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これは私の中に刻まれた物語だ。
「何だこれ!気持ち悪っ! 」
「やめろよ江崎。これ何とかしろよ! 」
「おぇ。キモすぎだろ。」
僕だって出したくて出してるわけじゃない。勝手に出てくるんだ。
「せんせー。○○君達が江崎君にいじめられてまーす! 」
「おい江崎! なんだこの状況!説明しろ! 」
僕が望んで手に入れた力じゃないのに。
「うわあいつ。体から変な黒いうねうね出してる。キモッ。」
「もう近づかないようにしよ。てかあんな奴と同じ学校で勉強したくな~い。」
昨日まで仲良く話していた友達が一気に離れていく。
いや、むしろ今まで一度も僕には友達がいなかったとも思った。
どうして、どうして、
僕にだけ、
こんな得体のしれない力が宿ったのだろう。
ここは何の変哲もなかった地球。科学が進歩し、誰もが己の人生に向き合いながら生きていた時代。
しかし、この地球は4年前から君達の住んでいる地球とは大きく変貌を遂げた。
1つは、この世界に魔物達が現れ始めたことだ。
彼らは転移門を世界各地に展開し、あらゆる町を蹂躙した。
兵器の力を用いるも、ありえないほどの生命力といくら殲滅してもわいて出てくる、おびただしい数の魔物に、人間は消耗戦にじりじりと追いつめられていた。
生き残った人間たちは各地に要塞を築き、武力を集中させて対抗するという手段を取った。
そして2つ目は、ある特定の人間に得体の知れず、摩訶不思議な力が宿っていることだ。
ここは要塞内にある町の隣にある湖の畔。
僕、江崎彩人がここにいる理由はもちろん、自分の居場所が町の中にないからだ。
得体の知れない力があるせいで、僕にはどこにも居場所がない。
友達は当然いないし、両親は僕が小学生の頃に交通事故で無くなった。
だから日が昇っている間は湖の畔で自分のスケッチブックに絵を描いている。
1人暮らしで贅沢はできないので、いつも黒鉛筆のみを使って風景画を描いている。
両親がいた頃は色鉛筆や絵の具を使ってより細部にまでこだわって描いていた。
しかし、今では誰にも自分の絵を見せる人間はいないし、何より今の僕の絵を描く技量は常人と同じくらい、あるいはそれ以下だ。
遠近、影、そして何より直線と曲線。それら全てが自分の思い通りに描けないのだ。
出来なくなったのは両親が死んでからだ・・・。
特に考えることもなく、ぼーっとしながら湖を見ていると、背後に気配を感じる。
振り返ると、そこにはゴブリンが3体並んでこちらににじり寄って来ていた。
その目は、目の前の餌に食らいつくことにワクワクしている、それでいて動物の持つ獰猛さが窺えた。
奴らは包丁のような短剣を握っていた。
その時僕の中には恐怖では無く、何か言葉では表現しづらい、無の感情の様なものが湧き上がった。
そして思ったことは、
ああ、俺はこれから殺されるのか……。
という事無に近い気持ちだけだった。
自分の力と苦しい人生から解き放たれる事のみを考えていた。
奴らが飛び掛かってくるのがスローモーションのように見えた。
そして彼らの短剣が僕の胸に突き刺さる直前、彼らの体は軽々と吹き飛ばされる。
僕が突き飛ばしたのではない。
僕の体の周りには黒い霧のようなものが取り巻いていた。僕に宿る「得体のしれない力」というやつだ。
こいつは僕が死ぬ時必ず体の周りに現れ、僕の死を阻止する。
理由は僕には分からない。だが一つ言えるのは、この力のせいで僕は今まで死ぬほどつらい思いをしてきた。
自殺を止めてくるから、僕はこの力との縁を絶対に切り離せないのだ。
どうせ僕は死ねないが、奴らが気絶している隙に、荷物をまとめて始める。
荷物がまとまったら町に向かって歩き始める。
すると、自分の3m先の頭上にゲートが突然開き、中から巨体が降ってきた。
「!! 」
それにはさすがに僕も驚いた。
ゲートのほとんどは要塞を内部から襲撃するために用いられる事例が多く、こんなに何もない草原にゲートが開いた事例は今まで聞いてことがない。
そして出てきたのは新聞でしか見たことがなかったホブゴブリンだった。
背は3m越え。生身の人間が戦えば瞬殺だろう。
「ウガアァァ! 」
ホブゴブリンは吠え、担いでいたこん棒を振りかざし、僕に向かって思いっきり振った。
「力」が発動し、僕の体は霧で包まれるも、大きく吹き飛ばされる。
「ふぐっ!」
大きく地面に叩きつけられ、頭を掴まれる。
「力」は発動するも、手は振りほどけない。
頭を掴む手の力はますます強くなる。
そこでようやく悟る。
僕はここで、ようやくこのくそみたいな世界と自分を不幸にさせた元凶の「力」から解放される。
僕は死ねるんだ。
ホブゴブリンが不敵に笑い、こん棒を振りかざす。
すると次の瞬間、ホブゴブリンの体が頭から真っ二つに割れた。
僕は尻餅をつき、顔を上げる。
するとそこには少女が立っていた。こちらを振り向き、問いかけてきた。
「大丈夫ですか江崎彩人さん。」
これが彼女との出会いだった。