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「大丈夫ですか江崎彩人さん。」
僕とホブゴブリンの間に割って入って来て、魔物を一刀両断した少女がこちらに声をかけてきた。
「あ、あ……。」
何故かここで僕は声を出すことができなかった。
震えている僕に少女は何事もなかったかの様に話しかけてきた。
「大丈夫ですか。お怪我は?」
「は、はい。大丈夫です。怪我もないです。」
「分かりました。本部。」
彼女が左耳に付けているインカムに指をかけ、何やら連絡を取り合っている。
多分「魔物対策本部」の隊員なのだろう。
「魔物対策本部」とは、字面通り魔物の出現に対応する国直営の組織である。
町の中を含めた要塞内はもちろん、要塞付近の魔物の出現も全て対応しているんだとか。
だが僕と同じくらいの少女も所属しているとは。
周りを見渡すと、ゴブリン達はもうすでにいなかった。
おそらく、ホブゴブリンが斬られたことから、逃げ出したのだろう。
辺りを見渡し終わると、少女が腰が抜けて立てなかったこちらに手を差し出してきた。
「立てますか?」
「あ、ありがとうございます。」
差し出してきた手をありがたく借りて、立ち上がる。
その時、一瞬彼女の手が震え、さっきまで端正だが無表情だった顔が歪んだ。
・・・そんなに僕は重かっただろうか。
一応50kgを切っているのだが。
ズボンの土埃をあらかた叩き終わると彼女が
「では町まで護衛いたします。」
「ひ、一人でも行けますけど。」
「魔物は確認できなくなりましたが、一応送り届けるのも仕事なんで。」
女の子に送ってもらうのは少し気が引けたが、まだ恐怖感が抜け切れていなかったので送ってもらうことに……あれっ?
少女の顔を見て思った。
「顔色が悪いですよ? 」
すると少女は慌ててフードを被り、顔を逸らした。
「さあ、行きましょうか。」
そして早足で町へ歩き始めた。僕はその背中を追った。
町まで少女の隣を歩き始めた。
雲行きが少しずつ怪しくなり、太陽の光が少しずつ雲に遮られてきた。
少女は口を開かない。
無言で歩く訳にもいかないので、少し話しかけてみることにした。
「あの、あなたって魔物対策本部の隊員何ですか? 」
少し沈黙してから、
「まあ、そんなところです。」
「そうなんですか。」
せっかく久しぶりに異性と話すので、日頃よく使う、少し社交的な振る舞いで話をしてみる。
「あの、新聞などで知ったのですが、魔物を討伐するのは、隊員単独じゃなくて、部隊で動くんじゃないんですか? 」
「一般的にはそうですが、見てわかる通り、特例もあるってことです。」
「・・・あの、聞いておいて何ですが、そんなに喋っても大丈夫なんですか? 」
「まあ、大丈夫でしょう。」
案外彼女が淡々と話すので、少し驚いた。
でも、これももちろん彼女のあえての態度なのだろう。
黙っていれば護衛対象が不安、あるいはパニック状態に陥る可能性も大。
だからこそのこの態度で話しているのだろう。
「一人で動くの大変じゃないですか? 当然魔物の討伐とか。」
「慣れているので。」
「そうなんですか。」
ここで二点ほど疑問が浮かぶ。だが、一民間人としてこの機会に聞いておきたい質問を優先してみる。
民間人を不安にさせる可能性があるグレー、あるいはブラックな質問なので少し気は引けるが。
「あの、あまり聞くのも良くないかもしれないのですが、要塞の中にどのくらいの頻度で扉が開いてるんですか? 」
この質問に彼女も答えずらいらしく、すぐには答えなかった。
しかし、彼女は口を開いた。
「そうですね。具体的には当然言えませんが、民間人が考えているより楽観的な状況ではない、とだけ言っておきましょう。」
「そうですか。」
昔新聞で読んだことがあるのだが、魔物対策本部などの重要施設には扉の出現が分かるレーダーなる物があるらしい。対策本部はそれを用いて対処しているのだろう。
「あの、新聞では町中に魔物が出現したら、警報が鳴り、住民の避難が始まると聞いたのですが。」
「・・・ここから話す事は噂にもなっているので話しますが、実は、小規模の魔物なら警報なしで対処するんです。」
「それは混乱を避けるためでしょうか? 」
「はい。その通りです。混乱を避けるために小さい魔物くらいなら警報なしで対処するんです。だから対処中に民間人がそれを見てしまい、噂に上がっているんです。」
「なるほど。そして混乱を避けるためにあえてそれを公言しないんですね。」
「そんなところです。」
彼女がうなずく。
「中規模から大規模の扉が万が一、町中に開いたときのみ警報が鳴ります。ですが、街の外の平野になると大規模以外警報が鳴らないので、あまり町の外に出ない下さい。」
「分かりました。気を付けます。」
いくらか話した後、町に着いた。
僕は彼女に向き直り、感謝の言葉を述べる。
「今日はありがとうございました。助けていただいた上にお話もしていただいて。」
「任務なので。では。」
そして少女は魔物対策本部のある方へ体を向け、歩き始めた。
その背中を見ながら、今さっき思いついたもう片方の質問を投げかけるか悩んだ。
このまま不快な感じを自分の中に残したくもないので、興味本位で聞いてみる。
「あの、すみません。」
「はい?」
「あの最後に聞きたいのですが、何故僕の名前を知っていたのですか?」
「……。」
不思議だったのだ。
何故僕を助けた直後、『大丈夫ですか江崎彩人さん。』と、僕の名前を知ってるのかが。
事件の詳細をまとめるために、魔物に襲われている人間を救助した際、被害者の詳細を調べる権利を魔物対策本部は有しているだろう。
しかし、襲われて数分でそれができるとは思えない。
だからこそ、その発言は不可解なのだ。
彼女は立ち止まり、こちらを振り向いた。
「……その程度の事答えをする必要ありますか? 」
「え……。」
少女がこちらに歩を進めてくる。
「あなたがゴブリン達を吹き飛ばしたあの力。明らかに不自然でしたよね?そして……。」
少女が纏っていたコートの前を開ける。
見えたのは黒色のダイビングスーツの様なスーツに防護用なプレートを身に着けているだけ。
つまり武器を持っていないのだ。
「私がホブゴブリンを一刀両断したのもまた不自然なことでした。」
少女が僕の目を覗き込む。
「私もあなたも同類ってことです。」
彼女と目が合う。
その目は、彼女の真っすぐな光の様な、内なる意志が思考を貫いてきた。
そして少女が距離を取る。
「ではお気をつけて。江崎彩人さん。」
少女は本部に向かって歩き始めた。
少女と別れてから僕も家に向かい始めた。
僕と同じような力を持つ人がいたのだ。
いままでそんな人と会ったこともなかったので、本当に驚いた。
しかし、僕と彼女とでは大きな相違点があった。
それは『自身の力と向き合っているかどうか』である。
僕はこの力を「憎むもの」であるのに対して、彼女にとっては「己が好む武器」なのだ。
彼女もまた今までその力に何度も振り回されたはずなのに……。
そんなことを考えていたら、雨が降り始めていたことに気づいた。
髪の毛もそこそこに湿っており、寒さも感じて。
「あ、洗濯物取り込むの忘れてた。」
そうして僕は急いで家に向かい始めた。