代表
大変お待たせしました……
「──卒業された1期生の背中は、私達は見ることはありませんでした。」
その言葉は、静かに告げるように。
「しかし、私達にはその背中を見た2期生、3期生がいます。」
その言葉は、上級生の先輩に向けるように。
「皆様が築かれたものがこの先、この学校生活を過ごされる方に継げられるように誠心誠意、努めます。」
その言葉は、下級生の私達が受け止めるように。
「4期生代表、1年6組 汐宮 祐希」
そして、結ぶように自分のことを告げる。
(これが実際の本番ならば……)
なんて思うが、マイクもなければ講堂でもない。
どれだけ本番っぽくした所で、残念ながら練習である。
─────
あの後の顛末は、今の状況が物語っている通りなのだが、軽くまとめてみる。
「今から時間があればでいいんだが──」
と予想通り、記念式典の代表挨拶文作りを、早めに取り組んだ方が楽だろうという話の流れになった。
しかし、早めといってもまだ5月半ば。正直早すぎると自分は思った。
例えるなら、世間がハロウィンムードにも関わらず、家でクリスマスの準備をしてるようなもの。流石のあわてんぼうのサンタクロースも、動揺しかねない。誰もが、そんな先の行事の挨拶文を考える気が起きないと思う。
そして、これは本当にあくまで個人的な話だが……帰りたい。
終礼後、クラスメイトなどに見向きもせず……単純に友達がいないだけだが……基本すぐに帰宅する人間なので、あまり居残りということをしたくない。
それこそ、たまに図書棟に寄ったりはするけども。
(そもそも、高校になってからやたらと同期、先輩問わずに女子に振り回されてるからな……)
と、普通なら憧れシチュに翻弄され、疲弊しているからもある。
(憧れてる人がいるなら、変わって欲しい限りだ……)
学年代表をしているとはいえ、学校大好き人間では残念ながら違う。ちなみに部活に無所属なのは、気兼ねなく即帰宅する以外にも色々あるけど、今は説明しなくてもいいことなので言わない。
そんな訳で、今日も基本通りの帰宅を希望、いや渇望していた。というかそのために、当番掃除も、さっさと片付けてきた。
「…………」
そう、その時点で、「今日は用事が……」と嘘をつければよかったのだ。
だが、学年主任相手には、真面目で爽やか、誠実なんていう好印象を貫いているせいか、上手くもいかず。
「全然大丈夫ですよ。白虎棟でいいですか」
二つ返事でOKを出してしまった。
…………ほら、いざと言う時に【いかのおすし】が出来ないみたいなことが起きるだろう。
それと同じだ。………多分
─────────
「…………」
そして、今に至る。
式典自体は、年間行事表にも記載はあるが、7月とまだ先なので、他の生徒には聞かれないように、隅っこでこぢんまりとしながら、考えている。
(まさか3学年の代表一人一人が挨拶文を読み上げる面倒行事なんて誰も知りたくないよな……)
当然、先程の読み上げた文も、声量をかなり抑えている。
ちらほらと読書や物思いなどに耽る生徒はいるので、周りの迷惑にならないよう、静かに椅子を引いて座ると、隣者が同じく配慮をし、音が響かない程度に拍手をしていた。
「わざわざ、ありがとうございます」
心では、微塵も思ってないが、上っ面の感謝の言葉を述べる。もちろん、口角上げはする。
(元はといえば、この人のせいで……)
そう思うと、先刻の様子が脳内再生され、後悔やらが出そうになるので、すぐに振り払った。
予期せぬ事にロッカー室で、それも靴を履き変えようとしている時に、学年主任に呼び止められるなんて。
(我ながらタイミングを呪いたい)
「………」
それから早 30分、学年主任である隣人と共に作業している。……共にと言っておいたが、ほとんど自分しか作業してないけど。
証拠として目の前には、長机の上に、読み終えたばかりの原稿用紙といつも授業の際に世話になってるシャーペン。それから、自分でカットしたりボツにした原稿用紙が何枚かある。
(大体、5分ぐらい……文量的には合格点だろう)
読む前に腕時計で時間を確認していたので、恐らく間違いはない。
(こういうのは、初めに原稿用紙1枚が何分程度か分かってないとしんどかったりするんだよな……)
意外と声に出して読んだら、短くて間が持たないということも有り得たりする。
とりあえず、1回目。訂正も何も入ってない、100%自分で考えた文章。
「……少し仰々しいでしょうか」
おずおずとした様子で隣人に尋ねる。
というかこの人の場合、面倒だがこちらが聞かなければならない。
(文章考えろとは言うけど、聞いてるのかさえ定かなんだけど……)
学年主任と関わるのは、学年代表でも今のところ、こういう挨拶文関係のみなので、一般生徒は関わることがあるのかすら不明だ。
(いや、全く無いこともないか……)
確か、現代文担当だったから、彼の担当クラスならば関係があるだろう。非常勤でもないし。
(まぁ、国語科の先生の方が指摘には最適か)
とはいえ、学年主任は、基本的に口出しを自らしない。
ちなみに今回で2回目の挨拶文作りだが、初回であった新入生代表の挨拶の際にも、そのスタイルを貫いてきたので、ほぼ間違いないだろう。
それを、生徒の考えを尊重するという意思の表れと取るか、先生が考えを放棄しているという様子の表れと取るかは、捉える方次第に任せる。
(もっとも、関係者や当事者以外から横槍を入れられるのは、気に障るからこの方が楽だけど)
だからといって、短く、稚拙な文が、許されている訳ではない。
現に先程みたく、実際に読み上げてみて、文としておかしくないか、滑舌や読むスピードで、聞き取りにくくないかは、確認される。
「ふむ……」
質問を向けた学年主任は、顎下に手をやり、少し考えるような素振りを見せる。
大人の余裕からなのか、凄く自然にその仕草をしているせいなのか、まるで癖のようにしていて、ちょっと鼻につく。……本当に癖かもしれないが。
(学年主任となれば、それなり教師歴は積んではあるんだろうな……)
もっとも、彼がいくつなのかなんて、全くもって興味無い。
「確かに汐宮が言う通り、全体的に堅い印象は否めないな」
そんなお門違いなことを考えていると、彼から予想通りの指摘が飛ばされた。
「あっさりしすぎず、最下級生なりの内容にしたのですが、堅いですか」
それに対して、自分の文章の内容について伝える。
そう、いくら学年代表の挨拶だといっても、あくまでまだ1年生。
目立つところは上級生……特に美味しいところは最上級生である3年が務めるものだ。
(ただでさえ目立つ学年代表している。これ以上目立ちたいわけがない……)
よって、自分の中ではすべき事は分かっているし、こういう結論に辿り着いている。
(1年の学年代表は、さほど重要ではない。むしろお邪魔虫だ)
だから、先生が勝手に考えた文を読んだって、別に問題ないと思う。……しかし、それは叶わない夢の如し。
「まぁ堅いけど、前半の内容はほとんど文句なしだから、それで行って大丈夫だよ」
どれだけ、そんなことを考えても、絶対させまいとするものがいるのだから。
仕方ないと諦観し、視界の端に置き去りになった通学鞄に視線をやる。
(……理想とは常に、現実とはかけ離れているものなのかもしれない)
そのまま、視線をずらしていき、隣人に目を向けると、こちらがどこを見ていようと気にしてないような様子だった。
「──といった具合に繋げるとさらにスマートに聞こえる」
もちろん、何もせずにキョロキョロしてたら変なやつなので、お馴染みのシャーペンで、手元の原稿に、指摘された点をスラスラと書きこんでいく。
一応、自分に向けてのことなので、耳は傾けてはいる。
もし、自分が女子生徒ならばこの状況で、ときめいたりすることが……。
「いや、無いな」
考えることさえも不毛になるほど、壊滅的に。
「何が無いんだ?」
「いえ、なんでもないです」
そして、こういう時はつい声が出て、高確率でそれに対して何の話?と聞き返される。
咄嗟に、爽やかに微笑んで流すと、彼は少し眉をひそめながらも、気にしないでくれた。
(その場しのぎとはいえ、即座に対応出来るのは我ながら割と助かってる)
隣人の容姿で惚れるのは、恐らくとんでもないオジサマコンプレックスの持ち主ぐらいだろう。
「それにしても、本当にありがとうな汐宮」
「何のことですか」
「そりゃあ、汐宮が学年代表をやってくれてることだよ」
そして、この人は何かと自分にベタ惚れなのか、やたらと褒めたり讃えたりする。
「物分かりは早いし、文章の組み立ても上手いし、いきなり呼び止めても対応してくれるし……本当に助かるよ」
「そんなことはないです。ただ、他の生徒さんの方が適任なのではないかと……」
そう、自分のことをあまりに買い被りすぎなのだ。
「謙遜するな。君は自分が思ってるよりも優秀なんだということを知るべきだ!!」
「はぁ……」
こうなってしまったら手が付けられない。
気が済むまで、彼を喋らせることにした。
(誰が学年代表を頼んだか覚えてるよな、この人……)
入学式前のやりとりを思い出しながら、いつも通り心で毒を吐いていた。
※※※※※
「………………構いませんよ」
「もちろん無理にとは……え?」
「……自分で、務まるような役ではないと思いますが」
「本当にいいのか!?」
「……あ、はい。学年主任からの頼みですし、お断りは出来ませんよ」
「汐宮……本当にありがとうな」
「いえ……」
「……本当によかった。君がいてくれて」
「その言い方は、大袈裟ではないですか」
「……いいや、君は自分が思ってるよりも重大な役目を担っている」
「ところで、新入生代表って何をするんですか」
「それはだな───」
※※※※※
形式上、新入生代表がいなければ、入学式は成立しないということで、その際は頼まれたので、引き受けることになった。
そりゃあ、出来れば引き受けたくはなかったが、その後どんな言葉で応戦するのか考えるのも面倒だったし、入学前から変に目を付けられるのも嫌だった。もっとも一番の理由は、断りづらかったなんだけど。
ただ、新入生代表になるということは、同時に学年代表になろうとはその時は、分かっていなかった。
(少し考えれば分かることなのに)
そういう意味では、上手く丸め込まれたのかもしれない。
しかしそれよりも、その際に言われたことが気にかかった。
(重大な役目というものの意味が何なのか……)
たかが学年代表。のはずなのに、異常なほどの感謝。
(そもそも断られることがあったかのような言い方と反応)
学年代表とは、それほどまでに偉大なのかと感じさせられる言い分。
(たまに思うんだよな……)
自分は、誰かの代わりに学年代表をしているのではないのか、と。
誰が、何の為に、どういった目的で、どんな風に巡ってきたか……全て分からないままだが、そんな気が少なからずだが、してならない。
「……」
論より証拠だから、あくまでただの戯言。しかし、もし思ってることが少しでも当てはまるとしたら……。
「──みや。おい……」
「…………」
目の前の原稿は、本当は他の誰かがすべき事項だったのではないのか。
何故、自分がそんな大仕事をしているのか。そんなことを考えていたら、頭の中はそればっかりになってしまう。
「おい……」
肩を掴まれ、今の状況を思い出す。
(そうだ、今は学年主任も一緒だった)
「顔色悪いけど、本当に大丈夫か?」
そう言われ、額に手をやると、ほんのり冷たく感じた。
「……すみません。心配には及びませんから、大丈夫ですよ」
そんな言葉を吐きながら、微笑む。
隣人は、返事を返さず、こちらの様子を見つめていた。
「先生に時間を割いてもらうのも申し訳ないですし」
わざと、しかしわざとらしく見えないように気丈に振る舞う。
自分に対する称賛が始まり、聞く耳持たずで逃避したのは自分だし、終わったならば即座に挨拶文の指摘に戻すことも自分がするべきだ。
「…………」
それでも、隣人は固く口を閉ざしていた。
焦れったいながらも、シャーペンを握り直す。
先程のことは、本当に、そしてあまりにも、馬鹿馬鹿しいことだ。
誰かがすべき事項なんて消し飛ばすようにしっかりと、原稿に向き合う。
「安野先生、続きをお願いします」
自分でも驚くほど凛とした声音で、言い放った。
「仕方ないな……」
閉ざされた口を僅かに動かし、再び指摘が始まった。
「…………こうするしか──」
ただ再開する前に、学年主任が何かを言いかけてはいた。
残念なのか聞き取れはしなかった。
台風は大丈夫でしたか??
おそらくこの話は訂正入れると思います……本当にお待たせしました




