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第1話 篠原双葉

 おはよう私。

 なんて言ってもこの街の最悪さが夢だったなんてオチがついたりはしない。この街はタバコの吸殻が道に落ちてるなんて当たり前で、弾丸の空薬莢が道に落ちてたりする。

 何より住人が最悪だ。人の命を空き缶と勘違いしてるような連中揃いなのだから。


「フハハハ、我こそは紫電の魔王サダラムラーマだ。服従か死、貴様らには二択をくれてやる。選べ。」


 本当に最悪だ。

 アモン市の南に位置するヴィヌシュ広場の中央に金ピカド派手な目に優しくない格好の男がビシッとポーズを決めている。後ろにいるので表情は分からない。

 TPOを伴ってればかっこよく見えたかもしれないけど、残念ながら不審人物であり、危険人物だ。

 一刻も早くこの場から立ち去りたいのは山々だけど、私達が隠れてる場所は大きなゴミ箱のコンテナの後ろだ。しかもヴィヌシュ広場の真ん中より。よほどスキをつかない限り逃げるのは困難だろう。

 仮に刀也ならどうするかと考えてみる。きっと細かい事は頭を撃ち抜いてから考えりゃいいんだよって言って銃で撃ってるだろう。そして哀れな犠牲者が増えるだろう。


「篠原双葉。享年19歳。ささやかなおっぱいのまま死亡。」


「ささやかなおっぱいは余計よ。」


 連れのアミルが不吉な囁きを漏らす。こいつは心を読む機械でも作り上げたのだろうか? もし頭の中を覗いてるなら止めさせないといけない。だからささやかどころか立派な胸(未だに成長中)を持つアミルを睨んでしまったのは嫉妬だけではないと主張したい。お願いだから主張させて欲しい。


「刀也っちならどうするかとか考えてた顔だったから結果だけお知らせしてあげたんだよ。」


 余計なお世話だ。そんなに分かりやすい顔をしてたのかな? そんな事を考えてる間もゴミ箱の反対側では事態が進行している。血気盛んな馬鹿共が銃を魔王に撃っている。


「我に歯向かう愚か者ばかりのようだな。ならば死ね!」


 頭や体にしこたま銃弾を受けてケロッとしている。思った通りの規格外だ。そしてゆっくりと周囲の馬鹿どもに視線を送っていく。見られた馬鹿どもはビクンビクンと震えてから煙を出して倒れていく。感電死だ。目と目が合った瞬間に電気が走るなんて言葉があるが、それを一方的に、それも物理現象として行っている。予想以上の反則だ。私は魔王に見られる前に覗きを止めてゴミ箱の影に顔を引っ込める。


「凄いよ双葉ちゃん。あの魔王君を解剖できないかな?なんかビビっとインスピレーションが湧いてきそうだよ!」


「インスピレーションの前に体にビビっと来るから止めときなさい。」


 この年下のマッドサイエンティストが。止めないと本気で解剖しようと行動しかねない。好奇心でしか動かない困った奴だ。この街の住人らしいと言えばらしいけど。まあ私も不本意ではあるけども、認め難いことだが、忸怩たる思いでこの街の住人だと嫌々ながら認めないといけない。


「速くどっか行ってくれないかな?」


「あの手のタイプは執拗だよ。隠れてる人間を放置したりしないよ。見つかったら見逃してはもらえないね。」


「つまりはプチプチを全部潰さないと気が済まないタイプってこと?そうは見えないんだけど。」


「雑巾のように絞って潰し尽くすタイプって言う方がしっくりくるね。」


 こうギュギューっとなんて言いながら雑巾を絞るジェスチャーをするアミル。嫌な予感しかしない。私はそっと手鏡を取り出して魔王の様子をコッソリ覗いて見る。


「もう面倒だ。我の前に膝まづかないなら諸共に死ね。」


 バチバチと眩い玉が魔王の頭上に浮かんでいる。アレどうするのかな?

 ダクダクと粘っこい汗が頬を伝う。


「こういう時に選択するのは無差別の広範囲魔法だね。わたしっちの考えだとここもアウト…………かな?」


 アハハハハ、気が合うね。ヘラヘラと笑いが漏れそうになる。ここで現実逃避したら死亡確定。でも正直詰んでると思う。


 パァン


 一際大きな銃声。ミラー越しに銃弾が肩に食い込んでるのが分かる。それを見た瞬間に体が動き出す。走る。どんなに絶望的でも、わずかなチャンスを掴み取る事を体が覚えている。


「あの銃声は対物ライフルだね。なら毒が縫ってあるはずだよ。」


「喋るのは後、あのお店の中に避難するから。」


 猥雑としているが隠れるのにはちょうど良さそうな店に飛び込む。入口の近くにはここの店員だと思われる男が感電死していた。おそらくは開店作業をしていたところを巻き込まれたのだろう。死んだ人のことを考えるなんてことは生還してからにしよう。私達だってそうなりかねないのだから。それに、そろそろ何ともないなら魔王の注意もスナイパーから広場に戻る頃だ。


「毒もダメだよ。ピンピンしてる。」


「やっぱりか。なんか薄々そんな気がしてた。」


 とにかく逃げよう。どういうルートで逃げるべきか。そもそも逃げられるのか不安がよぎる。


「アミル、どう逃げようかってェェェェェェ…………何してるのよアミル!」


「静かに双葉ちゃん。大きな声を出したら見つかっちゃうよ?」


「わかった。静かにするから教えてくれる?なんでバニースーツを着てるのよ!」


 いつの間にか私の前にセクシーな兎がいる。アミルいつの間に着替えたんだろ?


「そこにあったからだよ。」


「いやいや、あるからって着ないでしょ。ていうかこの店ってもしかして…………」


 並ぶコスプレ衣装、暗い店内。

 意味深なコケシ、何だか空気まで妖しい。間違いない。

 大人のおもちゃ屋だ。


「お察しの通りだよ。だから双葉ちゃんも着よう。輝かしい明日のために!」


 グイグイとコスプレ衣装を押し付けてくるアミル。何故、体操服にブルマなのか問い詰めたいところだ。


「そんな黒歴史ものの今日を積み重ねて輝けるか!着ない。」


「絶対に?」


「絶対に!」


「対電撃の魔法がかかってるのに?」


 ぱしりと無言でアミルから体操服&ブルマをひったくる。黒歴史だろうとなんだろうと死ぬよりかはマシよ。

 店内を見るとコスプレ衣装のためなのか試着室が一つある。私は素早く入り着替える。


「双葉ちゃん、仕上げだよ。」


 アミルが持ってるのは赤白帽。それを私に差し出してくる。


「流石に拒否よ。」


「頭を守れないよ?」


 くっ、命大事に!

 これを作った人どうもありがとうございます。くたばれ変態。

 赤白帽を被って羞恥に心が囚われそうになるのを堪えつつ店内を見回す。

 店には窓がなく、入口の前には衝立が置いてあって隠れるのには適している。初めて入ったけど生まれた世界のとは違うようだ。なんというかレベル的なものが。人工触手とか男のアレが生えてくる薬とかはファンタジーの代物だ。魔法が絡まなければ無理だろう。普通にシャブとかやばい薬が売られてたりもする。この街にイカレポンチが多い原因の一端はここか。


「裏口か反対側に窓があればいいんだけど。」


「双葉ちゃんが着替えてる間に奥の方を見てきたけど、裏口どころか窓もなかったんだよ。」


 そんな報告をしつつアミルはビニール袋を手渡してくる。私は素直に受け取って着ていた服をそれに突っ込む。


「ところでアミル、その手に持ってるものは何?」


「おっぱいボール。なんでもおっぱいと同じ感触って触れ込みなんだよ。だから双葉ちゃん確かめさせて!」


「自前でやれ!」


 アミルは本当に好奇心でしか動かない。こんなんでよく生きていられると思わずにはいられない。私はアミルにおっぱいボールなるものを棚に戻させる。それにしても出口が正面のみとなると、やっぱり待ちの一手しかなさそうだ。思わずカバン越しに護身用の銃を触っていた。


「双葉ちゃん怖いの? 刀也っちを頼る?」


「そうしたらデッドエンドでしょ? 大丈夫よ。」


 年長者として泣き言を言えるわけがない。強がりだろうとなんだろうと言って必ず生き抜いてやるんだから。

 よし! 気合を入れ直した所で私は衝立の方に行ってミラーで魔王の様子を見る。まだいるか。魔王はイライラした様子で広場に出ている屋台などの障害物を電撃で吹き飛ばしている。元気すぎるだろ。どうせ来るなら力の一つや二つくらい無くせばいいのに。噂では邪神の力を借りてた魔王がこの世界に来たら力を失ったなんて話があったのを思い出す。その話はこの世界にその魔王が崇めていた邪神がいないからってオチがついてたっけ?


「ところでアミル。なんでコスプレ衣装に対電撃魔法なんてかかってたのかな?」


 危機的状況が続いてマヒしたのか、それともこの街で暮らしているせいで危険に慣れてしまったのか、そんなどうでもいい疑問が頭をよぎって、ついアミルに聞いてしまう。


「感電プレイのためなんだよ。」


 なんでそんな事を知らないのかと言いたげな顔でこっちを見てくるアミル。そんな顔されても困る。私とで年頃の乙女として性的な事に興味がないとは言えないけども、そんなマニアックそうなものは知りたくない。


「感電プレイっていうのは強烈な電気を流すことによって命の危機を感じた体が子孫を残そうと性的な快感が…………」


「それ以上言わんでいい!」


 思わず大声でもってアミルの説明を遮る。そして言ってから冷静になる。血の気が引いていくのを感じる。やってしまった。大声を出してしまった。目を覆いたくなるような失態だ。


 ドガァン


 衝立が吹き飛ぶ。

 ゆっくりと衝立があった場所のさらに先へと目をやる。


「こんな所にも我に従わぬ愚か者がいたか。ひれ伏さぬなら死ね!」


 体に電気が走る。痺れて何も出来ない。手足がいうことを聞かない。でもまだ死んでいない。羞恥に耐えて体操服&ブルマを着たから耐えられてるんだ。


「忌々しい。対電撃魔法の付いた魔道防護服か。」


 どうやらこの魔王様はブルマやバニースーツを知らないようだ。魔道防護服なんて大層なものではない。体操のための服ではあるけど。


「フハハハ、いい事を思いついたぞ。お前達、この場で服を脱げ。ストリップだ。」


 なっ! これだからこの街に来るような人間は! 魔王なんて言ってもドスケベ野郎か。人の服をなんだと思っているんだ。私はキッと魔王を睨む。それが今の私に出来る唯一の抵抗だから。しかし魔王の目を見て私は遅まきながら悟ることになる。魔王はスケベ男のような顔はしていなかった。その目はどこまでも残酷で、私達を殺すことしか考えてないことが嫌でも分かる。

 つまり魔王はブルマを脱がせる事、つまり対電撃魔法のかかった服を脱がせて自分の電撃が食らうようにするために脱がせようとしているんだ。


「我を睨むか。なら白い服の貴様から脱げ。そして死ね。」


 魔王の言葉と共に私の手が勝手に体操服の裾の方に動いていく。私の体は私の意思を無視して死を手繰り寄せるように裾を掴んでゆっくり、ゆっくりと持ち上げられていく。

 死にたくない。しかもストリップしながら死ぬなんて最悪だ。

 もう嫌だ。恐ろしい魔王の嗜虐的な顔も、死にゆく惨めな自分も見たくなくて私は目を閉じた。

 ドドドドドとうるさいくらい心臓の音がする。どれくらい経ったのだろうか?どうせ殺すなら早くして欲しい。

 時間の流れすら遅いような気がする。ゴメンね刀也。あなたには迷惑をかけるね。最後の時が訪れるのを待つ時に考えるのはそんな事だった。


…………………………

……………………

………………

……遅すぎやしないか?


 私はそっと目を開けるとそこには何故か魔王が倒れていた。いや、死んでいた。


「いつまでストリップ続ける気なの?

 もしかして双葉ちゃんムッツリ?」


 訳が分からない。なんで魔王が死んでいるのか。一つ分かってることは私達は助かったんだ。ならば後は日常に帰ろう。

 私はアミルの頭を叩いてアミルを黙らせるのだった。

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