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クレッセント・ムーン

作者: 東尾さとみ

 「マサヤ、ごはんよ!早くおりてらっしゃい!」

 階段の下からママが呼んでいる。ぼくはあわてて返事をした。

 「いま行く!」

 「すぐによ!」

 ママのぷりぷり怒った声が遠ざかっていく。どうやらここへ上がっては来ないようだと分かって、ぼくはフーッと、ためいきをついた。

 でも、いますぐにでも下りて行かないと、ママはきっとこの屋根裏部屋まで上がってくるにちがいない。「なにしてるの、もう、いいかげんにしなさい!」と怒りながら。

 だからぼくは、いそいで一階に下りて行った。しっかり、おなかもすいてたしね。

 夕ごはんもお風呂もすませてしまうと、ぼくは自分の部屋に入ってカギをかけた。今度の家で気に入ってるのは、こんなところだ。ちゃんとカギのかかる、ぼくだけの部屋があること。

 ぼくとパパとママの三人は、きのう、この家に引越しをしてきた。

 引越し屋さんは、すごいスピードでどんどん荷物を運びこんだ。この日のために仕事を休んだパパも、ママといっしょになってコワイ顔していそがしく働いた。

 ぼくも手伝いたかったのに、「ジャマだからどこかで遊んでらっしゃい」とママに家を追い出されそうになった。引越してきたばかりで、どこに行って遊べって言うんだろう。

 ぼくはあんまりゲームとかが好きじゃない。みんなは、ぼくのことを変わってるって言うけど、ぼくは本を読むのが好きなんだ。

 こんなことなら読みたい本をランドセルに入れておくんだった。ランドセルには教科書しか入ってない。本はみんな、引越し荷物のダンボールの中。がっかりだ。

 ぼくはランドセルからノートを取り出して、ペン・ケースからシャーペンを取り出して、「お話」を書くことにした。でも、ノートを広げる机どころか、すわるためのイスもない。部屋もダメ、階段もダメ、庭もダメ。

 それなら公園でもさがしてみようかと思ったけど、ママに聞いたら、「やっぱり外には出ないで。近ごろ何かと物騒なんだから。二階の上に屋根裏部屋があったはずだから、ちょっと見てきて」と言われてしまった。

 ぼくはなんだかモーレツに腹が立った。だから、最初から「お手伝いする」って言ったのに!

 遊んで来いと言ったり、やっぱりダメだと言ったり、仕事を言いつけてみたり。大人ってほんとに勝手だよな。

 「今日じゅうにぜったいに使えるようにするんだから!」と、ママはすごくはりきってる。

 ま、いいか、とぼくは思った。台所を手伝わされるよりは屋根裏部屋のほうがずっと楽しそうだ。屋根裏部屋って、窓はあるのかな?それとも真っ暗だったりするのかな?

 この家って、パパのおじいちゃんが住んでたんだ。ぼくにとってはひいおじいちゃんだ。

 一階にも二階にも、そのひいおじいちゃんが使ってたという家具があった。「ちょっと古めかしいけどステキだわ。このまま使いましょうよ」とママが言って、ほとんどの家具はそのまま使うことになった。

 家そのものも古めかしい。ぼくたち家族がどうしてここに住むことになったのかはよく知らないけど、ぼくにはラッキーだったな。なんたって、自分一人の部屋がある!

 学校は転校しなくちゃならなかったけど、ぼくは平気さ。転校生ってカッコイイ。新しい学校もすごく楽しみだ。といっても、この夏休みが終わってから新しい学校に通うようになるんだけどね。

 引越し屋さんの作業のジャマにならないように気をつけながら、ぼくは二階への階段を上がっていった。

 二階の部屋は全部のドアが開かれていて、窓も全部あけられていた。庭には背の高い木がたくさんあって、セミがうるさく鳴いているのが聞こえてくる。さっき庭から見上げたときは、どこにいるのか分からなかったけど、二階の窓からなら見つかるかもしれない。

 でも、それはまたあとだ。夏休みは始まったばかり。セミ取りはいつだってできるさ。

 奥の方のドアが屋根裏部屋への階段になってるって、ママが言ってたよな。

 廊下を進んでいって、一番奥のドアを見つけた。他の部屋のドアとは違って、物置かな?っていうような、ちょっと小さめのドアだ。ここは閉まっていた。階段にドアがついてるなんて変わってる。昔の家だから変わってるのかな?

 ぼくはドアを開けて、屋根裏部屋へ続く階段を上がっていった。階段の上には、もう一枚ドアがあった。上へ押し上げる形のドアだ。あれれ。ちょっと重い。

 長いこと開けられなかったせいなのか、屋根裏部屋に入るドアは開けにくかった。金具のところがさびていたのかもしれない。でも、力を入れてエイッと押すと、ちゃんと開いた。さあ、屋根裏部屋についたぞ。

 あれれ。やっぱり暗い。ぼくはじっと目をこらした。真っ暗じゃないから、なんとか見えそうだ。ドアを開けたままにしておけば下からの光が入ってくるし、見上げれば、天井近くに小さな窓もあった。

 ほこりくさいような、かびくさいようなにおい。でも、それはそんなにイヤなにおいというわけじゃなかった。

 夜に来たら真っ暗で気持ち悪かったかもしれないけど、今は昼間だ。ちょっと薄暗いくらいは平気さ。 ぼくは屋根裏部屋に足をふみいれた。そしてぐるりと部屋の中を見渡した。

 色々なものがあった。ガラス戸付きの本棚には本がぎっしり並べられていたし、整理棚には箱がいっぱいつまっていた。どうやって入れたのかな?ドアはあんなに小さいし、大きな窓があるわけでもないのに。

 あ。これ、知ってる。蓄音機だ!

 かけられていたシーツみたいに大きい布を持ち上げると、りっぱな蓄音機があらわれた。すごいや。映画かなんかに出てくるのみたい。ちゃんと音が出るのかな?

 この大きな丸いのは、地球儀?これは月球儀だよね。これはなんだろう?分かった、映写機だ!フィルムもたくさんある。それにこれは。天体望遠鏡だ!えーーーーっ。パパのおじいちゃんって、どんな人?

 暗いからよく分からないけど、どれもすごく古いものだよね?もう使えないのかな。使えるといいなあ。修理なんか、できるのかな。

 箱の中も気になったから、手当たりしだいに開けてみた。なかみは筆記用具だったり、小ビンだったり、色々だ。使ってなさそうな食器もあった。ママが喜びそうだな。これは報告してあげなくちゃ。

 でも、それよりぼくが気になったのは本棚のなかみだった。

 すごーーく立派な金の模様の入った背表紙を見るだけで、なんだかうれしくなってしまう。ほとんどが外国語の本で、みんなちょっとだけカビくさかった。

 外国語なんてゼンゼン読めないから、何が書いてあるかは分からない。でも、さし絵のある本もあっったし、図鑑もあった。星の本や、植物の本、鉱物、動物、昆虫図鑑。なんでもある。写真なんかじゃなくて、すごく細かいイラストで描いてあって、とてもおもしろい。

 一冊だけ、変わった本を見つけた。

 それは、ぼくのノートや教科書よりも小さなサイズで、でも、辞書みたいに分厚かった。問題はそのなかみだ。

 信じられる?そこにはなんと、魔術の方法が書かれていたのだ。

 ところどころインクがにじんでいて読みにくかったけど、ぼくは夢中になってページをめくった。

 こんなにぎっしり、こんなにたくさん書いてあるんだから、ニセモノじゃないよね。イタズラでもないと思う。………それを確かめるには、ここに書いてあることを試してみるしかない。

 だから、ぼくはその本だけをそっと持ち出して、自分の部屋に隠した。みんなが寝静まってから実行だ!

 早く試してみたい気持ちを押さえつけながら、ぼくはごはんを食べたりお風呂に入ったりした。がまん、がまん。

 寝る時間になって、自分の部屋に入って、しっかりカギをかける。さあ、いよいよだぞ。

 本を手にして、ベッドの上で、ぼくは足を投げだしてすわった。目的のページには、しおりをはさんでおいた。ドキドキしながらそっと開く。

 そこには一行目にこう書いてあった。

 『月をつかまえる方法』

ぼくがこれを選んだのにはわけがある。

 本の中にはもちろん色々な魔術が出ていた。でも、あんまりキケンなものは試せない。悪魔や妖怪を呼び出したりしたら、どんな騒ぎになることか!

 それと、準備がカンタンなもの。これも重要だった。名前も聞いたことがないような薬草を三日三晩ナベで煮るなんて、ママに見つからずに出来るとはとても思えなかったし、昆虫の羽根やカエルの足とかを集めるのもすぐには無理だ。

 なにより、まずは本物かどうかを確認しなくちゃいけないんだから、すぐに実行できるものじゃなくちゃ!その点、『月をつかまえる方法』は、今晩すぐにでも実行できそうなものだったんだ。

 準備の内容はこうだ。

 まず、鏡を二枚用意する。大きなものでなくていいけど、小さすぎてもダメ。それから呪文をおぼえる。これは、ちゃんと正確におぼえて、スラスラ言えるようにしなくちゃならない。

 ぼくはお風呂場と洗面所から鏡を持ち出してきていた。スタンドミラーと手鏡だ。あとは呪文をおぼえるだけ。ぼくは暗記が得意なんだ。ぜったいに成功するよ。

 窓を開けて夜空をながめる。空にはきれいな三日月がのぼっていた。よし、がんばるぞ。

 ぼくは何度も何度も声に出して呪文をおぼえた。すっかりおぼえてしまうと、本を見ながら鏡の使い方を練習した。

 両手に鏡を持って、まずは右手に持った鏡に月を映す。それから左手の鏡を少しずつ動かしながら、右手に持った鏡に映ってる月を左手側の鏡に映すんだ。

 僕は心の中で呪文を唱えながらタイミングをはかってみた。よーーーし、バッチリだ!

 こういうときには、精神を集中させることが大事だよね。ぼくは、ラジオ体操の時みたいに大きく深呼吸をした。

 鏡をかまえて、もう一度深呼吸。そして最初の呪文を口にした。

 「○П∵¢#∞※Ψ§▲□ゞ∈」

 右手の鏡に月を映す。

 「☆≒@♭Χ▽〆★Ω♪√●■〓*∴*Φ◆≠Υ▼△∨∧ЮЭ◎」

 それから、続く呪文をつぶやきながら、ゆっくりと左の鏡に右の鏡の月を映していった。

 呪文を言い終わった時、二つの鏡はチカッと変な風に光った。

 ぼくはびっくりして、鏡を落としてしまうところだった。とっさに空を見上げると、さっきまで確かにそこにあった三日月は、なんと、消えていた。

 ぼくは鏡を二枚とも抱きかかえたまま、窓から大きく身を乗り出して空を見上げた。月がない!

 あわてて鏡をのぞきこむと、二つの鏡にはユラユラふるえる月が映っている。でも空には月がない。確かにない。

 やった!成功だ!

 ぼくはもう少しで叫び出すところだった。でも、ヘンだぞ。月が消えたのに空が暗くならない。なんでだ?

 もういちど空を見上げると、ユラユラかすんだ三日月が、もとあった位置に出現するところだった。えーーーーーっ。

 ぼくはゴシゴシと目をこすった。最初はユラユラしていた三日月は、今はもう、元通りにクッキリしていた。あれーーー?どうなってるんだ?

 そうだ、鏡!

 僕は両手の中の鏡をのぞきこんだ。さっきと同じに三日月がユラユラかすんだまま映っていた。

 これはどういうことだろう。実験は成功したんだろうか。それとも失敗だったんだろうか。

 「まあ、成功したってことだよ。お前にはきっと分からないだろうけどね」

 ぼくのすぐ耳元でいきなり声が聞こえたので、ぼくは心臓が止まるかと思うくらいにびっくりした。

 「だ、だれ!?」

 後ろをふりむいたけど、だれもいない。姿が見えなくて声が聞こえるってことは……ユーレイ?

 「失礼な。ユーレイなんかじゃないぞ。ここだ、ここ。下を向いてみろ」

 耳の後ろから声が聞こえるのに、どうして下なんだ?とは思ったけど、言われたとおりに下を見てみた。

 え?ネコ?

 僕の足元には、ネコが二匹すわっていたのだ。一匹は白で、もう一匹は黒だ。黒い方はなんだかすごくいばってる感じ。白い方はおとなしそうだ。

 どこから入ったんだ。いつの間に。いや、そうじゃなくて、なんでネコがしゃべるんだ!

 「まったく失礼な人間だな。ハルノブのひ孫とはとても思えん」

 「でも、まだ小さな子供じゃないか。かんべんしてやりなよ」

 「そうだな。まあ、かんべんしといてやる。おい、子供!」

 「……ぼくの名前はマサヤだよ」

 ネコと会話するなんてヘンな感じだけど、しかたがない。あいかわらずネコたちの会話は、ぼくの耳元に聞こえるんだけど、そんなことも、もうどうでも良かった。

 「それなら、マサヤ。さっさとお前が捕まえた月をおれたちに返すんだ」

 「え?」

 ぼくは鏡に映った月を見下ろした。これをこいつらに渡せってこと?なんで?

 「グズグズしない!さっさと返せと言ってるだろう」

 「なんで?ぼくが捕まえたんだよ。ぼくのものじゃないか。それに、なんでネコに返さなくちゃならないんだよ。これが君たちのものだっていうのか?それに、これはうちの鏡なんだから、あげるわけにはいかないよ」

 あとでママにしかられるじゃないか。鏡を勝手に持ち出して、なくしたって言われちゃうよ。

 「まったくあきれるぜ」

 黒ネコは、まるで人間みたいにタメイキをついてみせた。

 「いいか。月はお前のものじゃない。夜の女王のものだ。そしておれたちは女王のお使いで、月を取り戻しにきたんだ。月は、もとあった場所にもどさなければならない。今晩中にだ。分かったら、さっさと返せ」

 「もとあった場所ったって、月はちゃんと空にあるじゃないか」

 ぼくは空の三日月を指さした。説明できるものならしてみろよ!

 「あれは今の月だよ」

 白い方のネコが、なんでもないことのように、そう言った。

 「マサヤが捕まえたのは、今より前の時間の月。時間というものは、ひとつながりに連なっているから、途中が抜けてしまうのは良くないことなんだ。分かってくれる?」

 心配そうな目で見上げられて、ぼくは思わず、「ウン」と、うなずいてしまった。

 なんだかよく分からないけど、ネコたちが言ってることが正しいことは、なんとなく分かった。そうかあ。実験は成功したんだ。

 床の上に二枚の鏡を置いて、ぼくも床にすわりこむ。

 お風呂と洗面所に月を捕まえておいても、どうしようもないよね。これはネコたちに返そう。鏡は、ぼくのおこづかいで別の物を買えばいいんだし。

 「まったく。最初から素直に返せばいいものを」

 黒ネコがブツブツ文句を言う。ヤな感じ。せっかく返してやるって言ってるのにさ。でも、ネコが鏡をどうやって運んでいくのか興味があったので、二匹の様子をじっと見守った。前足で持って、二足歩行する、とか?

 すると、二匹のネコは前足で鏡をかたむけると、お皿から水でも飲むようにして、ユラユラゆれる三日月を飲み込んだ。ヒョイって感じで。

 ……おなかに入れて運ぶなんてびっくりだ。

  「ねえ、これから、その月を返しに行くの?」

 「よけいなおせわだ」

 黒ネコが、ツンと、そっぽを向く。

 「お前には聞いてない。どうせ、絶対に教えてくれないだろ」

 「そんなことはないぞ。ちゃんと聞けば、ちゃんと答える」

 「じゃあ、教えてよ」

 「態度がデカイな。でも、まあ、ゆるしてやる」

 黒ネコは、自分の態度はタナに上げて、えらそうにそう言った。

 「おれたちの体内から、女王様が、もとの時間の定まった場所に、ちゃんとお返しになったのさ。だから、おれたちの仕事はこれで終わりだ」

 「へえ。そうなんだ」

 今から直接返しに行くんだったら、ぼくも連れて行ってもらおうと思ったのに。残念だなあ。それじゃ、もうお別れ?

 「はい。お別れです。さようなら、マサヤ」

 白ネコがペコリとアタマを下げる。

 そうなんだ。お別れかあ。そしたら……。

 黒いヤツには頼みたくないけど、白ネコにはダメモトで頼んでみたいことがあった。『お礼』をもらえないかなって思ったんだ。だって、ほら。ちゃんと返してあげたんだし。

 「ふ〜〜〜ん。『お礼』が欲しいんだ」

 黒ネコが先回りしてそう言った。

 あちゃーーー。そういえば、こいつらって、ぼくの心の中を読んじゃうんだっけ。そんなら隠したってしかたない。バレバレなんだもんな。

 「そういうこと。ここにね、試してみたい魔法がもう一つあったんだけど」

 ぼくは例の魔法の本を手にとって、しおりをはさんでおいた別のページを開いてみせた。

 「空を飛ぶ方法?」

 読み上げて、黒ネコは思いっきりイヤそうな顔をしてみせた。

 「ダメダメ。これは失敗だったんだから。な?」

 と、白ネコに言うと、白ネコも、

 「そうだねえ。あれは失敗だったよね。第一、キケンだし」

 と、コクコクうなづいている。

 「失敗って………まさか、死んだんじゃないよね?」

 おそるおそる聞いてみる。

 「死にはしなかったけど、大ケガはしたよな」

 「ハルノブは、しょっちゅう大ケガしてたよね」

 二匹は、なつかしそうに、それから、ちょっと楽しそうに、そう言った。

 「ふ〜〜〜ん」

 キケンじゃない魔法を実験に選んで良かった。何か他のものを試してたら、ぼくも大ケガしてたかもしれないよね。

 「じゃあ、空は飛べないんだね」

 ぼくはとってもガッカリした声を出したのだと思う。二匹は顔を見合わせて、それからお互いをつっつきあっている。どちらが言い出すかをゆずりあっている様子だった。「お前が言えよ!」とかって感じに。

 「少しだけなら、キケンなく、空を飛べると思うよ」

 黒ネコがそっぽを向きながら、そう言った。

 「え?」

 「今回のお礼です。そんなにたくさんは飛べないと思うけど」

 白ネコは、そう言いながら、ぼくのひざに飛び乗ってきた。そして、ぼくの顔をペロンとなめた。

 ペロペロとなめられるたびに、ぼくの身体は少しずつ小さくなっていく。ぼくは叫び声をあげそうになるのを必死でこらえた。パパやママが起きてきちゃうよ!

 ペロペロペロペロなめられて、とうとうぼくは二匹のネコたちと同じ大きさになった。

 「よし。とりあえず、屋根に登るぞ」

 黒ネコは、さっさと窓から出て行ってしまった。

 ど、ど、ど、どうしたらいいんだ!

 「マサヤ、高いところがコワイの?」

 白ネコがふしぎそうに聞いた。

 「コワイってこともないけど。うーーん。でも、やっぱりコワイかなあ」

 「コワイのに空を飛びたいの?」

 「空を飛ぶことはコワイとは思わなかったんだよ」

 「マサヤの言うことは、どうもよく分からないなあ」

 白ネコはしきりに首をかしげている。

 「そしたら、やめとく?」

 そう言われて、ぼくは考えこんでしまった。

 ………やめる?

 ダメだよ!こんなチャンスはめったにないんだから、絶対に後悔する。

 「決心は固まった?じゃあ、行くよ」

 白ネコは窓からポンと飛び下りた。

 ぼくは、二匹のまねをして、エイッと窓にとびついた。小さくなった体はとても軽くて、ネコそっくりに身軽に飛び上がることができた。わあ………。

 ぼくはとてもヘンな気分だったけど、ネコと同じく四つ足で、窓から屋根へと飛び下りた。

 二匹はぼくを見て、何やら相談をしていた。

 「マサヤ」

 黒ネコが、ぼくをジロジロながめながら、こう言った。

 「人間の手足のまま四つ足になると、すり傷、切り傷がいっぱいできる。いっそのことネコになっちまえ」

 そして、ぼくの顔をペロンとなめた。

 「え?」

 ぼくは返事をするヒマもなく、ネコにされてしまった。前足を見下ろすと、シマシマの模様が目に入った。シマネコだ!

 なんだかヘンなことになってきたぞ。ぼくは、空を飛びたいって言っただけなのに、体を小さくされたり、ネコにされたり。だいじょうぶなのかな。

 「時間がないんだからな。急ぐぞ」

 黒ネコは、屋根から屋根へと飛び乗って、一番てっぺんまで登っていった。

 「マサヤ、ついてきて」

 そう言い残して、白ネコもあとに続く。

 ぼくも、おっかなびっくり、二匹のあとに続いた。

 三匹して屋根のてっぺんに登って、ぼくたちは夜空を見上げた。三日月は、さっきより少し傾いている。

 「よし。マサヤ、おれたちを信じてついてこい」

 「え?」

 黒ネコは、屋根から空中へと、なんでもないことのように足を進めた。

 白ネコがあとに続く。

 タイミングを逃したら魔法がとけてしまうような気がして、ぼくはあまり深く考えずに二匹のあとについて、そっと、空中に前足をふみだした。

 だいじょうぶ!

 魔法をかけられたネコの体は、ちゃんと空中を歩けるのだった。歩くことも、立ち止まることもできる。下に向かって歩くことも、上に向かって歩くこともできて、自由自在だ。

 「うまいじゃないか」

 黒ネコがそばにやってきて、あいかわらずえらそうに、そう言った。

 「マサヤは素質があるんだね」

 白ネコは、しきりに感心している。

 空を飛ぶのとは、なんだかビミョーに違うような気がするけど、空中を歩くのはなかなか楽しい。

 試しに、プールで泳ぐみたいにスイーーッと前足を動かしてみたら、体が前に進んだ。

 泳げるよ!

 平泳ぎみたいにしたら、ちゃんとスイスイ、前へ進んだ。

 これって、飛んでることに近くない?

 「カンもいいみたいだな」

 並んで泳ぎながら、黒ネコが驚いたように言った。

 「そう?」

 ぼくはうれしくて、得意になってしまった。

 うちの屋根の上をスイスイ飛び回って、ぼくは空の散歩を楽しんだ。

 「そのぐらいにしておけ。もう帰るぞ」

 黒ネコが声をかけてきた。

 「え。もう?」

 ぼくはゴキゲンで、黒ネコにピョンッと、じゃれついた。

 「よせよ」

 黒ネコがイヤそうにするので、楽しくて、またじゃれついてしまう。

 「マサヤ、その姿のままでいると、元の姿には戻れなくなっちゃうよ?それでもいいの?」

 白ネコが心配そうに言った。

 ……そうなの?

 そういえば、あんなに生意気だと思ってた黒ネコにじゃれついておもしろがるなんて、やっぱり、ネコの気持ちになってるからなのかな?

 なんだかアタマの中がフワフワして、どうでもいい気分になってきた。体は軽いし、空中の散歩は気持ちいいし、ネコになった気分はサイコーだ!

 「このまま、ネコになっちゃおうかなあ」

 思わずつぶやくと、二匹は顔をみあわせた。

 「どうする?」

 「仲間にしてしまう?」

 ゴニョゴニョと相談をしている。

 ぼくは空中でひっくり返って、大の字に伸びた。うーーーーん。気持ちいい!

 「おい、マサヤ、おまえ、ほんとうに夜の精霊になりたいのか?」

 「夜の精霊?違うよ。ぼくはネコになりたいんだ。にゃーーーーー!」

 ぼくは答えた。なんだかおかしくて、なぜか笑いがこみあげてくる。

 がまんしていられなくて、ずっとクスクスクスクス笑っていると、二匹は「だめだ、こりゃ」とかなんとか言っている。

 「女王様、助けて下さい!」

 二匹が声を合わせて空に向かって叫んだ。

 パンッ!!!

 いきなり耳元で風船が割れるような音がして、ぼくは瞬間的に目を閉じた。

 …………なにが起こったんだろう?

 ぼくはそっと目をあけてみた。

 まず最初に目に入ったのは、窓の外の月だった。おそるおそる視線を落とす。ぼくはまだシマネコだろうか?

 目に入ったのは、シマシマの前足ではなくて、シマ柄のパジャマを着た、いつものぼくの手。

 戻ってる!

 ぼくはベッドの上にいた。床にはぼくが持ち出した鏡が二枚、置いてあった。あの魔法の本も、ちゃんとそこにある。

 ………………夢、だなんてこと、あるのかなあ。

 時計を確めると、さっきから何分もたっていない。それにとっても眠い。眠って夢を見たのなら、こんなに眠いかな?眠気に勝てずに、ぼくはそのまま眠ってしまった。

 その夜以来、ぼくは他の魔法は試していない。ネコたちが「キケン」だと言ったのが忘れられないのだ。

 でも、そのうち、試すかもしれない。

 気になるのは、ママに「マサヤは、最近ネコ足で歩くのね。前は、バタバタとうるさく歩いてたのに、どうしたの?」と言われることだ。

 それから、手足をペロペロなめたくてたまらないのをガマンしてるってことは、ママにはナイショだ。

 ………こんな変なクセが直るまでは、魔法を試すのは、やっぱりやめておこうと思うぼくなのだった。




オワリ。





























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