ほんと、親子ですね
林さんのおかげで許された ? 俺達は、自転車に二人乗りで帰っていた。
「なあ、あの茜さんって女性警官、お前ら姉妹の知り合いなのか ?」
「茜さんは、お姉ちゃんの昔からの友達よ。前はよく家にも遊びに来てたけど、社会人になってからはあまり来なくなったわ。あっ、明後日のお花見には来ると思うわよ。毎年来てるから」
花見って毎年やってるのか。
てか、あの人来るのか、やだな、何か面倒くさい事になりそうだな。
ん ? ってことは、じいちゃん達もあの人の事知ってんのか ??
その後、何気ない会話をしながら自転車を漕いでいると、家の前の畑が見えて来た。
キィーツとブレーキを掛け、沙雪の家の前で止まる。
「よいしょっと、ふう」
俺の腰に回された腕を解き、沙雪が自転車から降りる。
カゴの荷物を取って沙雪に渡すと「ありがとう」と言って受け取る。
「今日は、本当に色々ありがとう」
「いや、気にすんな。俺も色々教えて貰って助かったし」
お互いにお礼を言い合った後、沙雪はそれじゃあ、と言って家へと歩いていく。
あっ、そういえばあいつ、自転車パンクしてるって言ってたな。
「おい、お前この後暇か ?」
沙雪の後姿に声を掛けると、不思議そうな表情でこちらを振り向いた。
「何 ? あんた、まだ私と一緒にいたいの ?」
「いや、そうでもない。ぶっちゃけ、お前というより、お前のチャリに用がある・・・・」
沙雪と分かれたあと、家に帰った俺は買い物袋をばあちゃんに渡すため、家へ上がった。
「ばーちゃーん、頼まれたもん買って来たー」
居間でそう叫ぶと、ばあちゃんが台所から現れた。
「はいはい、ありがとうね。そういえばヤス、お昼は食べたのかい ?」
「ああ、エンドーで食ってきた。じいちゃんって帰って来てる ?」
「おーい、じーちゃーんいるかー ?」
大声で呼んで見るも返事はなし・・・・
頼まれた荷物を、ばあちゃんに渡した俺は、じいちゃんを探す為、裏山のほうへと回った。
ばあちゃんの話では、裏山で竹を切っているはずとの事だ。
裏山は林になっており、大きな杉の木が何本か生えている。
他にもトゲの生えた木などもあるが、何の木なのかはわからない。
林の中を進むと、所々に竹が生え、ちらほらと竹の子の姿も見えた。
「生えてるの初めてみた」
テレビで竹の子が生えているところを何度か見た事はあるが、生で見るのは初めてだ。
林の奥へ行くと、ガン、ガン、と何かを叩く音が聞こえてきた。
音のする方へ進んで行くと、そこには、鉈で竹を切っているじいちゃんがいた。
「なんだ、ヤス、こんなとこまで来て。竹切ってとこ、見さ来たのが ?」
竹を切る手を止め、話してきたじいちゃんに俺は尋ねた。
「自転車のパンク直すから工具貸して欲しいんだけど」
「なんだ ? 自転車パンクしたのが ?」
「俺のじゃねーよ、沙雪のチャリがパンクしてるらしいんだ」
そう言った途端、じいちゃんがニヤニヤしだした。
「なんだ、おめぇ、もう沙雪ちゃんの事呼び捨てにしてんのかー ? たった二日で随分と仲良くなったんでねーが」
この、じじぃ。
「沙雪が、名前で呼べって言ったんだよ。んな事より、工具貸してくれ」
俺が若干不機嫌な声で言うも、じじぃは悪びれる様子もなく会話を続ける。
「もしがすっどあれが ? 生きてるうちに、曾孫の顔みられんでねーのが」
・・・・もういいや
無言でじじぃに背を向け、来た道を引き返すと「工具は、小屋の机の引き出しの中だー」と声が掛かる。
「・・・・最初から、そう言えよな、クソジジィ」
振り向かず歩いたまま、じいちゃんに聞こえるように呟いた。
それでも、なぜだか、じいちゃんは笑っているような気がした。
山を下りた俺は、小屋へと向かおうとしたが途中で面白い物を見付けた。
コロが縁側で昼寝をしている。
さらには、そのコロの上にヤマトが乗っかり、昼寝しているのだ。
二匹仲良く昼寝しているとは・・・・犬と猫ってそんなに仲よかったっけ ??
庭先では桜の花びらが舞い、一枚が気持ち良さそうに昼寝している黒猫の頭に乗っかった。
くすぐったかったのか黒猫は、耳を二回ほど素早く動かしたが、相変わらず気持ち良さそうに寝息を立てている。
俺はズボンのポケットからスマホを取り出すと、カメラアプリを起動し写真を一枚撮った。
なかなか、いい写真が撮れた。
本来であれば、あの黒猫に昨日の仕返しとしてデコピンの一発もお見舞いしてやるところだが、いい写真を撮らせてくれたので、見逃してやることにした。
「俺に感謝しろ、ヤマネコ」
ヤマトはクワーっと口を開いて大きく欠伸をした。
小屋へ行くと机はすぐに見つかった。
一番下の大きい引き出しを開けると、金属製ケースの大きな工具箱があった。
ケースを開けて見ると、そこにはスパナや、メガネレンチなど、様々な工具が適当に突っ込まれており、必要な工具が入っているのか、一目では分からない状態だった。
「おい、きったねーな、これ。十四ミリあんの ? 痛って、手に何か刺さった」
ここまで汚い工具箱は見たことがない。
一度全部出してみないと分からないか・・・・
机の上に置いてあった軍手をはめ、コンクリの地面の上に工具を並べる。
・・・・うん、一通りは揃ってはいる。
使えそうな工具は出したままにし、残りの工具はまた工具箱へとしまった。
・・・・もちろん適当に。だって面倒臭いじゃん、片付けとか。
工具がある事を確認した俺は、宮鈴家へと向かう。
七森家と、宮鈴家はブロック塀で仕切りはあるが、お互いの家を行き来する為の小道が存在する。
わざわざ坂を下って、お隣に行く必要が無いのは非常に助かる。
宮鈴家は、純和風の七森家とは違い、洋風の木造住宅だ。
洋風だが、瓦を使用しておりどこか高級感が漂っている。
玄関の呼び鈴を押すと、ピンポーンという呼び出し音が響き間もなく、はーいと言う声が聞こえた。
声の質からして沙雪ではないと思われる。
(そういえば、隣に引っ越して来たのに、宮鈴家の人に挨拶してなかったな)
沙雪のお母さんだと思うから挨拶しておこう。
がちゃ、っという音の後、玄関から一人の女性が現れた。
「はーい、どちら様ですか」
現れたのは、俺の母親と同い年くらいの綺麗な女性だ。一つに結った長い髪が良く似合っている。
「美人ーー」
はっ !! やべぇ、思っていた事が口に出てしまった。
「あら。あらあら、まあまあ。こんな、おばさんに向かって美人だなんて。もしかして、貴方がヤス君 ? 沙雪から聞いたわよ。あっ、立ち話もなんだから、上がって、上がって」
「えっ、あ、いや、そんなつもりじゃなかったので。って、うわ」
沙雪の母親と思われる女性は、俺の話が終わるのも待たずに、強引に家へと引っ張りこんだ。
俺がヤスじゃなかったらどうするつもりだ・・・・
居間に通された俺が、そわそわしながら待っていると、女性はお茶と、お菓子を持って来てくれた。
「ごめんなさいね、ヤス君が来ると分かっていたらケーキでも容易したんだけど」
「あっ、お構いなく。それよりすみません、挨拶が送れて。昨日引っ越して来た、七森 康悠です。じいちゃん達の孫です」
「沙雪から色々聞いたわよ、ごめんなさいね。お買い物手伝って貰ったみたいで。あっ、お茶冷めないうちに飲んでね」
「はい、頂きます」
そう言って、お茶を飲もうと口を付けた時だ・・・・
「そう言えば、昨日、沙雪の着替え覗いたんですって ? これはもう、お嫁に貰うしかないわね」
ぶーーっつ、という音と共に盛大にお茶を口から噴出す
「ゲホッ、ゲホッ、ちょっ、何言って」
お茶が気管に入った為、苦しい。うまいこと喋る事が出来ない。
「あらあら、大丈夫 ??」
背中をさすってくれる沙雪のお母さん。
「ごほっ、ごほっ、もう大丈夫です。それよりすみません、お茶噴出したせいでテーブル汚しちゃって」
噴出したお茶が、テーブル中に飛散している。なんなら、向かい側のソファにもぶっ掛かっている。
「いいのよ、気にしないで。それよりごめんなさいね、変なこと言って」
沙雪のお母さんは、雑巾を持ってくるとテーブルや、ソファを拭き始めた。
「でも、あれよね。あの子、ヤス君の裸もみたんでしょ ? 羨ましいわ~♪」
・・・・朝、あなたの娘さん(姉)にも同じ事言われましたよ。
親子ですね、ホント。
「あはは、ところで沙雪さんはいますか ?」
愛想笑いを浮かべながら、沙雪のお母さんに尋ねる。
「いるわよ。部屋にいると思うからちょっと待ってねー、今呼ぶから」
沙雪のお母さんは居間を出て行くと、沙雪ーと叫んでいる。
手持ち無沙汰になった俺は、茶菓子に手を伸ばす。
茶菓子入れにあるのはスライスアーモンドがたっぷりのった湾曲した菓子だ。
ひとつひとつ、袋に入っており。道中という文字が書いてある。
袋を破り、齧りつく。
・・・・あっ、そんなに甘くなくて美味い。
菓子をボリボリ齧っていると、居間の扉が開かれる。
「ちょっと、人様の家に上がりこんで何、寛いでんのよ。お菓子まで食べて」
こいつーー。
昨日は、俺の事を変態呼ばわりした挙句、ケーキまで食って行ったくせに・・・・
「こら、沙雪、そんな事言わないの。ごめんねヤス君、この子口が悪くて」
「お母さん余計な事言わないでよ」
目の前で、親子が口論を始めたが、気にせずにボリボリとお菓子を食い続ける。
「自転車直す準備が出来たから、うちに来たんでしょ ? ほら早くいくわよ」
お前、その態度、っと思ったが、少し顔が赤い事に気付く。
ははーん、母親が一緒にいるから恥ずかしいんだな。しゃーねーな。
ずずーっと、残っていたお茶を飲み干す
「おう、んじゃ、行くべ」
立ち上がろうとした時だ。
「あらあら、まだ良いじゃない。もう少しおばさんとお話しましょうよ」
沙雪のお母さんは、空になったカップにお茶のお代わりを注いでくれる。
「ちょっと、そういう余計な事はしなくていいの。ほら、行くわよ」
「おわっと」
沙雪は俺を強引に引っ張って、外へと連れ出そうとする。
が、しかし、反対側の腕を沙雪のお母さんに掴まれた。
「沙雪、お客様に対してそういう態度は良くないわよ」
「「・・・・」」
次の瞬間、両腕が勢い良く引っ張られた。
ちょっ、ちょっと痛い。
「ヤスは自転車を直しにきたのよ、お母さんには関係ないでしょ」
「いいじゃない、ちょっとくらい。息子がいないから、お母さんだって若い男の子とお話したいの」
ぐぬぬぬぬ、と、更に力を込め俺を左右に引っ張る両者。
「ちょ、マジで痛いんですけど。さけるチーズみたいになっちゃうんですけどー」
それから暫く、引っ張り合いが続いたが、沙雪のお母さんが折れる形で決着が付いた。
去り際に、沙雪のお母さんに、次はゆっくりしていってねーと、笑顔で手を振られた。
その笑顔を見た時、きっと沙雪のお母さんは俺と沙雪をからかいたかったんだなーと思った。