第三話 アミル
「という訳で実験に協力して欲しいんだよ!」
「嫌!」
ガーン!二つ返事で断られたんだよ!まだ内容すら言ってないのに!
閑散とした食事処倉田の店内に絶望感が漂い出す。我が親友たる少女、双葉ちゃんの裏切り!まさかこんな事が起こる日が来るなんて想像すらしてなかったんだよ!
「何がという訳でよ。今度は何をする気なのよ。」
呆れたように聞いてくる双葉ちゃん。その目がダメっ子を見る目をしている。そんな目でわたしっちを見ないで!
確かに色々と失敗はしてるけど。
夢を亜空間でリアルタイム再現してみたら死にそうになったり(夢なんて荒唐無稽なんだから生身では対応出来ない。)完全迷彩の車でドライブを敢行したら後ろの車にぶつけられて大怪我したり(後続からは見えないのだから当然の結果)もしたかな。
…………おかしい、全部完璧に仕上げてるのになんでこうなったの?
まあ過去の事は忘れて未来を考えるのが科学者ってものだしいいよね?
ここまでの思考を僅か1秒で済ませて地味な制服を着ている親友の問いに答える。
「今回はコレなんだよ。」
鞄から長方形の機械をテーブルの上に置く。
「なにコレ?」
双葉ちゃんは興味をそそられたのか上から横からと覗き込んでいる。決して手に取ろうとしないのは警戒の表れだね。
「ズバリ音声を再現する装置なんだよ!」
「…………普通ね。洗脳されて常識でも入れられたの?」
双葉ちゃんは冗談めかして言ってくる。失礼な。マッドサイエンティストに常識人は侮辱なんだよ!
「友達に頼まれて作ったんだよ。そこらに転がってるのとは格が違うんだよ。」
音に聞こえる出来栄えだと言ってもいいね。
「友達にねぇ。つまり渡す前に試したいってこと?」
「違うんだよ。そっちはもうすんだよ。中央陣の結界を突破してきた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あれ?双葉ちゃん?フリーズした?
双葉ちゃんは目をむき出し、口をパクパクさせている。なんというか魚類チックな表情だね。そんな間抜けな表情でも可愛いとかずるいと思うんだよ。
「この馬鹿!あんた何やってんのよ!中央陣って言ったら、この町の最高重要施設じゃない。死んでもおかしくないどころか死んだほうがマシな目にあわされてもおかしくないのよ。分かってるの?」
阿修羅すら裸足で逃げだしそうな剣幕で怒る双葉ちゃん。もうドーンって感じだね。よーいドーン。
全然良くないね。どうしたもんだろう?
とりあえず質問には答えておこう。
「分かってはいるんだよ。中央陣はこの町の中心、私たち異世界の人間を召喚してとどめてるものであり、中央陣が消滅すれば私たちも一緒に消滅だから堅固な鍵のかかった場所。つまりは挑戦する価値のある場所なんだよ!」
グッと拳を握りフンと鼻息を一つ出して答える。あそこを突破するのはやばかったんだよ。
「結論がおかしいでしょうが!」
ふっ...万策尽きたんだよ。ヒートアップする双葉ちゃんを見て最後の手段とも言えない手段をとることにした。
聞き流そう。
「まぁまぁ、そんなにカッカしないで一度落ち着いたらどうだい篠原君。お客様はアミル君だけじゃないんだよ。」
ハッとした顔をする双葉ちゃん。どうやら少しだけ冷静さを取り戻したみたいだね。
「すいません店長。あまりの事に我を忘れてました。」
それにしても流石は倉田ちゃん!まさに救いの神なんだよ。
コック服の似合うナイスミドル!恰幅いいんだよ!
「そこはお世辞でもいいからかっこいいと言って欲しいなぁ。」
しまった!心の声が漏れてたんだよ。倉田ちゃんの恵比須顔が少しだけ陰ったような気がする。まあいいや。倉田ちゃんだし、いい歳のオッサンだし勝手に持ち直すよね。
「諸々収まったところで改めてお願いなんだよ。協力して欲しいんだよ。」
「嫌!」
ガーン。またしても断られたんだよ。
閑散とした食事処倉田の店内に絶望感が漂いだす。どうしてこうなった。何がいけないんだろ?
きっとさっきから隅っこの席でカレーを食べながら双葉ちゃんをチラチラ見てる地味メンがキモイからだね。わたしっちに原因はスプーン一匙分くらいしかないんだよ。
原因や反省を横に押しやって再アプローチだ。
「協力して欲しいんだよ。」
「だから嫌だって言ってるでしょう。正直関わりたくない。巻き込まれるのはごめんよ。アミルもそれの事は忘れなさい。なかった事にするのよ。バレたら大変なんだから。」
本気で心配する双葉ちゃん。人の事をここまで心配できる人間は稀有な存在だよね。少なくともこのゴミ溜めのような街ではね。
「あ~あ、人相手ならどこまで騙せるか試したかったんだけど他をあたるしかないかな。」
「やれやれ、アミル君は言っても聞かないみたいだよ。付き合ってあげたらどうだい篠原君?」
「駄目です。アミルに巻き込まれて何回酷い目あったと思ってるんですか。」
何かあったかな?
わたしっちが覚えてる限りだとマタタビを改良して猫の溢れる癒しの街にしようとしたら獣人のお兄さん達まで発情して危うく襲われかけたのと、あれとあれと・・・・、
「なんだ、まだ両手の指で数えられるくらいしかないんだよ。全然少ないんだよ。」
「片手の時点で多いのよ!それに十回は余裕で越えてるから!」
フーフーハァハァと息を荒げてツッコむ双葉ちゃん。これはお小言を頂戴するパターンだね。
「おっと、そろそろ戻らないとだね。倉田ちゃんご馳走様なんだよ。」
素早く鞄を取り、ポケットから電子マネーを取り出して会計を済ませて店の出入口へ向かう。
「ちょ、アミル!」
後ろで双葉ちゃんが何か言ってるけど聞こえない振りしてスルーだよ。ここで止まったらお説教に入りそうだしね。
この後はどうしようかな?
ゴミ箱をひっくり返したような汚い街を歩きながら考える。
ガツン!
後頭部に衝撃が走る。
双葉ちゃんのお小言をしっかり聞いとけばよかったかな。
意識が途切れるわずかな時間で考えたことは、そんなしおらしいものだった。
食事処倉田店内
「何て物を忘れて行くのよあの子は。」
頭痛をこらえるように頭を押さえる双葉。テーブルの上には音声再現装置の長方形のボディが嫌な存在感を放っている。
シュ!
そんな双葉の前を小さな刃が通り過ぎていく。
「聞かれてたようだぞ。」
店の隅っこにいた地味メンこと暗殺者のアルナイがそっと告げる。彼の投げたナイフの
先には小さな蠅が一匹刺さっている。使い魔だ。
「アミル!すいません店長」
「いいよ行ってきて。じゃ仕事にも身が入らないでしょ?」
「ありがとうございます。行ってきます。」
テーブルの上の音声再現装置を取り外に飛び出す双葉。
こうして彼女も事件に巻き込まれていくのだった。