危うく勘違いするところだったじゃねーか
高架橋を下りると、すぐ目の前にスーパーが見えた。
店の一階は駐車場になっているようで、数台の車が止まっているのが見える。
平日の為、春休みのある学生以外はあまりいないと思ったが、よく見ると結構な車の数だ。
駐輪場と思われる場所を見れば、自転車やバイクが隙間無く止められ、何台かは駐輪場からはみ出ている。
なるほど、確かにこれでは自転車を止めるのは大変そうだ。
入り口はどこだろうと、なおも辺りをキョロキョロ見回す。
すると、「こっちよ」と沙雪が案内してくれる。
付いて行くと、そこには上りのエスカレーターがあり、その真向かいにはエレベーターがあった。
「これで二階に上るのよ、二階は食料品売り場だから」
先立ってエスカレーターに乗る沙雪。それに次いで俺もエスカレーターに乗る。
二階に着くと目の前には惣菜売り場が広がっていた。
香ばしい香りのする揚げたばかりのコロッケや、魚のフライ、ポテトサラダや、弁当など様々な惣菜が並んでいる。
「で、何から買うの ? 」
近くから買い物カゴを二つ持って来た沙雪が、そのうち一つのカゴを俺に渡しながら言う。
「ああ、買い物のメモ貰ってきたんだった。鶏肉だけは覚えてるんだけど」
ポケットからメモ用紙を取り出すと、ひょいと脇からメモを覗きこんでくる沙雪。
おいおい、いきなり覗き込んでくるとか、プライバシーの侵害だぞ。
人に見せられないような物が書いてあったらどうすんだよ。
ジト目で沙雪を見ていたが、当の本人はそんな視線は気にせず、メモを見ながら、ふむふむ鶏肉ね、なんて言っている。
一通りメモを眺め終えた沙雪がメモから顔を上げる。
「じゃあ、まずはお肉から買いましょう」
そう言って俺の腕を掴み、引っ張り始めた。
「って、おい」
沙雪の手に引っ張られながら、肉売り場を目指す事になる。
こうして田舎で、はじめてのお使いが始まった・・・・
沙雪に引っ張られ案内された肉売り場には、色々な種類の肉が売られている。
豚や、牛の様々な部位の肉が並ぶ中、目的の鶏肉らしき物を見付けた。
「おっ、鶏肉あった。・・・・胸肉ってどれだ・・・・」
個人的に鶏胸肉のから揚げが好きなのだが、一目見ただけではどれが胸肉かわからない俺・・・・
まあ、値札に書いてあるの見て買えばいいかと思っていた矢先、ぽいっと俺が持っているカゴに鶏肉が入れられた。
「胸肉はそれよ。一様、一番新鮮そうなの入れたけど駄目だった ? 値段とか気にするようなら選びなおすけど ?? それとも自分で選ぶ ??」
「いや、これでいい。助かる。詳しいんだな」
沙雪は肉を見ただけでどこの部位の肉か分かっているらしい。
ちゃんと肉の品質と、産地、大きさを等を確認した後に値段を見ている。
国産で良いわよね ? っても聞かれた。
「コレくらい誰だって分かるわよ。あんたも食べるだけじゃなく、それくらい覚えておきなさいよ。覚えておけば、おばあちゃんの助けにもなるわよ。はい、これ豚もも肉ね」
次から次へと、てきぱきと品物を選んでくれる沙雪。見ると、ちゃんと自分のカゴにも商品が入っている。
(すげーな、こいつ)
俺の買い物を把握して手伝ってくれるだけでなく、同時に自分の買い物も済ませている。
素直に感心してしまう。
「牛乳、牛乳っと。あっ、牛乳とかは後ろの方から買ったほうが、日付新しいからね。お店の人には嫌がられるけど、ちゃんと覚えておきなさい」
しっかりと豆知識まで教えてくれる。
「ふう、大体こんなもんかしらね」
三十分もしないうちに俺のカゴも、沙雪のカゴも商品で一杯になった。
「いや、本当助かったわ。俺一人だったら、こんな早く終わらなかったと思う。ありがとう」
「どう致しまして。さっ、レジで会計済ませましょう」
二人してレジへ並ぶ。
レジは三箇所あるのだが、どこのレジの前にも二、三人のお客さんが並んでいる。
そのなかで、比較的空いているであろうレジに沙雪が並んだので、俺もその後ろに並ぶ事にした。
先程、商品を集めている時に思ったのだが、この店の肉や魚は、俺が前住んでいたところから比べると新鮮だと思う。
素人なので、本当に新鮮なのか分からないが、魚は艶々しており、目の色は透明だ。
肉のほうは、痛んでいるようなところは無く、表面が桃色で黒いところがない。
前に住んでいた町の近所のスーパーでは、死んだ魚の目というのに相応しい、目が真っ赤な魚や、所々痛んで黒くなっているような肉が平気で売られていた。
野菜に関しては少し、しおれていたかもしれない。
もしかしたら、あのスーパーがやばかっただけかもしれないが ??
(そういや、この店、野菜も瑞々しいな。トマトとか凄い美味そうだ)
買い物カゴを見ると、そこには大振りなトマトが一つ。
トマトは買い物リストに載ってなかったが、思わず買ってしまった。
野菜の種類も豊富で、土が付いたままの野菜が大きな袋に一杯入って売っているのを初めて見た。
そうこうしているうちに、沙雪の会計の番がやってくる。
「ポイントカードはお持ちですか ?」
はい、と言いながら沙雪は財布からポイントカードらしきものを出して店員に渡す。
この店、ポイントカードってあるのか。
ピッ、ピッと手際よく商品をスキャンしていく店員。
商品のスキャンが全て完了し、会計を済ませた沙雪が、「じゃあ、先に行ってるから」と言って歩き出そうとするのを制す。
「ちょっと待て」
「何よ ?」
不思議そうな顔をしている沙雪。
そうしている間に俺の会計が始まる。
「ポイントカードはお持ちですか ?」
やはり来たか
「沙雪、ポイントカード貸して」
「えっ ?」
「早く、レジのお姉さん待ってるだろう」
沙雪は先程バックにしまった財布を再び取り出すと、ポイントカードを俺に差し出した。
それを受け取った俺は、ポイントカードを店員へと渡す。
ピッとスキャンしたカードが返されたので、今度はそれを沙雪に渡す。
「ほれ、どうも」
「いや、この場合お礼を言うのって私じゃない ? ていうか、その為に呼び止めたの !?」
「俺ポイントカード持ってねーし。勿体ねーだろ。何 ?駄目だった ?」
「そういう訳じゃないけど、意外としっかりしてるのね。男のクセに」
おい、その発言、男女差別だぞ。と思ったが、まだ会計の途中なので言い返さない。
会計を済ませ、袋詰めのスペースへ移動すると先に詰め終わった沙雪が待っていた。
「あのね、さっきの言葉気に障ったら、ごめん。うちのお父さんと比べちゃって。お父さん、ポイントカードとかそういったの面倒臭がりでやらないのよ。そういう訳で、比べちゃった。ちょっとはそういうところ、お父さんにもしっかりして欲しいのだけど。買い物だってやりたがらないし。だから男の人ってそういものなんだって思ってたの。」
ああ、そういうことか。別に気にしていたわけではないのだが。
そうか、沙雪の親父さんは買い物好きじゃないのか。
宮鈴家の家庭事情が少し垣間見えた。
「別に気にしてねーよ。うちの親父だって、そういうのやりたがらねーし」
実際問題、親父も買い物とか嫌がってたもんな。それで、よく母さんからガミガミ言われてたっけ。
親父を反面教師にした為、今の俺があると言っても過言ではない。
「そういった事、出来るって、女子的にはポイント高いわよ。あっ、だからって、アンタの事が良いって意味じゃないからね。勘違いしないでよね」
「しねーよ。する訳がねぇ」
はあぁーー ? てめぇ、さっき自転車乗せてやっただろう。しかも俺の買い物も手伝ってくれたし。
危うく勘違いするところだったじゃねーか。
年頃の男の子舐めんなよ !!
コンビニの可愛い店員さんがお釣りとか渡す時に、ギュって手を握って渡されそう物なら「あれ ? この子もしかして俺に気があんじゃね ?」って勘違い起こしそうな年頃だぞ。
と、心の中で思ったが、俺はそれを顔には出さず、何食わぬ顔で黙々と袋詰めを行った。