プロローグ
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プロローグ
都市伝説が蔓延する昨今、人々の想像力から具現化した怪物達がいた。
ある者は人々を喰らい――ある者は生き血をすする。
それら人外の者たちを総称して【urban legends】と呼んだ。
人間側も対策を講じ、退治する者たちを人工的に作り出す。
十二人の人造人間――その者たちを十二星座にちなんで【退魔十二星】と名付けた。
一人一人が超人的な異能力を用い、どんな怪物にも対応出来るように造られている。
その力は遺憾なく発揮され、人々からアーバンレジェンズの脅威から救っていく様は、まさに現存するヒーローであった。
湿り気を帯びた熱風が吹く、とある真夏の夜。
一人のネット動画投稿者が、朽ち果てた五階建ての廃墟ビルの前で何やら準備している。どうやらビデオカメラを三脚に取り付けているようだった。
「これでよしっ!」
男はそう言うと録画ボタンを押し、動画を撮り始める。
「どうも~、熱チューバ―のGARINです」
今や三人に一人は投稿すると言われている人気の動画投稿サイト【NETTUBE】。世間では熱いとネットを掛けて【熱チューブ】と呼んでおり、投稿する者を【熱チューバ―】と呼ぶようになった。
その中の一人――GARINは都市伝説を題材に検証するという動画で、チャンネル登録者数が百万人以上いる超有名な熱チューバーである。
「今宵も数ある都市伝説から、最近やたらと話題に上がる【スレンダーマン】にスポットを当てたいと思います。なんでもこの後ろに見える建物、ここで出るという情報を頂きました。果たして本当に出るのか早速行ってみましょう!」
男はそう言うとカメラを三脚から外す。そして朽ちた建物へと吸い込まれるように入っていく。その入り口の横には○○研究所と書かれた看板が書いてあったが、男は気付かず通り過ぎていった。
建物の中はねっとりとした粘り気を感じるような空気が支配している。
「なんだこの感じは……」
カメラを握りしめる手に力が入るが、まだ入り口に一歩踏み込んだだけだ。
「今までにない雰囲気だな。でもここまで来てやらないわけにはいかない」
淀んだ空気を吸い込みながら自分に気合いを込め、再度録画ボタンを押す。
「はい! 只今入り口から一歩踏み出した地点にいます。すでにヤバい雰囲気が伝わってきており、私が入るのを拒んでいるかのようですね」
カメラを持ちながら語っているので、レンズ越しの目線は自然と一人称視点になっている。それが視聴者にはあたかも自分が入り込んでいるように見え、生放送と相まって動画の人気に一役買っていた。
「とりあえず一階から回っていきましょう」
視聴者はパソコンやスマホの画面上に言葉で反応する。
“待ってました! ”
“GARINさん、いつも観てます”
“今日も空振りじゃね? ”
“オワタw”
一つ一つの文言が波のように画面を右から左へと流れていく。
(よしよし、ファンもアンチも集まりだしたな)
男のタブレット端末の画面には現在の視聴者数がカウントされており、すでに千人を超えていた。
(ここでもう一つビックリドッキリネタを出すぜ)
男はおもむろに持ってきたバッグをから何かを取り出す。
「みなさん、早速ですが手っ取り早くおびき出すために、音を立てたいと思います」
“なんだ? 何するんだ?”
“どうせ下らないことだろ”
“スレンダーマン早く出ろよ”
観ている側はその場にいないからお気軽だ。ドンドンと煽るような発言が飛び交う。
「音を立てるにはやっぱりコレでしょ! ジャジャーン! ロケット花火~!!」
これがこの動画の日常なのか、場に似つかわしくない声色で面白可笑しく演出する。
そして男はその花火を地面に置き、直線に飛んでいくように微調整する。
「ではカウント――3……2……1……GO!!」で導火線に火を付けた。
着火された導火線は火花を散らしながら、瞬く間に筒状の本体へ吸い込まれるように入っていく。
瞬間――《ピューーイッ》という甲高い音を鳴らしながら、数十メートル先の暗闇へと飛んでいき、その後と破裂音が静寂に包まれたコンクリートという水面に、一滴の大きな波紋を伝える。
「うわっ! 思った以上にデカい音でビビった~」
男は胸を撫で下ろしながら、首に提げているタブレット端末の画面に目を向けた。すると視聴者の反応に変化があることに気付く。
“え!? マジで?”
“俺……見えちゃったかも”
“いやいや、どうせ仕込みだろw”
「は? なになに? みんなどうかした?」
“GARINさん、見えなかった?”
“大きな黒い影が一瞬……”
“ヤバいって! 早くそこから逃げた方が良いよ”
「……え? みんな俺をからかっているでしょ。はははっ」
そう言いながらも男の顔は引きつっていた。
(なんだ? 何かいるのか? 俺には見えなかったぞ)
胸の鼓動が早まる中、必死に動画を撮り続ける。手持ちの懐中電灯を奥の暗闇に向けたが何もいない。それでも不安が心の奥底から這い上がってくる。撮り続けるべきか、やめるべきかの選択。
(いや、ここでやめたら何を言われるかたまったもんじゃない。チャンネル登録者が減れば収入にも影響する。視聴者は金の元だ。逃がすわけにはいかない)
歪んだ思想が男を支配していた。
恐怖感よりも欲望が勝っていたのだ。
「引き続き撮っていきますよ~」
視聴者の言葉を無視し、二階への階段を上り始める。
“もういいって! 中止にしろよ”
“コイツは死ぬまで帰らないw”
“今回はさすがに……”
(まだまだコイツらで稼がせてもらうんだ。ちょっとは体を張らないとな)
もはや男の目に映るのは名声という名の二文字と金だけか。
二階の探索は何事もなく終え、三階――四階と上っていく。いつしか視聴者も先ほどの影は目の錯覚では無いかと思うようになり、再度男を煽り始めていった。
“やっぱ何もないね”
“今回も不発だったか”
“お疲れ様でした”
“もう撤収!”
(なんだよ、やっぱりガセか……。これじゃつまらない動画になっちまうな)
男は別の危機感を感じ、
「スレンダーマンさん! いませんか~。いたら出てきて下さいよ~」
と叫びだした。
その途端――上の五階から“ドタンッ”と物音がした。
(ひっ!)と叫びそうなのをグッとこらえる。
(今のはなんの音だ……)
男の足はすでに階段を上り始めていた。
五階に着く。まだ微かだが音は鳴っている。その音の出所は数ある部屋の一室からしている事に気付いた。
部屋の前にたどり着き、ふと扉の上に目をやる。そこには【被検体○○】と記載されたプレートが付けられていた。頑丈そうな分厚い扉は、内側から強引にこじ開けられたかのような痕跡が残っている。何かが逃げ出したであろう事は容易に想像できた。
ゴクリッと生唾を飲む。
(これってマジでシャレにならないぞ)
そう思いながらもなんとか足を動かすよう努力する。引き裂かれた扉の一部を跨ぐ瞬間、鋭利に尖った先端が男のズボンに引っかかった。
「――うわっ!」
つんのめるように部屋へのヘッドスライディングをかます。
「いたたたたっ」
肘が擦り剥け、血がにじみ出る。
(かっこわりー場面を見せちまった)
そう男は心の中で恥じていると、手に持っていた懐中電灯とビデオカメラがない事に気付く。
「あれ? カメラはどこだ?」
どうやら転んだ時に手から離してしまったようだ。
そこで始めて男は顔を上げる。
「――!!」
転がった懐中電灯が周囲を照らしている。男の視界に飛び込んできたのは、辺り一面が真っ赤に染め上げられた地面だった。引き裂かれた布きれ、何かの肉片らしき物、それらが壁にも張り付いており、その光景は正に地獄絵図といった感じだ。男は固まり、身動きが出来ない。それでもなんとか上半身を起こす。
「カ……カメラ」
録画の赤い点滅が見えた。それは何か長方形のテーブルのような物の下に入り込んでいる。そこで男は首から垂れ下がっていたタブレット端末に目を向ける。画面はヒビ割れていたが視聴者の言葉はビデオカメラの目線になっているので、自分の今の状況が言葉の反応として見えた。
“ズッコけたのは面白かったが、なんか……ヤバいよな”
“GARINさん、後ろに何かいるって! ”
“誰か早く警察に連絡しろよ”
“そういうお前がしろw”
(は? なんだよ――何言ってんだコイツらは)
状況が把握できない男は苛立ちを隠せないでいた。そんな時――指に滑り気を感じ、ふと人差し指を見る。
「これ……血だ」
赤黒くなった自分の指、辺りに立ちこめる鉄の錆びたような香り。周囲の赤色全てが血だと悟る。途端それが恐怖感として波のように押し寄せてきた。背中の肌からは水滴がひとしずく流れ落ち、今すぐにこの場所から逃げろと、体が言っているかのようだ。次第に水滴の数が増していき、「はぁ――はぁ……」と呼吸は無意識に速まる。やがてその水滴が冷や汗だと気付いた時には既に遅かった。
背に感じる異様な圧迫感。
言い知れぬ不安感。
そして一人でいることの孤独感。
その全てが恐怖という名の死神。
振り返れば死ぬという絶望感が男を取り巻き、締め上げているかのようだった。
「逃げ……なきゃ……」
言葉とは裏腹に体は言うことを聞いてくれない。
――その時、背後に感じた存在が横に来るのを感じた。
『くくくくくっ、キミはこのボクを探してきたのかい?』
ハッキリと聞こえる不気味な声。
「あ……あぐっ…………い……いやだ」
『いや? それはどういう事だい? キミは何しにここに来たんだい?』
「――ごめ……んなさい」
『謝る意味も分からないな~。それにそこで転がっているカメラ――キミのだろ? 拾ってあげるよ』
そう言うと声の主はビデオカメラの前まで行き、拾い上げる。それは同時に男の視界に入ってきた瞬間だった。
体は細身で背が異様に高く、ネクタイを締めたスーツ姿。腕が地面に着くかのように長く、頭部に髪の毛は無い。肌の色は雪白。目らしき物やくぼみは無く、口は耳元まで裂け、牙が無数に生えている。それは正に都市伝説に聞く存在その者だった。
「ス……スレンダーマン」
『なんだ、ボクを知っているんじゃないか。ホラ、笑顔を見せてよ』
スレンダーマンは拾い上げたカメラのレンズを男に向ける。
男は怯えながらもタブレット端末へ目を移すと、そこには視聴者の言葉が自分の顔と一緒に映し出されていた。
“あわれ、GARIN。視聴者を金の元と思っていた報いだ”
“ご愁傷様”
“自業自得おつ”
“それより誰か警察に連絡したかw”
そこで始めて気付かされる。今まで応援してくれていたと思っていた視聴者の心根が。誰も自分の事を心配もしていなければ、面白がっている事に絶望すらした。
(コイツら……クソッタレども!)
『おやおや、笑顔が無いね。それなら作ってあげよう』
そう言うとスレンダーマンは片腕を上げ、指先を広げる。その指先は鋭利な刃物のように変形していった。その大きな手のひらは男の顔の数倍あり、人差し指と親指で両頬を簡単に挟む。
『そ~ら、笑ってごらん』
「――ひっ!」
暗闇の中、懐中電灯の光の乱反射で鈍く光るスレンダーマンの指先。その先端が触れた肌からは温かい液体が流れ出た。
「や、やめ……てくれ」
『――やめないよ』
男の怯えと懇願した顔を見ながらスレンダーマンの口角が上がる。
――瞬間、“サクッ”と鋭利な指先が小気味いい音を奏でながら、男の口の中で交差する。それは男の頬が裂かれた悲痛の音でもあり、惨劇の始まる合図でもあった。
「うぎゃーーーー!!」
『あ~、ダメだよ叫んじゃ。ホラ、ボクみたいに口が裂けちゃったじゃん』
だらんと下がった口元からは大量に血が噴き出す。その一部始終はカメラ越しに視聴者へと届いていた。
“グロい”
“閲覧注意でしょ”
“これってどうせヤラセでしょ”
“警察はまだですかw”
画面越しの言葉は心無い言葉で埋め尽くされる。
『言い顔つきになってきたね。そういえば知っているかい? ボクはね、人間の恐怖を感じている姿が大好物なんだ。だからもっともっと怖がってよ』
指先という名の名刀を今度は男の目元へ持って行く。
「……」
男の反応が薄いのを見てスレンダーマンは手を引っ込め、口を閉じた。
『キミ――もうつまらないや』
手に持ったビデオカメラを放り投げる。
ガチャンッという音とともに地面に転がるカメラは、レンズが偶然にもスレンダーマンと男の二人の絵面を映し出していた。そのカメラも電池残量が残り少ない事を表す赤い点滅が光り出している。
『キミが何をしに来たか分からないけど、凄く多くの恐怖を感じる。そのカメラの奥――先かな』
そう言うとスレンダーマンはカメラの方を向きニヤリと冷笑した。
視聴者はその様子を見て、誰も一言も言葉を発しない。
『次はキミたちだよ』
スレンダーマンの口は大きく開かれ、顔のほとんどが口と言わんばかりにまで広がった。そこから覗く無数の牙からは唾液がダラリと垂れ下がり、地面を濡らす。
――そして異形の存在は男を丸飲みにした。
それを見越したかのようにビデオカメラの電源は切れ、生放送は終わりを迎える。
朽ち果てた廃墟にまた静寂が訪れた。
それから二時間後、視聴者の通報によりこの凄惨な事件は明るみに出る。
テレビの報道関係各局が大々的に取り上げた。見出しはこうだ。
《人気動画配信者、謎の失踪! 生放送中に起きた不可解な出来事!! これは誠か、それとも注目を浴びるための虚偽の愚行か!? 真実はいかに》
この事件によりGARINの動画チャンネルは全て削除され今はもう観ることが出来ない。
“つぶやきチャンネル”なる掲示板サイトには様々な憶測が飛び交っていた。
GARINを擁護する発言、否定する意見、人それぞれの感情のままに掲示板は言葉で埋め尽くされる。
だが一つだけハッキリと分かるのは、実際にGARINはこの機に姿を現すことはもうなかったという事実だろう。