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無口な少年の描いたセカイ  作者: 遥野 凪
プロローグ
26/26

閉幕ファンファーレ

体育祭の昼食休憩終わりです!

いつの間にかもう現実では冬ですね……。

「私達は早いもので、ここまで来てしまった」

それまでの競技をほとんど流し目で見終わった頃、そんな台詞がマイクを通して、耳に届く。

「この世界を選び望んだ彼らの姿はもうここにはいない。………しかし、ここにはそんな彼らの末裔がいる」

途中の放送をしっかり聞けてないからなのかよく分からないことになっているが、どうやら自分達は彼らのいた時代の後の人ということになっているようだ。

「彼らの意思は、ここにある聖筒(バトン)に託されている」

どこか開会式を彷彿(ほうふつ)とさせる壮大な世界観に思わず引き込まれかけるが、勘違いしてはいけない。

(そうこれは、ただの最終種目、クラス対抗リレーの招集放送なのだから)


ーーーーーー


昼食休憩後、各団の応援合戦から始まり、綱引き、玉入れなどと午後の種目が行われた。

その中には、もちろん全生徒絶対参加の競技もあった。

ちなみに、自分は午後はそれを除けばこのリレーのみの参加なので、基本応援席に突っ立っているだけ。

もっとも、そんなことが体育祭という行事の最中では許されぬ行為かもしれないが。

(未だにクラスメイトの名前覚えてない人はいるし、名前が分かっても顔が一致してない人も多い。ほんの一部……何人かぐらいは顔も名前も覚えてるけど、応援しようにも誰が何の競技に出場しているかなんて覚えてないし……)

そんな風に頭で言い訳をする。誰かに聞かれる訳でもないけど。

まだ誰かを応援出来れば、少しぐらいこの行事を楽しむことが出来たかもしれない。今更なのでどうも出来ないけど。

「ここに集いしは、その中でも選りすぐりの末裔の猛者達。……さぁ、今こそ、其の存在をこの地に(しる)せ!!」

暑苦しい前置きが途切れ、辺りからは騒々しくなる。

「今年のは、演劇部の奴か?」

「話のセンスが本当に凄いよな」

「何より言ってる本人の精神だろ」

そんな騒がしい中、 出場する人はテントから出なければいけない。もちろん、とても末裔のような素振りを出来る人はいないので、ある人は顔を伏せながら、またある人は周りの人に冷やかされながら向かっていく。

(来年からはもっと楽な競技に出よう……)

と思いながら、今年は自分で出場種目を選んでないということにふと気づく。

(とりあえず、この種目を避けるなりこの放送が変わることを祈るようにしよう……)

気怠(けだる)さは晴れないが、これで一日中拘束されていた体育祭から解放されるなら、早くこなして終わらせてしまおうかといっそ思う。

仕方なくクラスのテントを出ると、さっきまで(かげ)りつつあった陽が何故かタイミング悪く、顔を出してきた。

「っしゃぁ!出番やな〜」

そう言って、あっという間に横を通り過ぎ、所定の位置まで駆けていこうとする近藤。

ああいう感じに全力で楽しんだり、やろうとすることは出来ないから眩しく見えるし、少し憧れのような感情を持ってしまう。

自分がああなりたいかと聞かれると少し違うが。

「近藤」

その声が少し後から聞こえ、続いて別の足音が後ろから聞こえてくる。

遠ざかりつつあった足音は、名前を呼ばれ途端に止む。

「末久?」

こちらに振り返りながら、少し疑問符を浮かべたような顔をする彼。

ちなみに末久(麥瀬)は近藤を追いかけた形なのでこちらからは後向き、近藤はこちらを見ているが、まだテントから出ていないからか、自分には気づいてない。

「どないしたん?」

「ちょっとした願掛けみたいなことでも言っておこうかと思ってな」

「がんかけ……って何?」

「漢字のままの意味だ。願をかけること」

「末久がそんなこと()うなんて珍しいなぁ。なんかあったん?」

「なんもねぇよ。まぁ、競技が始まれば嫌でも1位を取りに行ってもらうからな。そのために、願掛けしておいた方がいいだろ?」

彼は、こんな時でも余裕感を醸し出す。口調が何よりの証拠だ。

「俺は末久が好きや」

「お前からの愛は有難く破棄させてもらうよ」

「俺の愛はプライスレスやねんで〜ってそうやないわ!!末久は、口調の割に熱い奴やから俺は好きやでってことやーー」

「分かってるさ。ま、やるからには最悪な結果より、最高の結果が良いからやるだけ」

「なんや分かってたんや。おもんないなぁ」

「それにどうせ貰うなら、俺に忠実な……ってそんなことはどうでもいい」

口調は相変わらず悪いし、何を考えてるかもよく分からない。

ただ、なんとなく彼自身の刺々しさみたいなものは、このリレーを通じて柔らかくなったような気がする。あくまで蚊帳の外で見ている分は。

(元々人付き合いが苦手という感じは無さそうだし、近藤とも普通に会話が出来てるからそう思うだけだから真偽は分からない)

そろそろ動かないと、と思いながらゆっくりテントから動き出す。

「近藤は聞かないのか。俺なりの願掛け」

「頂けるものは頂こう」

「誰だよ、それ」

こちら側、待機テントの方を振り返る麥瀬。しょうもない会話のせいで少し頬が緩んでいる。

「……。汐宮、まだ動いてすらいなかったのか」

こちらを馬鹿にし、嘲笑(ちょうしょう)しながら言ってくる。不快には思うかもしれないが、やはりこれも、彼には許されているみたいな何かがある。

「目の前で話してたから。早く動くつもりだったよ」

仕方なく自分の思ってたことを口に出す。

「どうだか。放送部の調子のいい台詞聞きたさに最後に動くつもりだったかもしれないからな」

「え、そうなん祐希?」

「いや、そんな事ない……」

「なーんや。っていうか、それやったらさっさと動かん方がよかったやーん!?」

「いや、早く動いてくれないと他の人に迷惑がかかるってことは分かってるよな」

「これは、ジレンマ!!」

「こうしてる間も迷惑はかかってるってことは近藤の脳みそには無さそうだな」

自分が言葉をなんとか1つ吐き出したとしても、その間に他の人は豪速球のキャッチボールが行われる。

「……ところで祐希。篤人は?」

気がついたように、近藤はポンとその球をこちらに投げてくる。

(なんでこの人は、こんな風に友達っぽく話しかけてくるんだ……)

近藤からすれば、友達だと思ってる人に話しかけてるんだからその対応は当たり前なのだろう。

嫌気が差しながらも、自分の口から言葉を吐き出そうとする。

「しら……」

「長田なら本部にいる」

しかし、いつも通り自分の言葉は他の人の言葉に、かき消される。今回は知らなかったから助かったけど。ただ疑問符も浮かんだ。

(一般生徒じゃないのか)

生徒会や体調不良の生徒では無い限りテントにはいないはず。

「本部にいるって……どうゆうこと?」

同じことを疑問に思ったらしく、近藤がすかさず疑問を投げてくれた。

「放送部って言えば、近藤でも分かるか?」

当の本人はよくわかってないようで、どういうこと?とまた麥瀬に聞いていたが、自分はそれを聞いて1人で勝手に理解した。

(聞いたことあるような声がマイク越しで聞こえていたから、自分なんかでも知ってる人だとずっと思ってた)

ただ、クラスでもリレーの練習の時でも長田から話題を振ったりしてるイメージがなく、たまに自分には話しかけてはくれたけども、その様子と今日の放送で聞こえてくる活気のある雰囲気とは、全く結びつかない。

「まぁ、長田は心配しなくても自分の位置まで勝手に行くし、今から伝える願掛けも先に伝えてあるから安心しろ」

「りょーかい。で、伝える願掛けって?」

「お前は本当にどこまでもマイペースだな……まぁいいや。人がだいぶ集まってるから、歩きながら伝えるな」

そう言って、止まっていた足を動かしながら、麥瀬は口を開いた。



ーーーーー




『俺は自分の選択に正しかったのか自信が無い。だから、正しくしてくれ』

思わず、それだけか。と聞き返しそうになったが、本当にそれだけしか伝えてくれなかった。

(鴉野のこととか色々、練習の時に話してくれたから特段ないとは思ったけど……)

詳しく聞いたのは、最初の練習以降もいちゃもんを付けて、しつこく絡んできた鴉野という人。

麥瀬からは、幼稚園の頃からの知り合いで、普段は良い奴だということ。

しかし、勝負事になると決まって、麥瀬個人や麥瀬の所属するチームや班などを見くびって、感情的にさせてくるちょっと感じの悪い奴だということ。

幼稚園、小学校では、何度かクラスも同じになったりしてて、家も結構近かったので、よく遊んでもいたのだが、校区の関係で、中学校は違うところに通い、そのせいで次第に遊ばなくなり、会わなくなったらしい。

それから、高校で同じ体育委員、かつ他クラスとの合同授業の体育で、たまたま一緒になり、再会を果たしたまではよかったが、その癖は治っていなかったらしく、こちらに披露してきたこと。

(ただ、あくまでこちらをバカにするだけで、怪我を負わせたりしてこなかったからマシだけど……)

麥瀬は鴉野と知り合いだし、自分も含めてそういう煽りに対しては耐性があるというか、麥瀬のおかげで何も感じなかったので実質、勝手に風評被害を言われてるようなものであった。

それ以外は何も無かったし、メンバーは勝手に決められたとはいえ、的確な選出だった。走順は流石に相談はあったし。

(自分だけ最初から、アンカーって決まってたけど)

所定の位置に着くと、もう他の走者は準備をしていて、担当の先生に少し急かされた。すみませんと空返事しながら、自分も準備をする。

(とりあえず、今は鴉野のことはいい。走ることだけ考えよう。麥瀬の伝言は思いつきではないだろう)

自分の選択に正しかったのか自信が無い。だから、正しくしてくれ。

麥瀬らしくないその言葉を聞いて近藤がどう捉えたかは分からないが、自分には違和感はあまり感じなかった。それがある種の人らしさに写ったからだ。

この国では、一般市民だって政治家だって不祥事は起こすし、素人だって大泥棒だってヘマをすることはある。

挙げた行為1つ1つに、あまり良い印象は抱かないが、一種の人らしさだと自分は思っている。

もし、世界に全知全能の人がいたとしたら、人々の反応は興味、不審、畏怖。この3つの移り変わりになる。

だからこそ、いつでも余裕を感じさせるような彼が、そういう弱気なところをさっき見せたのは、ある意味人らしさだと思った。

(もっとも麥瀬の場合、性格に(なん)しか無いけど……)

そんなことをぼんやりと考えながら、位置に着く。

(走ってしまえばあっという間だ。たかだか走る距離はバトンパスの関係で100mもない。別に結果に対しても執着もない……)

「走者の準備が整いました!!では、位置について……」

(どれだけの練習をしていたとしても、それに意味はなく、結果だけが全て)

パンッと虚空に溶ける音と共に、多くの足音が地面を揺れ出す。





ーーーーー




始まるまで、長いと思ったが、始まってしまうとそんなこと忘れてしまうぐらい、あっという間に過ぎていく。

近藤が1番手。この中で1番クラウチングスタートが上手いからだ。

今日は、練習でも見なかったぐらい綺麗な形で大きく最初から上位に食いこむ。

その後は、かなり減速しがちなのだが、他の走者から離されないように維持をしつつ、早めに2番手の長田がバトンタッチをリードする。

長田は、バトンを引き継いだ瞬間に一気に加速する。練習ではそんな分からなかったが、他人がいる今の状況では、圧倒的な加速量が目に見える。

この連携でさっきまで少し遅れかけていたのが払拭され、さらに速さもスタート時になったことで、順位が安定してくる。

その流れのまま、3番手の麥瀬に渡る。

長田と違い、 一気にリードを作れる加速ではないが、じわじわと前の走者との距離を詰めていく。

まるで、バトンを繋ぐ毎に各々の加速が、重なっているように感じるぐらい。

1番でアンカーの元に来たのは、距離を詰めていった麥瀬。

少しでもこの加速が消えないようにこちらも少し走りながら、素早く右手を後ろ手に出し、彼からのバトンを待つ。

「汐宮!!」

名字を呼ばれながら、練習から何度も麥瀬から託されたそれは、練習とは比べ物にならないくらいの汗と熱がこもっていた。

(君の選択が正しいと見せる)

目の前には誰もいない。加速を引き継いだまま、視界には誰もいないまま駆ける。

背から吹く風は自分を追うようで、まるで自分も吹いてる風のように思えるぐらい軽く走れる。

何故、自分が最初からアンカーだったのかは、本当に分からないけど。

(最後を締めくくるのは、悪くないかな)

誰にも追いつかれることなく、ゴールラインを踏む。

「流石、汐宮君」

そんな声がどこからか聞こえてきたような気がした。


体育祭編は今回で終わりです。

次回は後日談の予定です。

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