起
「後輩君! 唐突だが、今晩付き合ってくれるかい!? 付き合ってくれるよね? ねっ?」
机に突っ伏した僕に話しかけてきているのは、身長150センチほどの女性だ。こう見えて先輩である。
ここは、僕が籍を置く大学のある一室。部室棟にある『未確認生物探求同好会』の部室だ。
この部屋にいることから想像できる通り、僕はこの同好会に所属している。
いや、正確には所属させられた、と言うべきだろうか。目の前の人物によって。
ニコニコしながらこちらを伺っているのが、三回生の先輩である。僕以外の唯一の会員にして、会長だ。
「……勘弁して下さいよ、先輩。今朝もずっと付き合わされてたんですから」
それだけ答え、再び顔を伏せる。
七時に解散して八時に帰宅後に就寝、十時に起きてシャワーを浴びたら大学へ。
これが今日の僕の流れだ。講義を一コマ終えて睡眠時間を補っているところに、件の彼女が部屋を訪れたわけである。
……僕より二歳も歳上なのに、元気なものだ。見た目に違わず、遊びに対しては小・中学生レベルのスタミナがあるのだろう。
「なんだい、若いのにだらしがないぞ? 確かに今回はUMAが見つからなかったが、今度は大丈夫だ! 任せてくれたまえっ!」
寂しい胸を張り、腰に手を当てて威張ってみせる先輩。身体の動きに従い、肩口で二つに結えられた黒髪が揺れる。
「今回は、じゃなくて、今回も、でしょう?」
ある時は、河童を見つけると言って県を二つ越えたものの、川遊びをして帰っただけ。
またある時は、モスマンを探しに行くとアメリカに渡ったものの、結局観光で終わってしまった。
先輩は本気でUMAを見つけるつもりでいるようだが、僕は半信半疑だ。いたら面白いとは思うけれども。
「今度こそ! 今度こそは大丈夫だっ! 私の友人の従姉妹の叔父からの、確かな情報だからねっ!」
「もはやそれは他人じゃないですかね?」
やれやれ、これはまた徒労に終わりそうな案件だ。
「だ、駄目かい……? 後輩君が行きたくないなら、私一人で行くが……」
しゅんとした顔をさせながら、こちらの顔色を伺ってくる。くそう、その顔はずるいぞ。自分の魅力を分かった上での仕草だ。
「……分かりましたよ。お付き合いさせていただきますよ、会長殿」
「っ!? そうか、そうかぁ! いやー、さすが私の愛しい後輩君だ! 愛してるぜっ?」
一転、それまで以上の笑顔でこちらの手を取り、ブンブン上下に振り回す。極端な反応だ。
――さて。明日の講義の出席日数、まだ余裕があっただろうか。
腕を彼女のされるがままにしつつ、僕は明日の自主休講について考え始めた。