承
時間は進み、午後七時。
「ありがとうございましたー!」
店員さんに見送られて、店を出た。大学に入学してから―――正確には、同好会に入ってからか―――スーパーのお世話になることが増えた気がする。
買い込んだ食料を後部座席に積み込み、運転席へと乗り込む。
助手席では暇をつぶしていたのか、スマートフォンを操作している先輩の姿がある。
こちらが座席に座ったくらいのタイミングで、それをポケットに仕舞って顔をあげた。
「お待たせしました、先輩」
「やあやあ、私の分まですまないね! アレも買ってくれたかい?」
「勿論です、多めに買っておきましたよ」
「さっすが、勝手知ったる我が旦那だー! 早く結婚しようぜ?」
「はいはい、出発するのでシートベルトを着けて下さいね」
軽口をスルーされてぶーぶー言いつつも、しっかり着用する先輩。ただでさえ低い身長が、助手席に座ることでより小さく映る。
「毎度のことながら、誘拐と間違えられそうな構図だ……」
「なにか言ったかい?」
「いいえ、なんにも。それじゃあ、出発しますよ」
「うむ! 目指すは○○山だっ!」
「了解」
返事とともに、サイドブレーキを解除した。
―――
車を走らせること三十分。目的の場所まで、あと一時間半といったところか。
「ところで先輩、今回はなにを探しに行くのですか?」
毎回思いついたように付き合わされるので、特に尋ねることなくここまで来てしまったのだ。
「ふっふっふ、なんだと思う? 気になるかい? そうなんだね?」
運転中のため顔は伺えないが、声色からニヤニヤしたような雰囲気を感じる。
先程は冷たい対応をしてしまったので、今回は付き合おう。
「えぇ、凄く気になります。是非とも先輩に教えていただけたらな、と」
実際のところ、気になるというのは本当だ。山に行く以上、そこに関連する存在だと考えられる。
「私が教えても良いけれど、後輩君の考えが聞きたいかな。合っていたら、ご褒美としてほっぺにチューしてあげようっ!」
信号待ちで止まった時に横を見ると、わざとらしくタコのような唇で、キスのモーションをとっている。整った顔立ちが台無しだ。
それはそれとして。さて、なんだろうか。海外ならばビッグフットが有名だが、ここは日本だ。
メジャーなものは天狗が浮かぶが、山は神域とも言われることから、神かもしれない。
……いや、場所によっては女人禁制の場所もあるが、もしそうなら大丈夫なのか?
「ん……危険な場所ではないですよね? 向かっている山のことは、名前くらいしか知らないのですが」
「あぁ、そこは安心してくれたまえ。特に立ち入りが規制されているような場でもないし、祟られたという話も聞かない。よって、酒屋に寄る必要はないぞ」
「それなら問題ないですね」
だとしたら、神仏・妖怪の類ではないと考えて良いだろう。しかし、そうなるといよいよ思いつかない。
接吻が惜しいわけではないが、分からないのだから仕方ないのだ。
「……降参です。いったい、答えはなんですか?」
「おいおい、サービス問題だぞ? ご褒美はお預けだな。答えは……あれ。後輩君、キミって蛇は平気だったかい?」
平気ではあるけれど、そういうことは出発前に聞いてほしいなぁ。
―――
「ということで、今回はツチノコを探しに来たんだっ!」
「おー」
午後九時を回った頃、予定通りに件の山に到着した。
麓の駐車場で車を降り、荷物を運びながら会話をしている。
僕はキャンプ用具一式を持ち、先輩には買い物袋とライトを持ってもらった。
「しかし先輩。山に登ると分かっていながら、その服装はどうなのでしょう」
白いワンピースと赤いスニーカーに、黒のショルダーバッグ。まるでショッピングと勘違いしたようなファッションをしている。
靴がヒールじゃない点は幸いだが、枝に引っかかって、服が破れてしまわないか心配だ。
「ん、似合ってないかい? 結構気に入っているのだけれど」
その場で手に持った袋を持ちながら回転してみせ、服を翻した。
周囲に人の気配はないが、その行動にはヒヤヒヤさせられる。
「似合ってはいますが、場に相応しくないだけです」
「んっ! なら良いじゃないか!」
先程以上の勢いで回り始めた。怪我をする前に止めておこう。
そうこうしている間に、少し森が開けた平地に辿り着いた。ここを拠点に、暗視ゴーグルでUMAを探すことになる。
軍でも採用されているモデルだとかで、中々の値打ちものだ。用意してくれた先輩には、感謝しかない。
「いえーい! テントだー!!」
設営を終えると、早速先輩が潜り込んだ。と同時に、スーパーの袋を漁っている。
「もうソレを食べるんですか? 朝食用だと思っていたのですが」
「なにを言っているんだ後輩君! 本来は朝食べるのが一番良いらしいが、栄養価の観点ではいつでもオーケーだ! それに君も、私が今食べるのを見越して、多めに買ってきてくれたんだろう?」
ニヤリ、という効果音が聞こえる笑みでこちらを見る。図星だ。
「そりゃまぁ、まだ先輩とは日が浅いですが、好みくらいは分かってきましたからね」
彼女の推理に対して肯定しつつ、一本ください、と彼女に手を伸ばす。
「ふふ、そうやって私の好き嫌いを把握しているところ、ポイント高いぞっ。早く両親に挨拶へ来てくれないかい?」
「旅費やこれのお礼には、いずれ伺いますよ。もぐもぐ」
ゴーグルを軽く持ち上げてみせ、受け答えをする。今のところ、動く影は見当たらない。
そもそも夜ではなく、日が出ている時間に来るべきではないか? とも思わなくもないが、毎度のことなので慣れてしまった。
「ところで、ここにテントを張ってしまいましたが、知り合いの方はどの辺りでツチノコを見たのですか?」
「っ!? あー……その、だね……」
明後日の方向を見て、目線を合わせようとしない。まさか……
「また確認を忘れましたね?」