だから今のうちに一杯、いい夢見ててね
十五分くらい自転車を漕いだだろうか。
「ここ右ね」
「へいへい」
宮鈴(妹)からの指示で、駅前まで向かっていた。
「で、そこ左に曲がって」
「へーい」
言われた通りに曲がると、正面に高架橋が見えた。
「あそこの自転車が何台かとまってるところあるでしょ、あそこにとめて」
宮鈴(妹)が指差した所には、数台の自転車がとまっていた。
その、自転車置き場と思われる場所まで行きブレーキを掛ける。
キィーーッツ。
宮鈴(妹)が自転車から降りたのを確認し、俺も自転車から降りる。
スタンドを立て、自転車の鍵を掛ける。念の為、ワイヤーロックもだ。
「ここがスーパーなのか ?」
辺りを見回してみるもそれらしきものは見えない。
「ここは駅の裏側よ。スーパーは駅の表側。あの高架橋を渡って行くの。自転車で表側に行ってもいいんだけど、お店の自転車置き場、いつも混んでるから。だからここにとめて歩いていくの」
なるほど、そういうことか。
「じゃあ、行きましょう」
高架橋の方へ歩き出す、宮鈴(妹)
「ああっ、そう言えば」
「何よ」
自転車に乗っていた時に気付いた事がある。
「後ろに乗ってるとき、お前俺の事掴んでただろう。スカート抑えてなかったから、きっと丸見えだったぞ・・・・」
俺を掴んだ後は、人に会わなかったから誰にも見られてないと思うが。
バッと、スカートを抑える宮鈴(妹)。顔が見る見る赤く染まる。そして・・・・
「なんで教えなかったのよ !!」
掴み掛かって抗議してくる宮鈴(妹)
「いや、自分で気付くかなって・・・・」
それに対して目を逸らしながら答える俺。
「また、段差とかに躓いて落されたら嫌だから掴まってたわよー、そこまで気が回らなかったの !!」
「まっ、まあ、あの後、誰ともすれ違わなかったじゃん、車としか。それに見られたとしても恥ずかしくないパンツだったから安心しろって。昨日見た俺が保障する・・・・」
昨日は、大変すばらしいレース入りライトグリーンの、おパンツを拝ませていただきました・・・・
目を閉じると、瞼に焼きついたあの光景が思い出される。
余韻に浸っていると、俺の襟首を掴んでいる宮鈴(妹)の手がワナワナと震えている。
おや ?っと思い目を開けた瞬間だ
「普通教えるでしょ、っていうか、今更言う ? 今更言うくらいなら、気付かないフリしてなさいよ」
そういって、俺を前後に激しく揺すりだした。
「ちょ、落ち着け、首、首が、俺が悪かったから・・・・」
暫く前後に揺すぶられ、宮鈴(妹)が落ち着きを取り戻した事により、開放された。
「ううっ、こいつに会ってからこんな事ばっか」
なにもそんな涙目にならなくても・・・・
「悪かったって、宮鈴(妹)(いもうと)、機嫌直せよ」
高架橋を上りながら謝罪の言葉を述べる俺。
「ちょっと、宮鈴妹ってなによ」
ええーっ、今度はそこ !?
「今朝、お前の姉ちゃんに会ったんだよ。よろしくねって言われた。両方とも宮鈴だろ、だからあっちは姉、で、こっちは妹。だから宮鈴妹」
高校になってからクラスには、ほぼ、男子しかいなかった事もあり、あまり女性慣れしていない俺。
女子の事を名前で呼ぶなんて、そんな恥ずかしいこと出来ますか ? 答えはノーだ。
「何か凄い違和感なんだけど・・・・普通に名前でいいわよ」
「いや、でもなー、なんつーかなー。うーーん」
そっぽを向いてはぐらかす俺に対して、痺れを切らした宮鈴妹が急に叫びだした。
「あーー、もう。うちのお母さんや、お父さんに会ったらなんて呼ぶの !! 宮鈴母、宮鈴父 ?そんな風に呼ぶの ? いい、これからあたしの事は、沙雪って呼ぶこと。いい、ほら、言って見なさい、さーゆーき、って」
普通、宮鈴さんちのご両親を名前で呼ぶ事はそうそう無いと思うのだが、この時の俺は、宮鈴(妹)に圧倒され、そんな事も言い返せなかった。
ほら、ほら、言ってみ、という宮鈴(妹)・・・・
観念した俺は、名前を呼ぶ事にした。
「さっ、・・・・沙雪・・・・・・」
「えっ ? 何言ってるか聞こえないんですけど ?」
ちょっと声が小さかったのが悪かったようだ。
「サユーキーー」
「西遊記 ??」
今度はちょっと外国人ぽく言ってみたが、西遊記に聞こえてしまったらしい。
ぐいっ、と顔を近づけてくる宮鈴さんちの妹さん。観念した俺は名前を呼ぶ。
「沙雪・・・・」
「ちゃんと目を見て !!」
なんなのこの子、ドンだけドエスなの ? 何、思春期の少年を苛めるのが趣味なの ??
驚愕の表情で宮鈴さんを見つめる俺。だが、またしても、早く言ってみろと催促してくる。
すうっーと深呼吸して覚悟を決めた俺は、彼女の顔を見つめて名前を呼んだ。
「沙雪」
あーなんかね、もう顔が熱いわ。
「・・・・よし。じゃあ、行こうか、康悠」
満足したのか、そういって先に行ってしまう沙雪。
つーか、俺の事も名前で呼ぶんだ。
心なしか、彼女の顔が赤らんでいたように見えた・・・・
「ほら、あれよ」
高架橋の階段を上りきると、目の前に四階建てくらいの白いビルが見えた。そこそこの大きさだ。
「あれがスーパーか ?」
見た目はスーパーというより、オフィスビルのようだ。
「そう、あれがこの町のスーパー、チェーンエンドーよ。あの店は凄いんだから。食料品だけじゃなく、日用雑貨、玩具や、フードコーナー、それにゲームセンターまで備えてるのよ !!」
そういってどこか誇らしげに話す沙雪。
「へー、なんか思ってたのと違うな。面白そうなスーパーだな」
田舎のスーパーという事もあって、一階建ての平屋をイメージしていたのだが。
「さっ、それじゃあ行きましょうか」
そして、結構長めな高架橋を歩き始めた。
「そういえばさ、ヤスって兄弟いるの ?」
「もう略してんのかよ、早えーな、おい」
「だって、康悠って言いづらくない ? それにヤスんちの、おじいちゃん達もそう呼んでるじゃん」
「別にいいんだけどさ」
まさか、会って二日目の奴に「名前言いづらい」なんて言われるとは思わなかった。名前を付けた俺の両親に謝れ。
「それで、兄弟はいるの ?」
「ああ、姉がいる」
「へー、お姉さん。何歳 ?」
「いくつだっけかな。多分、沙雪のねーちゃんと同じくらいだと思う」
そういえば、姉ちゃん何歳だっけ ? なんなら姉ちゃんの誕生日すら覚えていない。
「沙雪の姉ちゃんは社会人なんだろ ? 会社に遅れるって言ってたから。なんか大人って感じでカッコ良かったぞ」
俺の姉も広告代理店で働いているらしいが、就職してから一人暮らしをしている為、朝の出勤姿を見たことが無い。なので美咲さんの出勤姿は新鮮だった。
あれ ? 沙雪が立ち止まった・・・・
ていうか、沙雪が俺の事をジト目で見ている。
「あーーーー、うん、そうね。出勤姿はカッコいいかもね。うん」
何で目を逸らしながらそんな事を言うんだ ?
「他は駄目みたいな言い方だけど、なんかあんの ?」
「・・・・私ね、お父さんに人の夢を壊すような事はしちゃいけませんって、教えられてるの」
何の話だ !? 今は美咲さんの話をしてたんじゃねーのか。
「今って、夢の話してたっけ ? 沙雪の姉ちゃんの話してたんじゃなかったっけ !?」
「大丈夫よ、隣に住んでるんだから。そのうちヤスも夢から覚める時が来るわ。何なら明後日の、お花見くらいには夢から覚められると思うわ。だから今のうちに一杯、いい夢見ててね」
向日葵のような笑顔を向け、ほら、早く行きましょうと言う沙雪さん。
「・・・・とりあえず、買い物を済ませるか」
明後日の花見が楽しみなような、そうでもないような複雑な気持ちになった。