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 第四話 山路走太

「うぅぅぅ…………」


 アモン市内のゴミ捨て場から呻き声がする。男だ。

 1人の男が逆さまに打ち捨てられている。

 これがダンボールに入った美少女なら拾いたいと思うものも掃いて捨てるほどいただろう。しかし残念ながら違う。パンツ一丁のボロ雑巾のような男だ。ビシッと決めてただろうリーゼントは乱れていて厳つい感じはなりを潜めている。


「ちくしょう。ふざけやがって。」


 男の口からは怨嗟の声が漏れる。

 男がゴミ捨て場に捨てられるまでには30分しかかからなかった。

 彼が堪能した30分の話をしよう。


 ブォォォォォ!


 山道にバイクの咆哮が響き渡る。

 今日も相棒はご機嫌なようだ。

 走りなれたいつもの峠道。免許なんか持っちゃいないが俺よりも上手く走れるやつなんかいねぇ。


「うおっ!なんだ?」


 光。

 光を見た。白く塗りつぶすような圧倒的な光。

 それを見た。目なんか開けてられねえような光だ。なのに確かに俺は見ていたんだ。

 ぎゃりりりりというブレーキ音。思考と切り離された体が勝手に仕事をする。


「どこだよここは……」


 止まって地面に片足をつけた時には見慣れた峠道じゃなかった。日本じゃない。景色を見た時の率直な感想だ。高層ビルの隣に瓦葺きの屋敷が立っていたり、レンガの小屋からは明らかに扉よりも大きな車が出入りしている。


「排気音がしねえ?電気自動車か?」


 今はそんな事を考えてる場合ではないのは重々承知だが、車輪が付いてるものを見るとどうしても気になってしまう。それにどのメーカーの車でもなさそうだ。


「夢でも見てんのか?」


 ドッドッドッと相棒が早く走れと急かしている。夢でもなんでもいいか。俺はこいつと走れるんなら何処だって大丈夫だ。


「なるようになれだ。」


 エンジンを吹かす。ドゥルルルルとけたたましい音が響き渡る。


「うるさーい!」


「はっ?」


 突然火の玉が飛んでくる。


「嘘だろオイ!」


 慌てて回避しようとするも避けられない。直撃。しかも最悪な事に燃料タンクにだ。威力が高いのか温度が高いのか燃料タンクを破ってしまう。

 爆発。

 ドーンという音を他人事のように聞いた。その次はドガッという音。

 吹き飛ばされて肩から地面に落ちてゴロゴロと勢いのままに転がっていく。


「ぐぅ……痛てぇ……」


 俺は死ぬのか?

 起き上がるろうと力を入れた腕が明後日に曲がる。

 立ち上がろうとした足はズタズタで痛みを訴えている。

 喉からは呼吸と共に血が溢れてくる。


「雑魚は大人しく地べたを這ってればいいのよ。」


 おい待てコラ!

 クソ、声も上手く出ねえ。

 火の玉を飛ばしたと思しき少女が立ち去っていく。


「おやおや、酷い目にあってしまいましたね。」


 俺の前にローブの胡散臭い男がいつの間にか立っている。


「だれ……だ?」


 絞り出すような小さな声が俺の口から漏れる。


「私はしがない回復屋ですよ。あなたのような方を相手に商売するものです。」


 回復屋?なんだそりゃあ聞いたことがねぇ。


「分かりませんか?大丈夫です。すぐにわかりますから。癒しの風よ……あれ!」


 ローブ男は俺の腹に触ると呪文みたいなものを唱える。すると暖かな光が俺を包み込んでいく。


「痛みが引いていく?お前がやったのか?」


「ご理解頂けたようですね。では代金を支払ってもらいましょう。サービスして10万ダリスで手を打ちましょう。」


「おいちょっと待て。金を取るのか?こんなの押し売りじゃねえか!誰が払うかよこんなの!」


 それにダリスって何だよ。円じゃないのか?


「払う気がない?それとも払う金がない?ああ、両方ですか。なら仕方ありません。あなたの持ち物を全部いただきましょう。」


 ローブ男はおもむろに俺の服に手をかける。


「おい何しやがる。やめろや!」


「ダサい上着ですね。なんですかこの文字は?全く読めませんが頭が悪そうな感じは伝わってきます。おっと、これはタバコですね。しかも封の空いてない新品と空いてるのには1本入ってますね。」


 服を剥ぎ取って物色するローブ男。


「おい、何が回復屋だ。体が動かねえじゃないか!これの何処が回復だっていうんだ。アァん?」


「ゴミが、うるさいですね。しばらくすれば元気に動けますよ。」


 そう言いながらズボンまで剥ぎ取られていく。覚えてろよ。動けるようになったらぶん殴ってやる。


「こんなものですか。まあ仕方ありません。それにしてもここに置いといたら邪魔ですね。」


「なっ、ちょっと待て何をする気だ!」


 無造作にローブ男は俺の髪を掴んで持ち上げる。


「ゴミはちゃんと捨てないといけませんからね。」


 ぶわっとした浮遊感の後にしばらくして背中に衝撃。

 ここまでがクソッタレた30分だ。


 ゴキリゴキリと体を鳴らして立ち上がろうとするもまだ重い。

 立ち上がるのは無理そうだ。そのままゴミ捨て場に座り込んで粗大ごみに甘んじることにする。忸怩たる思いで。


「そうだ、相棒はどうなってやがるんだ。」


 軽く周囲を見るとすぐに発見する。

 いや、発見出来なかったと言うべきかもしれない。

 当然の結果だが爆発したバイクは無残にも粉々に砕けて燃えている。


「あぁぁぁ…………」


 愛する物を無残に壊され燃える姿を見るのは耐えられねえ。

 走太は燃え尽きた。

 心を動かす燃料はガス欠でピクリとも動かない。

 動かない。

 動かない。

 ………………

 …………

 ……



「あの糞ガキがァァァァァァああ!

 ぶっ殺してやらァァァァァ!」


 イグニッション。

 深い深い怒りで心が動き出す。


「うわぁ、びっくりしたんだよ。急に叫ばないで欲しいんだよ。」


 驚いた顔の少女が俺を見ている。その目にこそ俺は驚いた。こんな目で見られたのはいつ以来だろうか?

 その少女の緑色の目は驚きから冷めても恐れることもなく、さりとて蔑むわけでもなく真っ直ぐに俺を見ていた。


「何してるの?そこにいても流石に生きた人間は回収されないんだよ?

 はっ!もしや1人死んだフリ選手権大会!体を張りすぎなんだよ!」


「おいコラ!クズのような人間だって自覚はあるがそんな自虐的な趣味はねえよ!というか死んだ人間なら回収するとでも言うのかよ!そんなふざけたことがあるか!」


「割と袋詰めにされてたりするんだよ。もしかして君は新参者だね。アモンに来て日が浅いかもしくはさっき来たってところかな?」


 おっかねえなおい!

 少女はさも当然だと言わんばかりの表情をしている。

 まともじゃない。


「回復したばかりだよね?なら喉が渇いてるるんじゃない?これを飲むといいんだよ。」


 そう言われると喉が渇いたような気がしてくる。何よりも貰えるものならありがたく貰っておこう。

 気分は女の子に貢がせるヒモ男。

 だが現実は施しを受ける乞食というところだろう。

 グイッと勢いよく飲むヤンキー山路。


「おっ?なんか変な味だな。ちょっと苦いか?」


「うーん、レモンフレーバーじゃ誤魔化せなかったか。やっぱりハチミツを使うべきだったかな?でも街の外の品物だから高いんだよね。」


 レモンフレーバー?

 ハチミツ?

 まさか…………


「これはあんたの手作りなのか?」


「もちろんなんだよ!力湧いてきたりしない?」


 女子の手作り。

 それだけで元気が出てくる気がする。

 それもこんな可愛い子からなら尚更だ。目の前の女は俺の事をジーッと見ている。なにか伺うような真っ直ぐに、ジロジロと言ってもいいかもしれない。


「ありがとよ元気が出たぜ。本当に助かった。今は見ての通り返せるものがないがこの借りは必ず返す。」


「じゃあ7日後にわたしっちの家に来てくれないかな?」


「構わねぇけど、そんなのじゃ借りを返した事にならねえよ。」


 むしろ役得なくらいだ。女の子の家になんか行ったことないぞ。いや、幼稚園の時にあったか?いやでもあれはお袋も一緒だからカウントするのもおかしいか。いやいや待て待て部屋に入ったしカウントしても構わないんじゃないか?

 ってやっぱり幼稚園時代は無いだろ。女の子と言うよりは幼児だしな。女の子の部屋カウントは無しだ。


「どうしたの。顔が赤いよ?もしかして効きすぎた?」


 ムムムとか唸りながら俺の顔を見ている。

 効きすぎたってなんだよ!もしかして誘われてるのか?いやいや落ち着け家に来てって言われてるんだから招待はされてるだろ。ってそうじゃなくてだ。もっとアダルトな展開があるのか?目の前にいる女の子と?


「そう言えば聞いてなかった。アンタ名前は?」


 今更のように名前を聞いてなかった事に気づく。


「わたしっちはアミル!」


「俺は山路走太だ。」


「山路走太……よろしくね山ちゃん。」


 ぱぁぁっと花が開くようなそれは魅力的な笑顔を浮かべるアミル。俺は花の名前なんてひまわりくらいしか分からなくて例える事は出来ないが、それがとても綺麗だと思った。


「あっ!そろそろ行かないと。」


 何かの端末で時間を確認するアミル。


「そうか、時間取らせちまったか?」


 この時間が終わるのが惜しいと思いつつも何か予定を狂わせてしまったのではないかなんて不安が過ぎる。


「気にしないでいいんだよ。まだ間に合う時間だし、わたしっちにも有意義な時間だったから。」


 なら良かったぜ。俺もアミルと会えて良かった。口に出して言うのは小っ恥ずかしいから心の中でだけ言う。


「じゃあこれが家の住所ね。それと一文無しならこの道を真っ直ぐ行った所にある職業安定局に行くといいんだよ。おそらく資格無し未経験者歓迎で即日OKな上に座ってるだけでいい仕事を紹介されるはずだから。」


「なんだそりゃ?」


 そんな仕事があるのか?想像もつかないぞ。


「じゃあ一週間後に家で、死なないでね。」


「おうよ!」


 そう言ってタッタッタッと軽やかに走っていくアミル。やっぱり時間はギリギリなのかもしれない。


「俺も行くか。」


 とりあえずはアミルの言った職業安定局に行くか。ゴミ捨て場から適当なボロ切れを見つけて纏い、言われた方に歩き出すのだった。



 一週間後


「あなたは誰!」


「そう言うお前も誰だよ!」


 アミルの家の前。やつれたヤンキーこと山路走太とアミルの同居人こと篠原双葉が対面することになる。


 そしてヤンキーもまた事件に巻き込まれていくのだった。

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