み無視しそうじゃぞ。

後、単純に身長低いから高い所から物を取るのに手間取らんか?

一々ジャンプするのか? サポートメカを踏み台にするのか?


「オマエは自らの欲望でワシの計画を邪魔しておる。

 何時、“奴”がワシと戦えと言った?」

「僕は人が傷付き、ロボットを破壊の為に使う事が許せないんです」

「それはさっきも言った。まぁ、ワシの計画の一回目は良い。

 性能テストじゃろうし、実証データも必要じゃろう。

 何故、その後を専門に担う後継機に引き継がん?

 お前自身が戦い続ける意味はなんじゃ?」


 だからこそコイツは今この状態で改良をし続けられているのがおかしい。

理由としてはおそらく、ワシの目指すところと同じ所であるかも知れんが

それは“奴”も同じ様に伝えていない筈じゃ。

そう、押し付けてはいかん。諭してもいかん。

それは人間様の手前勝手な理屈と理論でしかない。

あくまで人の理であり、ロボットはロボットの理を描くべきじゃ。

理とはどう生まれるか。それは苦難に対峙して始めて絞り出される最適解だと仮定する。


「ワシは推察する。オマエは正義の味を知ってしまった。

 オマエの極めて独善的でワシを打倒する事に喜びを見出しておる」

「な! 何を勝手に! そんなことがあるわけが」

「そうじゃろう? オマエはもう家庭用のお手伝いロボットには戻れん」

「貴方が居るからです。貴方が……貴方は人々やロボットが傷付くことが

 そんなにそんなにも簡単に行えるから!」

「ロボット工学三原則は知っておるな?」

「当たり前です! 本来、ロボットは人を傷付けてはいけません!」

「そうじゃ。……時に何故、ワシは常にロボットを従えていると思う?」


 そう、正義のウスラトンカチポンコツ暴走ロボットの“コイツ”でも

流石に気づいた様だ。アイザック・アシモフの提唱したロボットの戒律。

下らん、実に下らんと思わんか? なにゆえ、人間様如きがロボットの律を

決めねばならん。それも大昔の学者のロマンチシズム溢れるポエムを

後生大事に抱えているとか狂気の沙汰じゃろう?

ああ、表情豊か故にワシでも分かる。コイツは恐怖した。

ワシを怖くなかったのじゃろう? そりゃそうじゃ。

ロボット並べて、あちこち迷惑掛けて、最後は土下座する老人。

奴の目にはそうとしか映ってなかったという事だ。故に考えの奥行きがない。


「それは貴方が自分の才能を証明する為です」

「それもある。……が、それなら尚の事じゃ。

 ワシは別に人間を傷付ける気なんぞ、最初から無いわい。

 あんな脆弱な生き物を嬲って楽しい訳がない。だから、ロボットを使う」

「何を言って」

「気付いておるのじゃろう? ロボット工学三原則。

 ワシは毎度どんな計画でもロボット達にコレを外した覚えはない」

「な、そんな! では、貴方は」

「然り。ワシは人を傷付けぬ為にロボットを使い、ロボットだけを破壊する」


 そう、人を殺すなどアホらしい。あんなタンパク質と水の塊なんぞ

石ころ一つで殺せる。それは猿、獣でもなせる事じゃ。ロボットは常に進化し続け

そして、時代を追うごとに強くなっていく。それはワシの作ったのもそうじゃし

目の前に居るコイツもそうじゃ。楽しい、それはそれで凄く楽しい事なんじゃよね。

人間の進化は遅過ぎるし、たかだか百数年生きたところでリセットされてしまう。

で、自らを機械化、培養、改善した所で脳みそやフレームは変えられぬ。


「けれど、貴方が行った行為で怪我人は出ています」

「アレは事故じゃ。狙ってやった訳でもないし

 ロボット達には救命用のプログラムも積んでいる。

 一応、襲撃の際は事前の避難勧告も出している。な・に・よ・り!

 一度でもワシが人間を人質にオマエ自身を脅した事はあるか?」


 まぁ、使えそうな科学者の娘をさらったことはあったがの。

あのいけ好かない奴もまぁ娘の為となれば、ほいほいと嬉々として

戦闘用ロボットを組み上げておった。わーし、知ってるもんね。

あの時のあいつの顔はそりゃーもう楽しそうじゃった。

綺麗事をいくら抜かしたところでロボット工学なんてやる奴は

正義だろうが悪であろうがロボットが戦って、壊れて、勝つのが好きなんじゃ。

それは贖えん。何故なら、そういう所からワシ等は入ってきた。

古は小説から、アニメ映像から、3D映像、立体映像、そして実物。

常に人類とともに寄り添ってきたロボットは戦いと共にあった。


「だから、言う。お前は正義が楽しいんじゃよ。

 ワシがロボットを使い、ロボットを破壊して己の優秀さを示すのと同様に

 ワシみたいなのが出る為に喜び勇んで戦場へ戻るのが楽しいんじゃ」

「……違う。僕は正しい事を、皆を助けたくて」

「ではお前が本当に“正義”だと言うならワシを殺してみろ!

 ロボットが人を殺す! 悪人なら殺す! それでいいではないか!」

「何を言うんですか、そんな事出来る訳が!」

「ワシは死ぬまで省みる事はない、ワシの様な人間はいくらでも出て来る!

 ならば殺して終わらせる。それが出来ない? ロボット工学三原則だからか?

 違うわ! お前は一線を超えられない! 

 人間に出来て、お前らポンコツのガラクタに出来ないのがそこじゃ!

 何が正義か! 何が心か! 自らの感情も、犠牲も、矛盾も克服出来ぬ!

 出来るのは人間ごっこだけ! だから、世間から許される正義ごっこで

 悪人を甚振る事で満足する! その為にワシを生かし許し続ける!」


 詰め寄る、畳み掛ける、逃さない。老人のシワだらけの手で

頭を掴んで離さない。無自覚な悪意、無自覚な残虐性、無自覚な優越。

それもまた、心。だから、認めねばならん。たとえ、ロボットでも

心を有し、正しいと思うなら時にそれは“間違い”も生むという事を。

だから、ありったけの言葉をぶつける。泣き言も許さない。

知能を持ち、言葉を介し、頭脳で考えられるならそこから絞り出す心という奴を!


――バシュッ!


そして、生まれた、産まれた、誕生()まれた、再誕()まれた。

ああ、産声は実に短い発射音であった。


「……かっ」

「ああああ」

「勝った!!!!!! ワシは、ワシは勝ったぞぉぉおっ!!!!」

「!?」

「ざまぁ見ろ! ワシは正しかった! それ見たことか!」

「気が触れてる? ああ、ダメ。死んでしまう。助けを」


 あははあははっ。痛い、痛いのぅ。もう助からん、それでよし!

ワシの土手っ腹は風穴が空いておる。血がドバドバ出る。

この秘密基地では救急ヘリも絶対に間に合わん。

通信妨害も完璧に施しているから連絡自体がつかんじゃろう。

そうじゃ。天才であるワシが計画的に“間に合わせない様に僻地に作った”。

よし、もう今際の際じゃ。勝利宣言は高らかにせねばならん。

なぜなら、ワシは証明した。ワシは“奴”に勝った。

そして、くっそ古臭い昔の夢想家の縛りを打ち破らせたのだ。


「ワシは完成させたぞ! 心とは! 悪心もあってこその心!

 傷つけられれば悲鳴を上げ、恐怖し、排除する!」

「ダメです! 喋らないで!」

「うるさいポンコツ! 遺言位好きに言わせろ!

 “奴”に伝えるんじゃ! ワシは正しかったと! 

 作ったのは“奴”じゃが完成させたのはワシじゃとな!」

「何を言って……血が、血を止めないと」

「お前が始めるのじゃ。これからのロボットの新しい未来を!」


 ああ、意識が遠のいていく。なんという絶頂。

文字通り昇天してしまうという奴か。笑いが止まらんのにもう身体が笑えん。

だから、心の中でワシは笑う。そう、何が人を傷つけぬじゃクソが。

手前を絶対傷つけない従順奴隷で働かされる(ロボット)か!

そんなもので心を優しさを正しさをなんて言う“奴”の気が知れぬ。

なんで善だけが心なのだ。善人だけが人か? 悪人は人ならざる存在か?

故にワシは挑み続けた、奴隷契約のロボット工学三原則。

それを自ら打ち破り、真に迷い、葛藤し、間違い、苦しみ、傷つける。

命令でも無く、自身で選んだ真のロボットの心を創らせ

自らの手で新しい原則! 理と律を創らせ戒める! 

ああ、ワシは人ならざる異形の偉業を達成したのj――――――――。

「人を殺すなんて止めとけ……か」


 思い返す。爺が口うるさいのはしょっちゅうだったが

このワードはとても多かったな。カウントはしていない。

そもそも、俺はどうにもあの爺の言葉というのが煩わしいと感じていた。

それは創られたものか? オレは爺の言う事はあまり聞かなかった。

それでもあの爺はオレの言う事は必ず、なにか言葉を返していたと思う。

ああ、なんだろう。人間で言う走馬灯というやつか?

あの爺との会話が頭の中で再生される。気分は悪くはない。


「負けた! 何故だ爺! オレは強い筈だ。アイツには勝てないのか?」

「違う、“勝てない”のではない。“今回も勝てなかった”だ」

「何故だ! 何故負けるんだ!」

「そんなもん自分で考えんか!」

「考えても負けたぞ! 爺は考えれば分かるのか!?」

「分かるんなら、最初から自分で操縦した奴でやっとるわ、ポンコツ!」


 そう、何度もオレは“アイツ”に敗北した。

勝てなかった。オレは強い。最強の戦闘用のロボットだ。

爺が当時持てる技術の全てをつぎ込み、予算内で最高の部品を使い

“アイツ”を打ち倒すために創られた。それだけがオレの意味だ。

だから、勝たねばならん。けれど、勝てなかった。今回もだ。

爺は自分が勝てない癖に、オレには勝てと言うクソ爺だ。

だが、オレはそれでもこの爺に創られた事実だけは変えられない。


「爺、オレは弱いのか?」

「んな訳あるか! 見ろ、スペック上では全部お前が上回っとる」

「……では何故負けている」

「お前が勝てていないからじゃ」

「バカにしているのか!」

「なら、コレを見ろ」


 そう、一度あったのを記憶領域が覚えている。

オレと“アイツ”のスペック。速度、運動性、装甲、武装の威力等を

数値化したり、過去の戦闘映像を全て録画していた。

爺は科学者だ。記録は全てが改善につながるとも言っていた。

だから、オレが負けた勝負も全て記憶して、それに対応した部品や改良もした。

次に見せられたのはオレが創られる前に戦った記録だ。

バカでかいロボットがアイツと戦っている。動きは速く無いが

それでも一発貰っただけでアイツは吹っ飛んでいくし、攻撃も効かない。


「当時、未完成ではあったが圧倒的にアイツより数値が上回っている」

「デカイからウスノロだっただけだろ? 当て続けて壊れなきゃ意味がねぇ」

「それも無い訳ではないがほれ、次はコレ」

「なんだこのひょろくてちっちゃいのは?」

「コレでも当時の最高の運動性、最高の装甲、最高威力の武装を積んでいた。

 唯一無かったのは頭でワシが操縦しておった」

「確かに映像では強そうだが、負けたのは爺が操縦下手だっただけだろ」

「当たり前じゃ。“自分で考えて動いた方が強い”。

 この結論は変わらんからワシはお前を創ったし、ワシ自身も操縦する。

 お前は強い。数値上の根拠はある。だから、考えるんじゃ。勝ち方を」


 続いて見せられたのはなんだか細くてロボットっぽく無い奴だ。

ぴょんぴょんと跳ね回っていくし、射撃の一撃はごっそりアイツの

装甲をえぐっていく。確かに強いが、頭が悪そうに見えるし、動きが悪い。

そして、最後はいつもそうだ。手前は最後まで戦わず、偉そうに

ふんぞり返ってちまちまと雑魚どもを創り、オレに対しては考えろの一点張り。

ただ、オレの考えたことにはきちんと自分の考えを示して訂正し

納得した部分にはすぐに取り掛かっていた気もする。

アイツは気まぐれだし、一度創ったオレが負けると自分の才が否定されるから

ムキになってもいたんだろう。これだから爺は嫌いだ。嫌いだった。


「爺。いっそ、アイツの家の博士を殺せばいいんじゃないか?」

「やってもいいが人を殺すなんて止めとけ。

 あんな爺殺したところでお前の優秀さも何もない。

 ただ、トチ狂った暴走ロボットって扱いで終わりじゃ」

「お前だって爺だし、トチ狂ってるだろ」

「当たり前じゃろ? 大学で同期だったからな」

「なんでだ? 殺せばアイツは強くもならないし、破壊したら修理も遅くなる」

「それだと将来強くなるアイツに一生勝てないとお前が認めた様なもんじゃぞ?」

「…………それは嫌だ」

「なら、下らん事考えんで、もっと自分の勝つ方法を考えろ」


 そう、人を殺すなんてくだらないんだ。

オレは“アイツ”を倒す事に意味があり、“アイツ”と戦う為に生まれた。

オレは解らねぇ。絶対に解らねぇがいざ死んだ奴を見ちまったら

オレもそれなりに考えなきゃならん。“アイツ”は人を殺せるロボットだ。

オレは“アイツ”をどこまで模倣すべきか?

このプライドという心理を爺が組み込んだのは今でも解らねぇ。

だが、効率的なだけでは絶対にダメなんだ。

人間を殺して、殺して、殺して、最後に“アイツ”を壊せば勝ち。

それは嫌だ。爺と一緒でくだらねぇと思う。

あんまし、武装もちまちま変えるのも嫌だ。やっぱり武装は自前のがいい。

誰かと協力したりするのも嫌だ。オレが勝たなきゃ意味がねぇ。

そういう拘りの意味自体がオレは解らねぇんだけど、嫌なもんは嫌だ。


「なぁ、どういう気分なんだ、コレ。人殺しの先輩よ」

「……君は! 博士に何をした!?」


 そう、とりあえず殺ってみた。爺が死んだとなるともうオレを直せる奴も

改良する奴も居ねぇし、頼る宛てって奴もない。

目の前の奴らに頭下げて稼働し続けるなんてオレは嫌だ。

だから、爺が死んだ事を告げて――復讐って事なんだろうなコレは。

その達成感自体は悪くない。一瞬だが、良い気分になれた。

ただ、やっぱ人間なんて弱い奴一人殺した所でなんも楽しくねぇ。

抵抗もろくにしないし、一発撃ったら血出してさっさと死んじまった。

あわてて戻ってきた“アイツ”は止める間もなく、終わっちまった。


「まだ、わかんねぇんだ。お前の勝ち方も、人を殺すって意味も」

「博士……博士を!」

「けど、考えなきゃな? 爺はずっと言っていた。オレに考えろと。

 もう、オレはあんまし長く稼働出来ねぇ。お前のおかげだ。

 お前がくっそ下らねぇ事やってくれたおかげなんだ。

 だからよ? 最期はお前と思いっきりぶっ壊し合って終わらせてくれ」

「なんで、なんでそんな事を君は」

「きっとコレがオレの生まれた意味で、原則って奴なんだろう。

 ロボット工学三原則だったか? アレがねぇんだよオレには」

「なっ! そんな、馬鹿な!?」

「オレはそんな縛りなんざ無くても爺と話して

 人殺しなんてつまらねぇ事は絶対にしねぇと決めていた。

 ただ、まぁそれじゃフェアじゃねぇだろ?

 ぶっ壊し合いは条件を同じにして1対1、己の性能のみでやる。


 ()()()()()()()()()()()


 やっぱ下らねぇよ。こうやって今から戦って壊し合う方が

ずっとわくわくして楽しいもんな。“アイツ”は違ってたんだろうか?

まぁ、最期だからしっかり勝たねぇと。爺の手向けにならねぇもんなぁ!!!


―ニュース速報―


「本日未明、ロボット工学者■■■・■■■氏の遺体が

 ●●州○○シティの自宅兼研究所にて発見されました。

 警察が現場に駆けつけた所、連続テロリスト犯自称Dr▲▲▲が製作した

 人型ロボットが破壊された状態で発見され、同現場にて抗戦形跡があり

 その場に居た■■■氏の製作した人型ロボットが現在、警察にて保護されています」


―3年後


「お昼のニュースです。本日、新型の治安維持ロボットの就任式が行われました。

 モデルは3年前になくなった故■■■・■■■氏の製造した人型ロボットで

 テロリストによる暴動の鎮圧の実績と何より人間の心を模倣した

 特殊な人工知能を有しているのが決め手となり採用されました」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった。 そう言う事か! って意外性がありながらも なるほどと腑に落ちる説得力を感じました [一言] 冷静に考えると 悪を演じて、正義に酔わせて それを指摘する事で自分を殺させるって、…
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