転
「しょ、しょうがないじゃないかぁ! 今朝帰ってきて、今日のお昼までしか時間がなかったんだから!」
「それなら、もう少し情報を集めてからでも良かったのでは……」
隔日で活動したことは今までもあったけれど、連日は初めてじゃないだろうか。
おっと、今なにか動い……兎か。
「だって、早くしないと後輩君の予定が埋まっちゃうんじゃないかと思って……」
声をトーンダウンさせつつ、怒られている子どものようにしょんぼりとしてしまった。
部室の時もそうだが、そうやってしょげた顔をするのはずるいと思う。普段はとても明るいのに、このギャップは否応なしに僕を惹き付ける。
「……先輩も知っての通り、僕は友達が多くはありません。なので、言ってくれればいくらでも付き合いますよ」
遠くの風景から目線を外さずに答える。今の顔を見られるのは、少し照れくさい。
「……分かった」
少し持ち直したのか、返事ははっきりしたものだった。
それから少しの間。
互いに一言も発すること無く、僕は山の生態系の調査を行い、先輩はアレを一房消費した。
―――
「ところで、毎回私が情報を仕入れている気がするんだが、キミもなにか未確認生物について情報はないのかい?」
二房目も半分を過ぎた頃、テントの中から先輩が聞いてきた。
その間、ツチノコを探すのは専ら僕の担当だった。未だに、その姿は確認できない。
「そういえばそうですね……なにかあったかな」
さて、と考え始める。書物として知った知識はあれど、口伝で知ったものはあるだろうか。
いや、そもそも講義の時間外に人と話すことは、殆ど無いじゃないか。
自身の交友関係の少なさに、我ながら呆れてしまう。
……いや、待てよ。そういえば――
「以前、学食で食事をしている時に教えてもらった話が、一つありますね」
「ほほぉ! 興味深いね、一体どういう話なんだい?」
お腹が満たされたのか、中で仰向けに寝転がりながら耳を傾けている先輩。当初の目的を忘れているかのようだ。
「『ワリカタ』という怪異の話ですが、聞いたことはありますか?」
「いや、初耳だね。どういった内容だい?」
「人型の怪異で、見た目は人そのものらしいです。ただ、特定の言葉とその意味について知らないので、そこで見分けられるとその女性は教えてくれました」
説明を終え、語ってくれた司書風の女性を思い出す。講義では見たことがないから、おそらく同学年ではないだろう。
校内の図書館受付でお世話になったことはないが、もしかしたら本当に司書なのかもしれない。
「女性、だって……?」
「? えぇ、僕がUMA同好会の人間だと知っていたのか、相席になった時に――」
「っ!! 後輩君! 私というものがありながら、キミってやつはぁ!!」
「せ、先輩っ!? 僕が聞いてほしいのはそこじゃないです! あと、あの女性とは特になにもないですから!!」
本筋ではなく別の場所に反応されてしまった。そして僕は、先輩の彼氏ではない。
残念なところである。
「そ、そうか。それならば良いんだ、うん! キミも分かっているじゃないか! はっはっは!」
意図せず怒られ、いつの間にか納得されて、少し困惑する。
ただまぁ、これで話を進められるならば、良しとしておこう。
「落ち着いたところで先輩。この話、どう思いますか?」
ふむ、と言いながら、顎に手を当てて考え始める。背伸びして大人の真似をしているようで、少し微笑ましい。
「人への擬態といえばドッペルゲンガーを思い出すけど、性質はまるで違うね。外面は取り繕っておきながら、特定の知識がない、か……」
「はい。見分ける基準として提示されている以上、特定の言葉とは、おそらく専門的な知識が必要な事柄ではないと思います。僕も、トリニトロトルエンの化学式は書けませんし」
「その条件なら、文系大学のうちの学生は、殆どが厳しいだろうね。しかし、その仮説には同意だ」
とすると、一般常識レベルの知識がないモノが怪しい、か……?
思考の海を泳いでいた僕を呼び戻すかのように、
「分かった!」
という大声が背後から突然聞こえ、その場で少し飛び上がってしまった。
「なにが分かったんです?」
「ワリカタのことだよ! 人に擬態しながら一般知識がない……これは宇宙人が、地球を視察している証拠に違いないっ! つまり、正体は宇宙人だ!!」
「それはさすがに無理が――いや、有り得るの、かな……?」
「よし! 次に探すのはワリカタで決定だっ! さっき言った通り、ちゃんと付き合ってくれよ?」
「仰せのままに、会長殿」
結局、ツチノコが見つからないまま日付は変わり、就寝することになった。
UMAが見つかるのと先輩の寝相が良くなることだと、どちらが早いだろうか。